海月のひめ
インターネット配信開始まで二分前。
機材の作動確認が出来た後は、スマホでSNSをチェックしながらお手洗いを済ませ、椅子に腰掛ける。
画面に映っているのは、透き通るように美しい青色の女の子。
普段より高く、空気量の多い声。
海に棲む妖精のような話し方。
人々を魅了する器量。
私の中の理想の自分。
そして、海月のひめを応援してくれるみんなの理想でもある。
こちらに向けられているレンズが、あらゆる回路をくぐり抜けて電波の波に乗っている時間は、私は全力の“海月のひめ”を届けるのだ。
「わーっ!もう、このゲーム本当に難しい!」
難易度が高いと噂のアドベンチャーゲームをプレイして2時間弱。
苦戦を積み重ねながらある程度はストーリーが進行したので、ゲームを終了し、視聴者と雑談をする余裕ができた。
【お疲れのひちゃん!】
【この続き気になる!次の配信も絶対いく】
私の頬を緩ませてくれるコメントの行を目で追いつつ、投げ銭システムを利用したコメントを、順々に読み上げていく。
【こんくら!のひちゃんは次やりたいゲームとか、ありますか?】
「次やりたいゲームかぁ…。今まで食わず嫌いしてたジャンルだけど、FPSとか…くらリスのみんなと会えるゲームがやりたいかな」
視聴者が喜んでくれるような会話を広げていると、次のコメントにマウスのカーソルを操っていた人差し指が止まった。
【のひちゃんは、あの炎上の件どう思いましたか?のひちゃんのことは信じています】
いつもよく見かけるユーザーネームから、私の逃げ道を塞ぐかのように、なかなか高額な投げ銭がつけられていた。
触れる必要のないコメントだと、落ちた穴の上から救い出そうとしてくれる視聴者。
不安そうに私の声から出る言葉を待つ視聴者。
「うーん…そうだなぁ」
話し始めを不自然に引き伸ばしつつ、私は迷っていた。
視聴者が望むべきものを与えるか。
信じてくれている視聴者を裏切らない誠実さを優先すべきか。
タイムリミットは私の纏まらない思考に構わず、訪れる。
「私は…」
どう思ったのか。
「…詳しいことは、分からないけど…」
彼はどうしてーーー
「みんなには、私のことをわかっていてほしいなって、思ったかな。私が…海月のひめっていうVTuberで、みんなが見てる私が私だ…ってこと」
三浦海美と海月のひめは、全然違う世界で生きて、全く違う生活をしているの。
同じじゃない。
「誰が何と言おうと、それが全てだと私は思ったよ。だから、海月のひめのこと、これからも見ててほしいな」
いつもコンビニに来てくれていた彼も同じだ。
私にとって彼は、ノワール・シャーロックという絶大な女性人気を誇るVTuberではなく、いつもの常連客だったんだと。
散々考えて、それが辿り着いた私の答えだった。




