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心を撃て

 

 吸い込んだ息が思うように吐けない。

 そんな空気が漂っていた。


「まさかとは思ってたが、尾行してきたのかよ。先輩」


「…ごめん」


 二人はお互い今日此処に来ることを知っていたような口振りで話している。


 私には何故、うじくんがこんなところにいるのか理解できなかった。


「諦めてたんじゃなかったのか?」


「………それは…」


 颯人くんよりも遥かに身長の高いうじくんだが、どうしてか二人とも同じくらいに見える。


 ばつが悪そうな顔をするうじくんと目が合った。

 久しぶりに会う彼は、以前よりも前髪が伸びていて、ただでさえ隠れていた綺麗な形をした瞳が見えなくってしまいそうだ。


 うじくんは視線を前に戻す。


「好きなだけなんて、嘘だよ。雹…君の前では格好つけたけど…、それだけなんて無理だ」


 そう言った彼の手が震えていることに気付いた。


「…えらい都合が良い話だな。誰かにとられそうになったら喚くガキと変わんねえよ、アンタの言ってることは」


「その通りだと思ってる。どう思われたって構わない」


 背中に伝っていた彼の体温は離れ、私は颯人くんとうじくんの真ん中に取り残される。

 二人を交互に見やると、一触即発の攻防戦が静かに行われていた。


 痛いほど突き刺さる視線を防ぐように、ベンチの際に置いていた帽子を被った。


「三浦さん」

「海美」


「はいっ?」


 同時に名前を呼ばれ、私の声はひっくり返る。


「俺と…帰ろう」


 少し自信なさげに、恐る恐る私に手を出すうじくん。


「まだ帰んなよ」


 真っ直ぐに腕ごと私に突き出す颯人くん。


「………え?」


 現状の把握ができず作り笑いをすることしかできない、私。


 どこかのドラマのヒロインになった気分だが、そんなお気楽な思考はしていられない。

 恐らく、俺か俺、どちらかを選べと選択肢を迫られているのだと思う。


 だが、まだ二人ともに抱く感情の答えが出せていない今、すぐに選ぶなんて無茶だ。

 無謀だと、彼らなら理解しているはずだが、急かさなければいけない事態に発展したと推測するのが妥当だろう。


 しかし―――。


「ごめんなさいっ」


 私は逃げ出した。


 なりふり構わず、ただただ走った。

 行先も決めないまま、冬にも近い季節に全身から汗が止まらなくなるほど、息を吸う喉が痛むほど、走り続けた。


「はぁっ…はぁっ…」


 体力のない私は力尽き、道路脇に座り込む。

 一度休めた足は動かなくなり、酷使した筋肉が小刻みに震えていた。


 …やっちゃった。

 怒らせてしまったかもしれない。いや、呆れられたかも。


 それでもいいんじゃないか。

 愛されるような人間ではないし、誰かに「好きだ」と言ってもらえただけでも人生の付加価値だろう。

 颯人くんの言う通り、恋愛感情に論理的なものなんてなくて、だったら論理的な答えを求めている時点で、私は彼らのことを好きではないという答えに行き着く。


 言い訳をずっとし続けて、先延ばしにしていた、ただの卑怯者だ。他人に好意を寄せられることに優越感に浸っていたのだ、きっとそうだ。


 そうでなければ、こんなことになっていないのだから。


「………帰ろう、家に」


 立派な大人とは程遠い自分の情けなさに涙が零れそうになり、パーカーの袖でごしごしと目を擦り、スマホのアプリでタクシーを呼ぶことにした。

 すると、運悪く通話がかかってきたようで、操作していた指が応答ボタンに触れる。


 《三浦さん!?どこ!?》


 声の主はうじくんだった。


「…わからない。タクシー呼んで帰る…とこだった…けど…」


 《え!?位置情報くれたら迎えに行くよ?》


「………わからない…」


 どうしてだろう。涙が止まらない。


 不安だからじゃない。

 安心して、堪えていた涙が一気に溢れ出てくる。


 うじくんの声を聞いた途端に、心の奥深くから何か噴き出てくる感覚に陥る。


 《とりあえず、待ってて!行くから!》


 プツリと通話が切れた。

 鼻を啜りながら、ぼやけた視界の中でうじくんに位置情報を送り、膝を抱えて蹲る。


 十分ほど経った頃に、こちらへ走り寄ってくる足音が聞こえた。


「三浦さんっ」


 ゆっくりと顔を上げると、先ほどの私と同じように汗を肌に浮かべているうじくんが、目の前に立っていた。

 心配性なうじくんは、すぐに腰を屈める。


「大丈夫…?」


「…うん」


 充分座り込んでいた私は、すっと立ち上がることが出来た。


「………ごめん、三浦さん。さっきは…変な感じにさせて」


「ううん。私が悪いから…いいの」


「いや…俺たちが悪かった。今日は、もうゆっくり休んで…」


「うじくんはさ」


 彼の気遣いを遮り、私は決意を固めた。


「…ん?」


「私と付き合ったら…何をしたい?」


「えっ」


 浮わついた話ではなく、地に足のついた話をしようとしていることをすぐに察したうじくんは、何度も瞬きをして考えたのち、唇を動かす。


「一緒に…ご飯とか、テレビとか、何でもない話を…リビングでしたい…かな」


「…手は繋がない?」


「え、いやっ、手も…もちろん繋ぐ…」


「それ以外は?」


「………三浦さんが、嫌じゃないなら…したいことなんて、たくさんあるよ」


 気まずそうに、どこか恥ずかしそうに言った彼を、私はじっと見つめた。


 好きという感情は衝動的なものだと、私を迎えに来てくれたうじくんを見て、そう思った。

 だからこそ、不安定なもので、それがこれから私だけに向けられる保証はない。そういう不完全な心までも撃ち抜いてしまうのも恋心だと、ここまで逃げて、ようやく理解する。


 今までも、衝動的に彼を求めていたのだ、私は。


 気付かなかったのが可笑しいくらい、とっくに彼が好きになっていた。


「…じゃあ、会いに来てよ…。こんな時じゃなくて、もっと普通に、会いに来てよ」


「あ、え…ごめん」


 慌てふためくうじくんに、凭れるように身を預ける。


「近くにいないと、忘れちゃう。うじくんが好きだってこと」


「………え?」


「もう言わない」


 少し湿り気のある匂いと、暖かい人の体温。

 服越しからでも聞こえる彼の心臓の鼓動に耳を澄ませていると、私の頭を抱えるように腕の中に包まれた。


 ―――ああ、私、ちゃんとこの人の温もりを覚えてる。



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