好きの法則
映画は意外と面白かった。
興味はなかったが、映画館に着く頃には満席になっているほど人気があるらしい。
チケットは用意周到な颯人くんが事前に購入していて、発券だけでも大層な列に並んだが、ポップコーンやドリンクを販売しているカウンターは長蛇の列を作っていた。
先ほどホットキャラメルラテを一杯飲んだ私たちに、フードやドリンクは必要ないと颯人くんを説得し、やっと席に着けた。
観始めてみると、まあまあ面白いアクション映画で、迫力のある戦闘シーンや演出、音響も含めて、なかなか楽しめる二時間だった。
たまにこちらを盗み見る隣からの視線は気になったが、マイナス評価までには至らなかった。
「すげぇ面白かったわ。前作の悪役もいいキャラしてたけど、今作もキマってたなぁ」
「へー、前作もあるんだ?」
「何だ、やっぱ知らねえのか。シリーズ物で、今作は期待を越えられないんじゃないかって噂されてたけど、同じくらい面白かったぞ」
「ふーん。観てみようかな」
「じゃあ俺ん家に観に来る?」
他愛もない会話をしているつもりだったので「観たい」と気軽に声に出してしまいそうになったが、酸素を吸い込んで踏みとどまった。
「………私、そこまで軽い人間じゃ…」
「あ、いや今日は千愛がいるから無理だわ」
何の悪びれもなく、女の子の名前を口に出す彼に、戸惑いを隠せない。
…そういう奴だったのか、この男は。
つい数分前までは、こういう人を現代用語で『メロい』とか形容するんだろうなんて、密かに評価していたのに、蓋を開けたらこれだ。
「…女の子が居ても居なくても、行かないけど」
「あ?何拗ねてんだよ」
「拗ねてない。普通に話してるだけ。映画は一人で観るものだし」
冷静に人の本質を見定め、物事を見据えている。
そうして私は、自分の身を守っていく。
うっかり彼の人柄を受け入れそうになった私自身を悔やみ、ここで別れようと告げるつもりで、返せていなかった飲食代や、映画のチケット代を財布から取り出そうと鞄の中に手を入れた。
「…言っとくけど、千愛って妹だから」
その言葉に、探っていた手が止まる。
「………妹?」
「そ。五つ下のクソ生意気な妹。よく俺ん家に居座って、夜中まで友達だかなんだか知らねえが、通話しながら騒ぐから、わざわざ俺が家出て、ネカフェで寝泊まりしてる」
心底鬱陶しそうな表情で、日々その妹さんに悩まされていることが窺えた。
ネット環境やパソコンのスペック、周辺機器を考慮しても、VTuberで生計を立てているほどの人ならば、ネットカフェは不便な場所ではないかと薄々勘づいていたが、そういう事情があったのか。
辻褄が合う話に、すんなりと頷ける。
「なるほど」
「俺が貞操観念の低い野郎だと思ったか?」
「まあ、うん」
「正直に言うな。せめて濁せ」
「女慣れしているとは思ってた」
「…それ濁せてねえよ」
心外だ、と額を押さえる颯人くん。
私たちは暖かすぎた室内で熱が籠った体を冷ますため、近くにあった公園のベンチに腰掛けた。
「…私、誰とも付き合ったことないの」
「………」
「だから、よく分からない。本当に分からなくて、うじく…あの人のこともちゃんと考えたいって思ってた。でも考えれば考えるほど、自分の気持ちが上手く説明できなくなっていくし、距離が離れることで安心してしまうこともあった。相手のことを想いながら考えるのは、私にとって体力がいることだから」
こんな怠けた話、笑われてしまうのだろう。
普通の男女ならば自然と好きになって、好きになられて、告白して付き合うものだ。
現実は、そう物事が進むように設定されてしまっている。
「…で、答えが出ないまま放ってんのか」
「放ってる、訳じゃないけど…、先を望んでない人に何をどう答えるべきか…」
「嫌いじゃないんだろ?」
「嫌いなわけない。あの人は私の恩人だもの。感謝してもしきれないし、特別な存在に変わりない。ただ、それが好きっていうことなのかは、まだ分からない。今の関係以上を求めていたら、もう少し自分の気持ちが理解できたはずなんだけどね」
秋色に染まりきった落ち葉を見つめていると、それらは風に攫われていく。
「頭で考えても分かんねえことは分かんねえよ」
「それは…そうかもしれないけど」
元も子もない話をされるのかと俯いたが、颯人くんはそんな私の顔を覗き込むようにして、話を続けた。
「俺は、海美とあの人が付き合ってるって思ってた時はガッカリした。何もしないまま諦める選択しか残ってないのかって。だけど、海美から、あの人からそうじゃないって聞いて、馬鹿なほど喜んだんだ」
「そ、そう…」
「俺はそん時の気持ちを言語化できない。海美が忘れ物だってグラスを急いで渡しに来た時も、なんか頭から離れねえなってウザかったし、ゲーム下手なのに俺に説教垂れてくるところが気に入ったし、悩みながらこうして俺と映画を観てくれたことも、死ぬほど嬉しいんだ」
「………」
「何がどうなったら好きかなんて俺にも分かんねえよ。でも、海美といたら感情が訳分かんねーくらいたくさん混ざんの。だから俺は海美が好きだって思うよ」
先ほどまで大人びた表情をしていたが、くしゃっと中心に皺を寄せて幼い笑顔を見せる彼に、私の心臓は確かに動いた。
「…そんな顔しないでよ、バカ」




