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デートの約束

 

 VTuber頂上戦線の幕は下り、私は日常へと帰った。


 海月のひめは相変わらず配信をして、その後に三浦海美はネットカフェで深夜から朝まで働く。


 しかし、一つ。

 おかしなことがあるとすれば、この金髪の青年がやけに距離を詰めてくることだ。


「なぁ、のひめ」


「…その名前出すのやめてよ」


 フードの注文が入ったので、それをある個室に届けに行くと、部屋の中で怠そうに座っていたのは不運にも金髪の青年だった。


 とにかく部屋に入れと急かされ、他人に会話を聞かれるリスクも考えると、そのまま扉を閉めざるをえない。


「ノワールさんのこと、好きなのか?」


 扉の隙間が埋まった途端、彼はとんでもない発言をした。


「…はい?」


 どういう意図でふざけた質問を投げかけてきたのか、聞き返すのも気が引ける。


「なんだよその反応。ノワールさんに好きって言われてんだろ?」


「ハァ!?」


 大きな声を急に出したものだから、喉に変なものが突っかかって思い切り咳き込んだ。

 ふざけた金髪の男は、ゴホゴホと苦しそうに息を吸っている私を、腕を組みながら眉間に皺を寄せて眺めている。


 何でうじくんとのことを雹牙くんに知られてるの!?


「どこが好きなんだよ」


「………何が」


「のひめもノワールさんのこと好きなんだろ?」


 明確な答えを模索中の私にとって、一番の難題を軽率に押しつけてくる男。


 最近は大会に必死で、うじくんとは会っていなかったし、最低限の連絡しか交わしていない。

 お互いの活動を優先にしていたからこそだろうが、物理的な距離が離れてしまうと、うじくんを考える時間も必然と減っていき、あと少しで絞り出せそうだった解答も忘れてしまった。


「いや…好きとか…あんまり分からないし…」


 彼の存在は私にとって特別なだけで、どの感情なのかは未だに迷っているまま。


「へぇ…そういう感じか」


「そんなの、私に聞いてどうするつもりなの?」


「いや?何もねえよ」


 他人のプライベートを土足で踏み込んできたかと思えば、今度はリクライニングチェアを前後に揺らし、どこか遠くを見つめている。


 一体、何なんだ…。


 そろそろ佐中さんや安宅さんがいる受付に戻ろうと、ドアノブに手をかけた。


「なんて名前?」


 余程暇なのか、まだ会話を続ける様子だ。


「………」


「外でも『のひめ』って呼ぶぞ。それしか呼び方知らねえんだから」


「…三浦」


「下の名前は?」


「………うみ」


「“うみ”か。どう書くんだよ」


「漢字分かるの?」


「おい、馬鹿にすんじゃねえよ。義務教育は受けてるわ」


「…海に、美しいって書いて、海美」


 渋々答えると、彼は無邪気に歯を見せて笑う。


「………いい名前じゃん。海美」


 無表情には決して現れない幼さが、笑顔にはあった。


千原颯人(ちはらはやと)。俺の名前。立つに風で、人って書いて颯人」


「何で私に名前なんか…」


「海美が俺のこと『雹牙くん』なんて呼ばれたらうぜえだろ」


「それは…たしかに、そうだ」


 って、納得してる場合か。

 どうも、この颯人という金髪の青年のペースに飲まれてしまい、警戒心が解かれてしまう。


「海美は洋画とか観る?」


「まあ、ちょっとは」


「休みの日は何してんだよ」


「…何も」


「出かけねえの?」


「家から基本出ないし」


 何度首を傾げようとしたか、不思議な空間に戸惑いつつ、彼の話が終わるのを待っている。


「明後日は?引きこもんの?」


「あさって…は、シフトも入ってないから…うん」


「じゃあ新しく公開された映画観に行こうぜ。ここの近くに映画館あんだろ」


「ん?」


 さすがに、床と垂直に立っていた私の体に傾斜ができた。


 彼との会話を初めから辿ろう。

 まず、うじくんとの関係を何故か知られていて、彼への気持ちを図々しくも問い質された。

 今の心境を正直に答え、どうしてか、お互いを活動名で呼び合うのはやめようと現実の名前を伝えることになり、映画は好きかと急に方向転換した話題に向かって、それで…。


「あー…、朝十時半からのでいい?」


「え、いやいやいやいや待って。私と映画観に行こうってこと?」


「そう言ってんだろ。聞いてなかったのかよ」


「聞いてたから聞いてるの!何でひょうっ…颯人くんと私が一緒に映画を観に行く話になるの!?どこからそんな話をしてたの!?」


「うるせえ、ちょっとは静かにしろ」


 颯人くんはシッと口の前で人差し指を立て、私は湧いてくる文句を押し殺して深呼吸をする。

 あまりにも私の都合を考えない暴論に、ここが防音性のない個室だと忘れてしまっていた。


 外見によらず律儀で慎ましやかな男性だと、彼が雹牙くんだと知る前は好感を持てていたのに、本性がこんな横暴な奴だったとは。


 人の見かけは中身と多少なりとも相関性があることが証明された。


「…それで、どういうつもりで言ってるの」


 身を屈めて、声量を抑える。

 優雅にリクライニングチェアに座っている颯人くんは、肘置きを使って頬杖をついた。


「好きだから、海美が」


「ん?」


 この世界に生を受け、およそ二十二年。


「暇なんだったら、俺と付き合えばいいじゃん」


 道標のない物語に突入しそうだ。



現実とバーチャルの世界線を上手いバランスで書いていきたいと思いつつ、です。

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