機嫌の角度
VTuber頂上戦線本番まで、残り三日。
それぞれの練習を重ね、熟練度や連携力の高いチームに注目が集められていた。
そんな中で、俺たちは目立った。
《おい、のひめ!そっちから回り込んだら、俺をマークしてる敵がフリーで撃てるようになるだろ!?にゃろもカバーするなりサポートしろ!》
《了解!戻るね!》
《にゃろがカバーするにゃろ!》
味方の位置や味方が視認した敵の位置が見えるマップを見る。
自分の前方にいる二人と接敵して撃ち勝てば、有利にゲームメイクができそうだ。
「待って。俺がエリア拡げるから雹牙も詰めていいよ。のひちゃんとにゃろちゃんはそのまま敵の背後を取りに行ってほしい」
《じゃあこのまま進むよ?》
《それノワールさんが勝てばって話っすよね?俺のデスで今持ってるスキル腐りますよ》
俺の提案を阻むように、敵エリアに侵入する手前で雹牙が足を止める。
「大丈夫。ここの撃ち合いは負けない」
《そうじゃなくてリスクの管理をっ…》
話が混沌としているせいで、全員の動きが鈍った瞬間、いつの間にか雹牙の左右をとっていた敵に攻め込まれ、殲滅させられた。
真ん中には【DEFEAT】と赤く表示され、最後のラウンドを落としたため、この試合は敗北となった。
《どんだけノワールさんが強くても、落としたら負けるラウンドだったんだから、ローリスクで勝ちにこだわる場面だっただろ?》
雹牙は何かに苛立っているのか、いつにも増して荒い口調で俺に苦言を呈してきた。
仲間内で言い争うことに利はないが、チームの指針を揃える必要はある。俺に対して毛を逆立たせる雹牙に、落ち着いた声色で言葉を返すことにした。
「相手は攻撃性が高いだけで、守備は脆かったのは試合中にお互いが勘づいてた。雹牙もそう思ったから、エリアを拡げに行ったよね。俺も同じように、攻めれば勝てると確信してた。どうして止めたかったの?」
《それはっ、ノワールさんが勝手にキル取りに行くムーブしたからっすよ。それで負けたら、マオさん一人しか居ないうちのエリアに複数の敵が入ってきたら、それこそ負けっすよ》
「そうなったら負けだよ。でも負けないって報告したからには、全員の動きに合わせないと…」
《うるせぇよ!てめぇがキル取りたいから起こした単独行動になんで俺がっ…》
《はいはい、ストップ》
誰よりも大きな声量で、俺と雹牙を静止したのはマオさんだった。
《雹牙もノワールも落ち着こうよ》
《………》
《………》
マオさんのおかげで、雹牙との会話に熱が入っていたことを知る。
エニコードのチーム内チャットには【配信中だぞ】と諭すような文字が送られていたことに、今気がついた。
《両者の意見は間違ってない。ただ、最近なんかお前らおかしいよ。雹牙はノワールに対して…ピリピリしてるし、ノワールも柔軟な思考を持ってあげてもいいと思うよ》
《………すんません》
「…確かに、慎重さが欠けてたよ。ごめんね、雹牙」
《…うす》
ここ一週間くらいだろうか。
マオさんのいう『ピリピリしている』は、俺も気のせいだと自分に言い聞かせつつ、察していたものはあった。
雹牙は目つきと態度と口は人並み以上に悪いが、素直で義理堅く、曲がったことを嫌う真っ直ぐな青年だ。
活動に熱意を注いでいたことは周囲の人間である俺たちにはよく伝わっていて、純粋な強さを求める姿を視聴者から評価されていたが、今の雹牙は腹の虫を誰かに擦り付けているようにしか見えない。
マオさんの冷静な仲裁でその場は収まった。
しかし、全員が配信終了ボタンを押すと、マオさんは「今から少しだけ残ってほしい」とそのまま五人を留まらせる。
《…このままじゃ、勝てないよ》
その台詞に、恐らく全員が息を呑んだ。
《まとまってないし、味方が敵に見えてる奴もいる。変な蟠りをこの世界に持ってくるのは辞めてくれ。ここに居るみんな、勝ちたいんだ。分かってくれるよね?》
《…はい》
《にゃ…はい》
余程の事情を抱えていのか、マオさんの圧力にも屈せず返答をしない雹牙。
「…雹牙、ちょっと話せない?」
声を掛けると、呼吸をするのも抵抗してしまうほど重い空気の中、やっと雹牙が口を開く。
《………何すか。ここで出来ない話すか?》
《雹牙。話してこい》
後輩の態度が気に障ったのか、マオさんはすぐに一喝し、グループ通話には俺と雹牙の二人が残された。
「…心当たりがない…って、先に言っとく。俺は何か雹牙に迷惑かけた?」
《………》
「謝ってほしいなら謝るよ。でも、それは根本的な解決にはならないと思ってる。これからも同じ事務所でお互い頑張ってい…」
《黙れよ》
雹牙は、静かな怒りを俺にぶつける。
《頑張る?何をだよ。お前どうせ女にしか興味無いだろ。迷惑だ?そうだよ、お前の存在が迷惑だって思ってるよ!元カノだかよく分かんねぇ頭の悪い女捕まえて面白えくらい炎上したのに、次は同じVTuberでチームメイトの女に手を出したなんて、お前のリスナーに言えんのか!?聖人君子ぶって、ただの猿じゃねえか!》
「………雹牙…」
声を震わせるほど怒りを募らせた雹牙に、俺は何も言い返せることがない。
ーーー全て事実だからだ。
何処でそれを知ったのか、どこまで知っているのか、気にしなければいけない部分は多い。
だが、俺が芹菜を大切にできなかったことも、それを後悔して恋愛を諦めたことも、それでも海月のひめというVTuberに惹かれたことも、他人に頼るのが下手くそな三浦さんという女の子に再び恋をしたことも、嘘偽りない真実であった。
否定はしない。
「…そうだね。俺のファンが知ったら、悲しませてしまうし、今度こそ失望させてしまうと思う」
《だったら、ちゃんと…!》
「でも、俺がノワール・シャーロックとして妥協したことはない。配信をつけて、俺の視聴者が俺を見てくれる時間は、絶対に私情を挟んだりしない。約束するよ」
ありのままを伝えると、雹牙は口篭った。
《そんなんっ…俺や、他の誰かから海月のひめとの関係をリークされたら、即終わるぞ》
「雹牙はそんなことしないし、海月のひめさんと俺は交際しているわけじゃない。彼女は海月のひめとしての活動を何より大事にしている。俺が勝手に…いや、ノワールじゃない俺自身が好きなだけだから。ただそれだけだから。今回の件で不快な思いをさせたことは謝るけど、俺たちがどれだけ価値観の違う人間同士だったとしても、せめて皆の前では演じきろう」
《………んだよ、先輩面すんなよ》
だんだんと怒りの温度が冷めていくのが、彼の口調や声色から伝わり、全身の筋肉を緩ませる。
「お前のプライドに期待してるんだよ」
《うぜぇ》
舌打ちが聞こえたが、無かったことにしておこう。
「全力で戦おう、最後まで」
《ったりめーだよ》
そうして俺たち五人の足枷が外れ、ついに本番を迎えるのだった。




