画面の向こう
《雹牙 !敵は右のストレートに行ってる!今なら正面と撃ち合ってエリア取れるよ!》
「はいはい、任せろっつーの」
左手でカタカタとキャラクターの動きを制御しつつ、右手の中にあるマウスで敵のヘッドラインを照準に定め、綺麗に撃ち抜く。
指示通り、敵エリアを取りに行くと、すんなりと【VICTORY】の文字がど真ん中に大きく表示され、ゲームに勝利した。
《マオさんの指示完璧にゃろー!》
《はは。でも途中でノワールが一気に二人倒してくれたから、敵も動かざるを得なかったからな》
《俺は見えた敵をやるだけだから》
《のひちゃんとにゃろのサポートも良かったにゃろね!?》
《にゃろちゃんが私を引っ張ってくれたからね!》
《うんうん。二人ともが息を合わせようとしてくれるから、勝ち筋も見えやすいよ。雹牙もしっかり勝ちを決めてくれるしね》
「ったりめーだろ」
チームメイトの笑い声を聞きながら、お菓子を貪る。
全員の視点は配信されており、今は大会の予行練習のようなものが行わられていた。
実際に他の七チームと総当たりすることで、お互いの戦法や実力を知ることができ、大会本番までにいかに攻略できるか…ってところだ。
氷柱雹牙が配信しているコメント欄には【お前が最強】【勝てないわけない】【強すぎ】と賞賛する文字が流れ、悪い気分ではなかった。
《じゃあ、今日はもう終わりみたいだし、終わりますか》
《はーい!おつにゃろ〜!》
《お疲れさまー!》
《ノワールと雹牙は話があるから残って》
《…わかった》
「んだよ、説教でもされんのか?」
女性二人がグループ通話から抜けたことを確認したのか、マオさんは再び話し始める。
《大会とは全く話変わるんだけど、明日朝九時からの収録の話知ってるよね?》
《まあ…それが何か?》
当然のように返答するノワール。
「ん、なんすか。収録って」
《マネージャーと連絡取ってあげなよ、雹牙。配信だけが仕事じゃないんだから、スケジュール管理してくれてるんだから》
「はい?」
社内専用アプリを確認すると、直近一週間で大量のメッセージが送られていた。
業務連絡やスケジュールのリマインド、不在着信の履歴もあり、文字がびっしり詰まった画面をひたすらスクロールする。
「あー、マオさんとマネ一緒だから言われたんすか」
《そうだよ。後輩の面倒見るのは先輩の仕事だから》
そう自慢げにマオさんは言うが「仕事なんだから真面目にやれ」という圧を感じてならない。
文句の一つでも言える立場でありたかったが、最近は無駄な考え事が増え、連絡の後回しを連鎖させて招いた結果だ。
素直に受け入れ、マネージャーに返信を送ると、すぐにメッセージは返ってきた。
《ノワールも遅刻すんなよ》
《しませんよ》
短い談笑を終え、解散となった。
その日はよほど疲れていたのか、風呂に入るのも億劫になり、ベッドに横たわった数秒後には眠りに落ちていた。
パチリと目を開けた時には午前八時を回っていて、体の重さを忘れるくらい軽快な動きで部屋中を駆け回る。
「おい颯人!朝からバタバタしてうるせーんだよ!」
洗面台の前でメイク用品を手にした生意気なガキが大声を張り上げた。
「てめぇがうるせぇよ!てかいつまで家にいんだよ、学校行けよ!それよりも兄貴を呼び捨てすんなって何回言ったら理解できんだこのクソガキ!」
「今日は休みだし!友達と出かけに行くし!」
口の減らない馬鹿面をした女は妹の千愛だ。
実家に住んでいるはずだが、キャリーケースに自分の荷物を詰め込んでは毎日のように俺の家にやって来る。
通学しやすいから、という理由で兄貴の部屋を我が物顔で過ごしては荒らして帰る厄介なガキ。
「俺出るから、戸締り頼んだぞ」
「分かってるってば!うるさい!」
仲がいいなんてもんじゃない。
顔を合わせればお互いの文句や悪口が飛び交うのが日常になっている。兄貴に腹が立つなら実家に帰ればいいものの、ストレスの捌け口にされるだけで居座り続けられている。
いつか追い出すと胸に決めてはいるが、なかなか実行に移せずにいた。
収録のスタジオまでタクシーで二十分。
アプリで配車予約は済んでいたため、既にマンションの前に停まっていた車に乗り込み、行き先を伝えて早々に向かった。
休日の午前中は道路が比較的空いており、予定より早い時間にスタジオ入りできそうだ。
マネージャーから送られてきた指定のビルに入り、スタジオが設営されている部屋の扉を探す。
「…あの」
すると、背後から暗い声が聞こえた。
「はい?」
振り返る間もなく、大きな影が俺を覆う。
やたら図体のでかいマスクをした男に、見下ろされた。
「………雹牙?」
「………ノワール…さん?」
顔半分は見えないが、明らかに放つ雰囲気が一般人のものではない。
何より、耳触りの良い低い声がノワール・シャーロックのそれだった。
「やっぱり。スタジオこっちだよ」
にこりと微笑みながら、俺が進んできた道の反対方向を指差して「ついておいで」とノワールさんは歩き出した。
俺よりも長い足で先を行く先輩の背中は丸く、姿勢が悪い。
………なんか、この背中…見たことある。
どこだ?
仕事関係ではなく、もっと別の場所で…この丸まった背中を見たことがあったはず。
「あっ!」
埋もれた記憶の中から、その人物を探し当ててしまい、思わず声が出た。
当然の如く、ノワールさんは俺の方をぎょっとした顔で見る。
「どうしたの?」
「…いや、何でもねえ…っす」
「そ、そう?」
この男、海月のひめと一緒に歩いてた奴だ。
余計に細長い体と、ボサボサの黒い髪と、ゲーマー特有の悪姿勢。
まさかチームメイト五人のうち二人が恋人同士なんて冗談じゃないが、それよりも同業者で恋愛…?
しかも片方は今年同棲中の彼女がどうとかの女性関係で馬鹿でかい炎上を起こしていたのに、新しい女を作るのが早くないか?
海月のひめは最近活動復帰したと言っていたが、まさかノワールさんと何か…?
憶測はいくらでも思い浮かぶが、俺はこれでも仕事に対してのプライドはある。視聴者は大事にするとか、プライベートよりも活動に重心を置く真人間だ。
ノワールさんは炎上から戻ってきた配信で、ガチ恋勢を誑かすような歯の浮いた台詞を吐いていたからこそ、その期待に応えるだけの覚悟を持ったのだと、俺は勘違いしていた。
結局、現実は下半身に支配された猿だったのかと勝手に落胆して、わざと二歩後ろを歩いた。
もうストックないや〜いや〜!




