曇りのち雹
アラーム音と振動で目が覚める。
重たい上半身を起こし、スマホの画面を確認すると、午前六時と表示されていた。
骨や筋肉が固まった感覚を残しながら、寝癖に逆らうように荒々しく髪をかき混ぜ、ルームキーを持って部屋を出た。
エレベーターで一階に降り、受付横のセルフ精算レジで会計を済ませ、だらだらと足を引き摺る。
ねみい。
家に帰ったらまた寝るのもアリだな。
アイツも今日は学校があるし、さすがに俺の家にはもういないはずだ。
朝陽の眩しさに目を細めていると、やたら動きが遅い男女二人が前方にいた。少し早く歩いただけでも追い越せそうだ。
だが、俺の体は怠けたがっていた。
距離が近くになるにつれ、二人の会話が微かに聞こえてくる。
「同じチームだと…思う」
男は呟いた。
「でも、何でそれをうじくんが…?リーダー権を持ってる訳じゃないんでしょ?」
女の言葉に、地面を擦っていた足が一瞬止まる。
リーダー権…?
悪趣味だが、興味を惹く話に思わず耳を澄ませた。
「リーダー権を、同じ事務所の先輩が持ってて…その人が、運営に申告した残りのメンバーを…」
俺はその続きを聞くことなく、ポケットに入れていたワイヤレスイヤホンをすぐさま両耳に装着し、足早にその二人を追い抜かした。
音楽を流す余裕はなく、急に暴れ出した心臓の鼓動だけが頭の中で響く。
しばらくして赤くなった信号機の前で立ち止まり、大きく息を吸って、呼吸を整える。
『リーダー権』『事務所』『運営に申告』
そして『残りのメンバー』
大半はこの単語カードを見せられたら、どこかのスポーツチームの話だと納得するだろうが、ある前提情報を持った俺は違った。
家に帰ると、食後のゴミはそのまま放置され、ベッドもフレームから布団が垂れた状態のまま、覚えのないメイク用品や女物の下着も散らばっている。
湧き上がるストレスで頭痛に襲われるが、額を押さえながらある部屋の扉を開けた。
デスクトップパソコンが二台、モニターが三台並んだデスクの前に腰掛け、光も射さない薄暗い部屋でキーボードに触れる。
「………海月……のひめ…」
すれ違いざまに盗み聴いた名前を検索すると、思った通りの結果が画面を埋め尽くした。
やっぱりだ。
あの二人は、俺と"同じ"世界で生きている。
焦りや動揺もあり、顔までは見れなかったが、まさかあんな近いところに同業者が存在していて、しかも親密そうな関係…だとは。
現実逃避をするためにエニコードを開くと、宵闇マオという名前からメッセージが届いていた。
「…珍しいな。先輩から俺に何を…?」
普段通りメッセージ欄を開く。
【大会の運営から参加の招待が届いていたと思うけど、雹牙を選んで、正式に決まった】
"雹牙"とは、 Vtuberとして活動している俺の名前だ。
氷柱雹牙という、雪国で育ったやんちゃな少年というコンセプトのキャラクターを担当しており、銀髪のウルフヘアと氷柱のピアスが特徴的なアバターをしている。
送り主である宵闇マオは、俺が所属しているVtuber事務所の大先輩で、何度か話したことはあったが、まさか大規模なVtuber限定の大会のチームに俺を迎え入れるとは予想もしなかった。
嬉しさのあまり一度椅子からお尻を離したが、ひとまず落ち着かなければと昇った血を冷ますように腰を下とす。
【運営から共有許可が出たからついでに伝えるけど、チームメイトはノワール・シャーロックと、猫永にゃろさん…】
「…海月のひめさん、に…なった……?」
画面に映る文字を何度辿っても行きつく先が変わることはない。
「………マジかよ」




