金髪と黒髪
「ありがとうございましたー」
出勤を重ねていくごとにネットカフェのアルバイトにも慣れ、受付くらいは一人でこなせるようになった。
しかし、二十四時間営業のこの店には、鍵付きの完全個室と共有のシャワールーム設備があり、宿泊目的で来る客も多い。
日付を跨ぎそうな時間になると退店する客も増えるが、来店する客も同数押し寄せるため、室内清掃と受付業務を同時並行する必要があるため、安宅さんと佐中さんを中心にバタバタと忙しなく動き回った。
そうして山場を乗り越えると、売上データとレジのお金を安宅さんと佐中さんで確認し、専用のアプリに入力して報告するのが日常になっている。
紛失や防犯対策上、お金の管理は二人体制と決められているため、二人が売上金をスタッフルームにある金庫に保管している間は、私一人で受付を任せられていた。
ほんの短い時間だが、少し一人になれるこの空間は気が休まる。
安宅さんも佐中さんも本当によく喋る。
配信者になってはいかがでしょうか、と思わず本音が漏れてしまいそうだ。
人間関係も労働のうちだと自分に言い聞かせながら、ふうと頬杖をついていると、店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
暗い照明の中でやけに目立つ金髪をした青年が、絵に書いた不良のようスウェット姿で、怠そうに歩いてくる。
両耳には大量のピアスがつけられており、緩みきっていた気が引き締まった。
「フリータイムで」
少し掠れた低めの声は妙に色気があり、金髪の青年へ目線を移すと、不意に目が合う。
「…かしこまりました」
提示された会員証を確認しながらタッチパネルを操作して、ルームキーを手渡すと「ありがとうございます」とわざわざ店員の私にお礼を言い、エレベーターホールに真っ直ぐ向かって行った。
どこかで見たことある気がして仕方がないが、街中でよく群れている輩に違いない。
受付の対応に問題がなかったか、自分のメモ書きを見返す。
…まずい。ドリンクのグラスを渡し忘れた。
フリータイムのお客様は自動的にドリンクバーの料金も含まれるため、グラスを渡す必要があったんだった。
洗浄済みのグラスを手にした時には、もう金髪の青年はエレベーターに乗っているようで、こちらから姿が確認できなかった。
私は慌てて駆け出し、締まりかけの扉を前に、昇りボタンを連打する。
間に合え…!
その祈りが天に届いたのか、僅かな隙間しかなかった扉が広がっていくとともに、目を見開いた金髪の青年が現れた。
「な、何…?」
「あっ…すみません!あの、グラス渡し忘れて!」
握り締めたグラスを差し出すと、金髪の青年はぱちぱちと瞬きをしてから、そっと受け取る。
「…後で取りに行こうかなって思ってたんで…言えばよかったっすね」
「いえ、こちらの不手際なんで!ごゆっくり!」
簡単に頭を下げるお客様に、私も負けじと低い姿勢を保ち、扉が閉まるまで続けた。
優しい人でよかった。
尖った外見からは想像も出来ないほど、温和で他人のミスを責めない良い奴だ。きっと世間体で損をしてしまっているのだろう。
戻ろうと振り返った時、無造作な黒髪をした人物が不機嫌そうに私を見下ろしていた。
「………何してるんですか」
「…三浦さんに、会いに…」
うじくんが相変わらずブツブツと呟く。
「冷やかしなら受付しませんよ」
「客です」
家に立派なパソコンや機材を揃えておいて何寝ぼけたを言ってるんだ、この人は。
この店の位置情報は確かに送ったが、もはや本当に来るだなんて誰が予想できただろうか。
過保護なのか、監視なのか…真意は分からないが、久しぶりに顔を合わせても前髪で目元がほとんど隠れている。
「何時間いるつもり?」
「…三浦さんが帰る時間まで」
「教えないよ、そんなの」
冷たく突き放すと、捨てられそうな子犬の目をして何かの感情を訴えてくるが、そんなのは無視して黙々と入店の手続きを進め、ルームキーを渡した。
「ここって…ずっといるのは…」
「貴方のフロアは三階です」
「………」
あからさまにがっかりしたような彼の背中を見つめながら、私の頬はいつの間にか緩んでいた。
「ちょっとちょっとちょっとぉ!」
金庫から戻ってきたらしい佐中さんと安宅さんが、不気味なほど口の端を吊り上げながら、両側から腕を小突いてくる。
「あのイケメン誰!?超ビジュタイプだったんだけど!あれが例の気にぴ!?」
「あぁ…」
うじくんを二人に見られていたらしい。
「俺は顔まで見れなかったんだよなぁ」
「えーもったいな!あんだけイケメンだったら敵も多そうだけど、三浦ちゃんがっていうより“あっちのほうが”って雰囲気あったよね」
「それは俺も思った」
飛躍した憶測だと否定することはできず、私はそれから曖昧な返事をして、彼との関係を誤魔化し続けたのだった。




