青色
ここから第2章みたいなものです。
空と海はどこかで繋がっていると誰かが言った。
本当は水平線で真っ青な水面と青空が溶け込み、境目が見えなくなっただけだよと諭した。
その人は、空の果ても海の果ても見に行ったことがない。
世界の大半はそういう人たちで構成されているのだ。
私は恐らく、捻くれているから後者だ。
ただ、もう一人は前者だと思った。
「よし!」
四つ目の四季が街にやってくる頃、私は新しい住処を手に入れ、何の不便もなく生活を始めていた。
ノワール・シャーロックもとい氏家瑛二、通称うじくんの元を離れ、今は本来の私通り、この家に一人で暮らしている。
都心から少し遠のいたが、課題だったセキュリティ面はオートロックかつ管理人常駐のマンションを選び、家賃は跳ね上がったものの目を瞑ることで手を打った。
それでも土地の違いで幾分か安いことは確かで、都会の喧騒が控えめな場所に身を移せたことは、結果論にはなってしまうものの、私の性に合っている。
書類の入ったトートバッグを手に持つと、ポケットに入ったスマホが震えた。
【本当に行くの?】
差出人はうじくんだ。
以前のように頻繁に顔を合わせることが無くなった代わりに、鬱陶しいくらいの連絡を寄越してくる。
「行くよ。暇だし」
返信を送ると【頑張って】と短文が届いた。
その文字に口元を緩ませ、私は家を出る。
エントランスで立っている管理人のお姉さんに挨拶をし、私は徒歩三分ほどで着く目的地に向かった。
「………ふむ。週四回の夜間シフト希望か。いいね、採用!」
中肉中背のおじさんは履歴書もろくに見ず、軽く採用を私に言い渡した。
ネームプレートには店長という肩書きが記されている。
「…え、いいんですか?」
「ん?何で?やっぱり考え直す?」
「いや、そうじゃなくて………働けます、か?」
「うん。明日からでも入ってくれたら助かるよ。先月二人辞めちゃって、人手不足なんだよね。じゃあよろしくね。シフトは…」
淡々と私のシフトが組まれ、気がつけば帰り道の途中ですれ違った人の肩にぶつかっていた。
「わっ、すみません」
慌てて振り返りながら謝罪すると、目つきの悪い金髪の青年がこちらを見下ろしており、無意識に足を止めた。
両耳にはピアスが何個も着けられており、危ない雰囲気を漂わせている。
まずい。絡まれる、か…?
「僕の方こそ、すみません」
唾を飲み込んで覚悟した私だったが、どうやら見当違いだったようで、尖った外見に見合わず金髪の青年は頭を下げて立ち去った。
…意外と律儀な人だったな。私の不注意でぶつかったのに。
偏見は改めなければと、密かに自分の不格好な内面を削るように歩き出した。
時を巻き戻すと、私は家の近くにあるネットカフェの求人を知り、面接を受けに行ったのだ。
海月のひめの活動は無事再開し、再びインターネットの海に浮かんでいる。
しかし、二ヶ月以上も空白にしていた代償は大きく、あらゆる数字の減少でそれを示していた。復帰直後は沢山の人々の喜びを表現する文字で溢れ返ったが、理由を何も語ろうとしない海月のひめを見限った視聴者は少なくない。
だが、多くの期待を裏切った分、私は"海月のひめ"と共にもう一度、青く澄んだ海を目指してどんな波にも攫われるのである。
そうして忙しい日々があっという間に過ぎたが、Vtuberという職業を個人でするには時間が余った。
アルバイトをすることに対し、うじくんに呆れるほど説得されたが、私はできることならば死んだように眠りたいと望んだ。
夢を見る余力もないほど疲れた身体でベッドに寝転んだら、嫌な夢を見て、自分の甲高い悲鳴で起き上がることもない。
これが都合がいい手段だった。
「うじくんに報告しとこ」
時計に視線を移し、ノワール・シャーロックが配信していないかを確認してから、エニコードのアプリから通話をかける。
《はい》
彼はワンコールですぐに出た。
「受かったよ、ネカフェ」
《…良かった…とは、言わないよ》
心情の複雑さが声色に滲んでいて、自然と笑みが零れる。
「うん。わかってる。でも、うじくんには本当にお世話になったし、しばらくは私の近況報告しとこうと思って」
《何それ。…ありがとう?》
「ありがとう、うじくん」
彼への感謝は尽きないだろう。
三浦海美である私も、海月のひめである私も、彼なしでは今を生きられなかったのだから。
うじくんのことは、間違いなく『好き』と言葉にしてもいい。
実は、その分類に苦戦中だ。
《………あとでネカフェの、位置情報…ください》
心配性なのは変わらないらしい彼は、通話越しでも私を笑わせた。
うみちとうじくんの二人の関係性を書くのにめっちゃ長い期間を費やしてしちまいました。




