炎上
その日は、泥水のように雨が降り、雷は地面を叩きつける、そんな悪天候だった。
《のひちゃーん、お疲れ》
低めの女性の声が、ヘッドホンから聞こえる。
「お疲れ!」
通話の相手は、私の可愛いアバターを産み出してくれた“ママ”の麻倉ちゃん。
お互い本名ではなく活動名で呼び合っているが、彼女がVtuberの外側を作ってきた中で、私が一番名声をあげているからか、いい関係を築けている。
《最近どう?のひちゃん、また伸びてきたんじゃない?》
「まあね。ちょっと新しいゲームしてみたり、コラボ配信も積極的に始めたから」
《いいねいいね。ほんと、私の鼻がどんどんどんどん高くなるよ》
「こっちは何するにも崖っぷちだよ」
二人の会話はいつも決まって、現状報告と、私の弱音、そして…
《ていうか、のひちゃん知ってる?最近また企業勢のVtuberが炎上してるよ》
彼女が大好きなゴシップ。
「なんか多いね、最近。前も誰か炎上してなかった?」
《してた。でもね、今回はマジですごいよ。誰が炎上してると思う?ちなみに炎上の内容は女性関係!》
心底楽しそうに人の不幸ごとを話しているが、私にとっては明日は我が身。
何がきっかけで炎上するか分からない世の中で、嬉々として話題にあげるのは蚊帳の外にいる、彼女のような人だ。
「女性関係ってことは、男の人か…。あれじゃない?あの、なんか裏で女性Vtuberをご飯に誘いまくってたあの人。名前なんだっけ…」
《ブー!そんなあからさまなやつ、炎上しないよ。もっと意外で、もっと人気なやつ!》
誰なのよそれ、と呆れて呟いた私に、彼女は待ちきれなかったのか、ついに名前を口にした。
《ノワール!ノワール・シャーロック!》
「は!?」
ノワール・シャーロックといえば、この界隈の女性人気を根こそぎ持っていった男性Vtuberだ。
たしかに、よく視聴者に向けて胡散臭い言葉を並べているのは見たことあるが、噂ではかなりの人見知りで、誰とも打ち上げに行かないとか。
それに、女性関係での炎上なんて、彼の活動生命に関わる問題ではないか。
リスクヘッジの甘さ、だというのだろうか。
《同棲している彼女がいるとか。しかも、彼女側からのリークらしいよ。可哀想だけど、キャラクターの売り方がガチ恋向けだったために、燃え盛ってるよ。炎は》
「うわぁ…えぐいね」
関係性の深い恋人が敵になるなんて…。
ノワール・シャーロックとは決して仲が良いという訳ではないが、接したことがあるという点で、私の悪い好奇心は飛び出し、スマホに手が伸びた。
SNSでは彼のガチ恋が阿鼻叫喚。アンチは罵詈雑言。
さらには個人情報と思われるものもいくつか見つけてしまい、背筋が凍る。
やはり、炎上の種となるようなものは、一つ残らず耕そう。
《えっ、のひちゃん…ヤバい》
先程まで学生のようにはしゃいでいた麻倉ちゃんだったが、突然戸惑っているような声を漏らした。
「…どうしたの?」
そう問い掛けると、返事代わりに通話アプリの通知音が鳴った。
不審に思ったが、黙り続ける彼女の態度を察し、そのままチャット欄を開いた。
「………ん?」
送られていたのは一枚の写真。
不意にカメラを向けられて、首を傾げている様子の男性。
そこに写っている男の顔を見て、私は前頭葉を鈍器で勢いよく殴られるような衝撃を受ける。
この写真の男に、見覚えがあるからだ。
…見覚えがあるなんてものではない。記憶は真新しく、昨日私はこの男に会っていた。
《ノワールの顔も出回ってて、前世のことは曖昧な記事で見たことあったけど…超イケメンじゃない?これはガチ恋も黙ってらんないねー》
ボソボソと喋り続ける彼女の声は、私の意識からフェードアウトしていった。
〝いつもこんな夜遅くに、お疲れ様です…ってことで〟
そう労いながらスナック菓子を渡してくれた、あの常連客を思い出す。
口の両端にある小さなほくろ。
その特徴で、疑いは確信に変わる。
あの男が…
アイツが、ノワール・シャーロックだったなんて…っ!!
私の感情に呼応するかの如く、雷鳴が轟いた。




