[side]片想い
ノワール・シャーロックとしての配信を終え、一息ついたあと、部屋を出る。
必要なものだけバッグに詰め、いつも通り三浦さんに顔を出してから家を出ようとしたが、彼女がいるはずの部屋をノックしても返事がない。
…寝ているのか?
勝手に部屋に入るのもどうかと思うが、彼女なりに今の状況は負担が大きいだろう。
せめて安否だけでも…と、扉の隙間から部屋の中を覗いても、姿はなかった。
どこだ?
もしかして…出て行った…?
念のため他の部屋を巡回すると、リビングのソファに寝転がっている彼女がいた。
スマホを見ながら寝落ちてしまったのか、手に持って眠っている。
彼女を起こさないよう、すぐ側の床に身を置いた。
こうして休めるほど、この場所に慣れてくれて本当に良かったと安堵し、静かな寝息を立てている三浦さんを眺める。
………眺めるのは、気色悪いか。
理性で迷惑だと自制するが、謀反な本能は無垢な彼女の寝顔をひたすら見つめていた。
なりふり構わず、勢いよく三浦さんに告白してしまったが、彼女の答えを待っていない。
むしろ忘れられても問題ないと思っている。
お互いの立場を踏まえた上でも、行き着く先の視界は明瞭だ。
彼女に踏み込んでも、また芹菜と同じような結末になってしまう。
好きになったのではなく、好きになってしまった、彼女への恋心が止まるのは、時間次第だろう。
高島さんの家に向かうため、ゆっくりと腰を上げると、彼女が小さく呻いた。
「………ん」
俺の存在に気づいていないようで、手にしていたスマホのロック画面を、顔認証で解除した。
覗き見るつもりのなかったスマホの画面が一瞬だけ目に止まってしまい、慌てて顔を背ける。
ゆらりと上半身を起こした三浦さんと、目が合う。
「………」
「………おはよう」
朧げな瞳を数回瞬きして、だんだんと意識がはっきりしてきたらしい三浦さんは、大きく目を開いた。
「…へっ、え、何で!?」
「これから家出ていくから…挨拶だけしていこうと思って」
「あぁ…そっか。もうそんな時間…。ごめん、何か…寝てたみたいで…」
「いや、大丈夫。行ってくるから。お腹空いたら好きな物食べておいて」
重たいバッグを肩にかけ、しっかりと玄関の扉が施錠できたことを確認して、マンションのエレベーターに乗り込んだ。
一人になった途端、三浦さんのスマホの画面がすぐに頭を埋め尽くす。
よくあるネットの検索画面だったが、入力されていた文字に、動揺が隠せない。
【両想い】【告白】【なんて言うか】
この三つのワードが、故意ではなく、不本意で俺の瞳の中に入ってしまったのだ。
俺のこと…だと自惚れるのは早慶すぎる。
そもそも、三浦さんほどの素敵な女性ならば、俺以外から好意を寄せられていても可笑しくはない。
…そういえば、三浦さんの下の名前すら知らないな。
彼女との関係はこれ以上望まないと格好つけた言葉を取り繕っても、両想いかもしれないという微かな可能性が芽生えただけでも、すぐに掌を返してこんな期待まで募ってしまう。
三浦さんが知ったらなんて思うだろうか。
呆れるほど単純なんだ、男というのは。
好きな子の傍にいるだけで理性が保てなくなるから、なるべく目も合わせられないし、言葉も交わせない。
また抱きしめてしまうかもしれないし、万が一にでも受け入れられたら歯止めが効かなくなる事だってある。
だから彼女とある程度の距離は必要だと我慢していたのに、スマホの画面という途方も無いものを見てしまったのだろう。
ーーー恋煩いが厄介な病気とはよく言ったものだ。
本編というよりは、サイドストーリーとして、野暮ではありますが不憫な男たちの心情を残しました。
まだまだ成熟には程遠い人間の感情は、行ったりきたりするものですね。
この回以降は本編が続きます。
いつも読んでくださっている方へ、これからもお楽しみいただけると幸いです。
いつもありがとうございます。




