[side]高島鷹章
インターホンの音が部屋に鳴り響き、反射的に返事をしながらモニターホンの応答ボタンを押した。
画面に映った人物を見て、ぼんやりとしていた意識がパッと冷める。
《高島さん》
「のわっ…、ちょっと待ってろ!」
慌てて玄関のドアを開けると、大きな荷物を肩に提げたノワールが立っていた。
事情を聞き出すよりも先に、家の中に招き入れ、ひとまず椅子に腰掛けてもらった。
「で、どうした?」
冷たいお茶をコップに注ぎ、ノワールに差し出す。
「ありがとうございます」と律儀に頭を下げたかと思えば、そのまま話し始めた。
「………高島さんの家に、一ヶ月ほど泊めてくれませんか」
「はぁ?お前のほうが広いし、良い家に住んでるだろ」
当然の返答をしたが、ノワールは切羽詰まったような顔をそっと上げた。
「それは…そうなんですけど、ちょっと…人を匿っていて…」
歯切れの悪い言い草に、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
こういう時の勘は的中すると、相場が決まっているからこそ、動揺するつもりはなかった。
「…女か」
「…はい」
「こんな事は言いたくないが、少し頭を冷やした方がいいんじゃないか?寂しさを埋めるための交際は身を滅ぼすぞ」
「そういうのじゃないです」
「…」
「そういうのじゃ、なくて………海月のひめさんを、家に…連れてきていて…」
男二人、数秒間見つめ合う。
冴え渡っていたはずの思考は巡ることを拒否し、全ての回路が遮られていた。
“海月のひめ”という俺の推しの名前が、ノワールの口から飛び出てきたような気がしたが、まあ聞き間違えただけだろう。
俺も気づかない間に、疲れが溜まってたんだな…フッ。
「申し訳ないが、上手く聞き取れなかったみたいだ。もう一度言ってくれないか?」
「のひちゃんを俺の家で匿ってるから、しばらく高島さんの家に俺を泊めてください」
一言一句、聞き間違えていない。
これは夢か?現実か?
どういう経緯で、そんな成人向け漫画の展開になるんだ?俺がおかしいのか?幻聴か?
落ち着け、俺。
のひちゃんが男の家に今いる…なんて想像もしたくないが、何か深刻な事情があるんだ。
そうでなければ、のひちゃんは軽率な考え方で男の家に転がり込んだりしない。
「俺が納得できるよう説明してほしい」
ノワールは少し躊躇う様子を見せたが、事の経緯を細かに説明してくれた。
「………なるほど」
何故、こいつが自分の家を明け渡してまで、のひちゃんに肩入れするのかは理解できていないが、相当の理由があることは納得できる。
できるが…、できない。
のひちゃんがノワールの家に、しかも二人きりで過ごす時間も、僅かだがあると…?
下心を丸出しにするような奴には見えないが、男の性欲は全てを破壊するものであり、信用に値しない。
「高島さんも、もし時間があれば定期的に俺の家に行って、無事かどうか確認してほしいんです」
「勿論だ」
「ありがとうございます…」
協力体制にするなら、早く言ってくれ。
変なことを勘ぐってしまうじゃないか。
「一応念のために確認なんだが、のひちゃんが恋愛対象とか、そういう訳ではないんだよな?」
ボストンバッグから荷物を取り出して、俺の家の中に私物を置き始めるノワールを背に、冗談交じりな笑みを含め尋ねてみた。
「………」
だが、肝心な答えが返ってこない。
黙って振り向くと、ノワールは体を丸めて項垂れていた。
「お前まさか…」
俺が言葉を続ける前に、ピクリと反応する。
「…大丈夫ですよ。私情はありますけど、ノワール・シャーロックの活動が俺にとっての最優先事項なので…。彼女とどうにかなんて、考えていません」
「ふうん」
「だったらいいけど」と付け加えると、ノワールは固めていた全身を解いた。
コイツ…意外と女好きなのか。
それとも単純なのか。
同じ事務所にも可愛くて綺麗な花形は多いが、ノワールの興味は一切触れなかった。
イラストや動画編集のクリエイターらに、色恋を含んだ連絡を送られていることも知っているが、それも靡いた様子はない。
同業者なんて以ての外だと、VTuberで稼いでいる人たちは口を揃えるし、俺もそうだと思う。
社会性のなさ、時間の使い方、生活習慣も終わり暮れているから、恋愛対象というか未来が考えられない相手だと双方が同意するはずだ。
理屈じゃないんだろうが、まさかそれが、のひちゃんだとはーーー。
くらリスとして、ノワール・シャーロックのマネージャーとして、男として、しばらくは大層複雑な感情を抱えることになるだろう。




