テリトリー
よく見る少女漫画やアニメで、一生を誓ってもいない相手に対して、何故そんな無責任な台詞を口にするのか、幼い頃から不思議で仕方がなかった。
その感覚は大人になった今も、変わらず私の中に生きている。
「…あの、どうぞ」
どことなく気まずそうに指先を部屋の奥に向ける彼に、私も余計な意識を持ってしまう。
「あぁ…えっと…、お邪魔します」
うじくんから熱烈な告白を受け、簡単に絆されてしまった私は、男の家に易々と足を踏み入れている。
もちろん返事はしていない。
彼への感情に、名前をつけようがないからだ。
この世に産まれ落ちて二十一年。
人を好きになったことがない私は、異性からの好意を初めて肌に感じた。
こういう時、どんな感情になれば正解なのだろう。
私のことが好き…らしいが、一体いつ、どこで恋愛感情を抱いたのか。
他人から想いを寄せられるほど、愛想のいい女でないことは確かだ。
不思議な生態をしているうじくんという一人の男に、私は興味が湧いているのかもしれない。
誘導されるがまま各部屋を案内され、最後はリビングに入り、彼が扉を閉める。
「…配信部屋以外は、好きに使っていいから」
「は、はい」
ずっと突っ立っているのも不自然なので、家から持ってきた最低限の荷物を床に置き、そっと広いソファの隅に腰掛けた。
「………」
「………」
あまりにも静寂。
心臓の音ばかりが頭を占領しているのに、彼から発する音は鮮明に聞こえる。
それがむず痒く、恥ずかしい。
「…夜は配信があるから、終わったら家を出て…また朝に帰ってくる」
「はい…」
「何かあったら…些細なことも、連絡してほしい」
「わ、わかりました」
淡々と話を進めるうじくんに、私はただ身を縮こめることしかできなかった。
そんな私に呆れたのか、うじくんは小さな溜息を零す。
「………ごめんね、三浦さん」
「…な、何に謝ってるの?」
「勝手に俺の気持ちを押しつけた…から。怖がらせてしまったと思うけど、何も…しないから、俺がいない時間はせめて気を休めてほしい」
そう言って、うじくんは部屋を出てしばらく物音を立てた後、大きなボストンバッグを肩にかけて、本当に家を出て行ってしまった。
彼と二人きりで同じ部屋に過ごしたのは僅か数分。
ストーカーから身を隠すために男の家に転がった女の子を独り取り残し、あっさりと家を空けられるとは思っていなかった。
…私のことを好きと言っていたが、少しでも長く傍に居たいとは思わないらしい。
「下心のない恋は恋じゃない」と誰かが苦言を呈していたが、果たして彼は本当に私のことが好きで、恋をしているのだろうか。
やはり不思議な男だ。
やけに重い腰を上げ、部屋の中を見回す。
無機質なリビングだが、それなりに家具や家電製品は揃っているようだ。数ヶ月前まで彼女と同棲していたのだから、基準の域か。
隅々まで整理整頓された部屋の中を歩くが、ますます彼の素性が知れない。
あからさまに厳重なセキュリティが施された、高級感のあるマンションの高層階。
何坪か聞くことも憚かられる部屋の広さ。
素材や材質の良さそうな黒を基調とした家具。
家電製品も若年層に人気のブランドで統一されており、使用した形跡はあるが目立った汚れや傷はなく、丁寧に扱われていたのがわかる。
使い方とか、部屋の設備とか聞いておけばよかった。
ある程度の偵察が済むと、急な眠気に襲われた。
再びソファに座り、真横に上半身をころんと倒す。
全身を寝転がしても十分なほど広いソファだが、初日に寛ぐことを遠慮するくらいの配慮はある。
「…なんか、良い匂いするんだよなぁ」
思わずボソリと呟いてしまうほど、居心地のいい匂いに誘われ、自分でも知らぬ間に瞼を落としていた。




