誕生日
七月十八日。
それは私にとってーーー“海月のひめ”にとって、とても大切な日。
そして、これが世にいう私の賞与となる。
わざわざ家から離れたスタジオを借りて、配車予約しておいたタクシーに乗って重たい機材を持ち込み、黙々と手順通り接続を済ませた。
音声の確認も念入りに行い、問題なし。
配信開始が数分前に迫ると、リップロールを繰り返し、発声練習で喉を慣らした。
今日は、海月のひめの一大イベントーーー
誕生日である。
時間になると、セットリスト通りの音源を流して、さながらライブ会場のように歌を乗せる。
完全な防音設備が整っていない自宅では実現できなかった生歌の配信は、こういった記念配信でしか披露する機会がなく、その珍しさに視聴者の期待は年々高まっていくばかり。
大きく息を吸い、おへその下からありったけの声を出す。
特別な歌唱力は持ち合わせていないが、才能は必須科目ではなく、応援してくれる人たちの期待に応えられるパフォーマンスを、どれだけ自分の手札を組み合わせて発揮できるかだ。
プロの世界ではなく、ネットという辺鄙な場所で生きているVTuberの配信である。
それでも、持つ限りの全てで日頃の感謝をファンに伝える海月のひめの姿に胸を打たれる人は多く、投げ銭システムは配信を初めて終わるまでの二時間、途切れることなく稼働した。
歌っている合間にチラリと見えた【麻倉】というユーザー名は、私のアバターを生み出した“ママ”であり、活動当初から見守ってきてくれた人。
その他にも活動で知り合ったVTuberの名前や、いつも配信のコメント欄で盛り上げてくれるくらリスたち。
両手を広げても足りないくらい沢山の声援を、一度に受け止める“生誕祭”は、大きなトラブルもなく、無事に終えることができた。
「ありがとうございましたー!のひめの世界では三年なんてあっという間なんだけど、この活動を初めてからこんなに一分一秒がこんなに大事だと思わなかった!」
高額の投げ銭があると、視覚的に判別しやすいよう、コメントの色が赤くなるギミックがあるのだが、まさに紅一点といったような染まり方をしている。
少し掠れた喉を振り絞った。
「これからも、もっともっとみんなを楽しませられるイベントを用意していますので、海月のひめがここにっ、この世界に存在する限り…!最期までネットという海で一緒に浮かびましょう!
本日は誠にありがとうございました!」
エピローグのような余韻を残す時間も、大量の投げ銭やコメントが行き交う。
しばらく画面を見つめていると、やはり【海豚】という名前で上限額の投げ銭が送られてきた。
いつも何を残すでもなく、ただただ投げ銭システムを利用するだけの富豪だったが、今回はある文字が添えられていた。
【絶対成功させようね】




