不確定予報
ノワール・シャーロックの復帰配信は、インターネットという無限の海で、大きな話題を呼んだ。
あらゆるVtuberが彼に触れ、そこから際限なく輪が広がり、注目が集まる。
女性関係で炎上したのにガチ恋売りをするのは賛同できないという否定派や、堂々とあの場でキャラクターを突き通したのは尊敬に値するといった肯定派が、日陰で論争している様子はすでに見慣れた光景となった。
つまり、彼は華々しく舞い戻ってきたということだ。
《ん〜にしても、よくあの炎から生きて帰ってこれたよね〜。もう引退かなって思ってたけど》
恒例になっている麻倉ちゃんとの通話中の話題も、そんなことだった。
「まあ、良かったんじゃないかな?大手企業VTuberとしては前例のない炎上だったけど、そこから這い上がれたなら、これからの世代に希望を見せることができたと思うよ」
《なんか寛容じゃない?のひちゃん、前にノワールとちょっと関わっただけで、あいつのリスナーからめちゃくちゃ攻撃されてたじゃん》
「はは…」
そう言えばそんなこともあったか。
ノワールと…うじくんと親交が深まってから、少し彼に対して考え方が甘くなってしまったようで、大概のことは気に停めなくなってしまった。
最近は彼も忙しいようで、活動復帰後はコンビニで顔を合わせること以外の接点はない。
これは嬉しいことだ。
「アンチコメントといえば…、すごい粘着質な人がいるんだよね」
《あー、あれか。ブロックしてもすぐに戻ってくるんだよね》
「麻倉ちゃんも配信中はモデレーターしてくれるから助かってるんだけど、何なんだろう…」
ノワール・シャーロックの復帰を見守ったあとだ。
私ももっと頑張らなければと自らを鼓舞し、準備していた配信を開始すると、見たこともないユーザーからのアンチコメントが送られてきた。
ユーザーが配信を視聴できないようブロック機能を利用して、自衛の策を講じていたが、その行為が終わらなかった。
むしろ、新しくアカウントとユーザ名を変え、執拗に私を追いかけてくる。
他にも海月のひめを受け入れたくないという、俗にいう“アンチ”のようなものは既に存在していたが、私たちが気にしているヤツには、一定の人気を得た者に現れる憑き物ではなく、攻撃性の高い悪質さを感じる。
《弁護士には相談したんだよね?》
「うん。開示請求が通る内容だって言ってたから、とりあえず結果待ち」
《そっかそっか。でも誰なんだろうね?よくある話だと『開示請求したら友達でした』パターンだけど、のひちゃんはリアルに友達いないのにね?》
「…麻倉ちゃんはノンデリって自覚してるよね?」
《ん?事実だよね?友達いたっけ?》
「いや、いませんけど」
冗談や本気混じりの会話をしながら、私は漠然と不安を募らせていた。
それは、だんだんと形を帯びていくーーー
「三浦さん?」
突然苗字を呼ばれ、はっと意識を取り戻す。
「あぁ…、うじくん。いらっしゃいませ」
そうだ。数時間前にコンビニの夜勤が始まったんだった。
カウンター越しに私の顔を覗き込んでくる彼に、首を傾げた。
「………大丈夫?」
「へっ?何が?」
少し上擦った私の声が、さらに彼の不信感を誘ったのか、眉間に皺が寄っていた。
「…最近、変な奴がいるせい?」
図星を突かれ、自然と瞬きが多くなる。
何も無い…と言っても、彼はすんなりと納得してはくれないだろう。
「ちゃんと対処はしてるから、大丈夫。ごめんね、ちょっと寝不足なだけだから」
「………それならよかった」
何か意味のある間をおいて、緩く微笑んだ後のうじくんは、目線を左上に向けていた。
いつも読んでくださっている方、たまたま呼んでくださった方、ありがとうございます。
私は三浦海美ちゃん(海月のひめ)のことを、うみちと呼んでいます。
氏家瑛二くん(ノワール・シャーロック)のことは、うじくん。
だからって何ということはありません。




