両想い
人生の分岐点、まさにそれが今日。
懐かしささえ感じる画面に映る姿に、じんわりと胸が熱くなる。
ついにこの時が来た。
数ヶ月に渡って雲隠れした男が、どんな面を下げてでも会いにいかなければいけない場所がある。
マウスを操作する指が震える。
その度に、ある人からの『頑張れ』を心に宿して、この先の一方通行を前に進むしかないと覚悟を決めた。
配信の文字にカーソルを合わせる。
ーーー今からは。
「…久しぶり、みんな」
“ノワール・シャーロック”の時間だ。
高島さんに釘を刺された通り、炎上の発端となった芹菜の存在や、それに連なる内容は伏せ、突然の活動休止への謝罪を述べた。
開始五分はまるでコメント欄を見れなかった。
視聴者数の数字にも目を背け、事前に準備した文章を声に出して読むことだけに意識を置いていたが、もうしばらくするとその文字も尽きる。
読み終えても、俺は自分から発する言葉に迷っていた。
………そうか。
いつも何を話せばいいか分からなくなった時、俺はこの配信画面のコメント欄を…ここに居てくれる人たちの一言一句が、あの空間に橋を架けてくれていたことを思い出す。
見たくないものはあるかもしれない。
しかし、俺が紡ぐ言葉に必要な物も、たしかにここにあった。
【待ってたよ】
【帰ってきてくれてありがとう】
【おかえり】
【これからも推す】
【ノワールおかえり!】
同時視聴人数は優に十万人を超え、次々とノワールの復帰を喜ぶ人々のメッセージが、画面を通り過ぎていく。
「ごめん、みんな。色々と話はしたけど…、俺の本音を聞いてほしい」
俺はどうして信じられなかったんだろう。
今まで見ていた景色も、自分の努力も、他人の心も。
きっと真っ直ぐに見ていたら、もっと自分の早く自分の存在を肯定できていたのに。
「今まで、自分のために頑張ってきたことが多かった。とにかくがむしゃらに走って、それについてきてくれる君たちがいた。だけど、今回の…長い活動休止期間で、頑張りたいと思う理由が増えたんだ」
望まれる自分を演じるのは苦しい。
本当の自分とノワール・シャーロックの矛盾に感情が汚染されてしまうから、どちらかを辞めてしまいそうになる。
それでも『どんな俺でも“ノワール・シャーロック”としてこの場にいる俺が全て』だと、教えてもらった。
少なくとも、俺のために今日を生きてくれた人がいるから、俺は戻ってきたんだ。
「…君たちのために、これからは頑張りたい。もしかしたら、また間違えることもあるかもしれない。期待を裏切るような結果を残してしまうことも…しない、とは約束できない。でも、そうなったとしても、またこうして君に会うために俺は頑張りたい。それが俺の生きる意味になった。本当にありがとう」
今まで明かしたことのない胸の奥底に喉が締めつけられるが、最後まで想いを振り絞る。
「これからも…俺と一緒にいてほしい」
俺も君たちも、やっと両想いだ。




