登壇
年に数回ほどしか訪れたことのない、ビルの一室。
空調はよく効いていて、少し暑くなり始めた季節には丁度いい温度だった。
「…話っていうのは?」
俺の向かい側に腰掛けた高島さんが、低い声で問いかけた。
「………まず、約3ヶ月間、休暇期間をいただきありがとうございました」
「ああ」
「ノワール・シャーロックの活動ですが…明後日から、復帰しようと思います」
彼女に…のひちゃんに復帰の意志を伝えてから、随分と時間が経ってしまった。
高島さんには明日連絡しよう、それを先延ばしにした結果、復帰予定日の直前で報告をすることになり、せめてものお詫びに事務所を訪れたのだ。
あらゆる文句を準備しているのか、高島さんは険しい顔つきのまま、口を開かない。
「…あの」
すると、高島さんははっと我に返り、身を乗り出して俺の肩を叩き始めた。
「ハーッ、良かったわ!マジで!辞めますって言ってくんのかなって思ったわ!ビビらせんなよ!」
「痛い…」
高島さんは安堵したような表情をしていた。
「上には報告しとくから、復帰後の動きはお前に任せるよ。ただ、炎上の内容や彼女については話すなよ」
「はい」
「心無いコメントもしばらく続くだろうけど、弁護士と相談して対処できるものはこっちでなんとかする。今後開催予定のあるイベントに参加の打診は来ると思うが、もし参加するなら警備体制は万全にしておくよ」
「…ありがとうございます」
高島さんには炎上以降、俺の世話や多方面への対応で相当の迷惑をかけてしまったが、快くノワールの復帰を受け入れてくれたことに頭を下げる。
「他の奴らも心配してたよ。ノワールと連絡が取れなくて、今何してるかわからないって。余裕ができたら、返信するといい」
「そうですね」
同じ事務所に所属しているVTuberたちとは、現実こそ関わりはないが、活動ではさまざまな接点があった。
一人に返信をしたらキリがないと、あえて何もしていなかったが、さすがに軽薄な考えだったのかもしれないと思い直す。
「それにしても…元気になってよかった」
満面の笑みで俺を見る高島さんに、芹菜との関係を全て話すことにした。
話し終えると、高島さんは上を見たり横を見たり、瞬きを繰り返して気の利いた言葉を考えているようだった。
「…高島さんが、前に教えてくれた“海月のひめ”さんのやつ…」
「それが?」
「あの言葉に、助けてもらいました。教えてくださって、ありがとうございました」
実は、あの言葉の存在を教えてくれたのは高島さんだ。
全てを拒否する俺に見兼ねて、高島さんが「見てほしいものがある」と、のひちゃんが話していた動画のリンク先を送ってくれた。
そこから、世界がまるで変わったのだ。
あれほど辞めたいと祈るように眠っていた自分が、明日の朝を待ち侘びて目を閉じれるようになったのだから。
「非常に言いづらいが、まあ…俺はくらリスだからな」
「おぉ、俺もです」
「…ん?」
「推しが生きる理由って…そんな大層なものになるのかって、理解できなかったんですけど、いいもんですね」
「待て待て待て。でもお前、のひちゃんにめちゃくちゃ線引されてたよな?いいのか?」
「………でも、最近のひちゃんと一緒にゲームできるようになりました」
「ハァア!?」
鼓膜を突き破りそうなほど大きな声に、キーンと頭の奥で耳鳴りが響いた。
「…高島さん、うるさいです…さすがに」
落ち着いてくださいと両手を前に出すと、高島さんは徐に立ち上がり、唇をわなわなと震わせながら、俺を見下ろす。
「おま、お前ッ…!!俺は…俺はっ、同担拒否だッ!!!」




