↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/66

和やかな休日

 

 私は苦戦していた。


 日常的にカタカタとキーボードを両手の指で打ち込んでいたから、その応用をすれば簡単に操作できるものだと、胡座をかいていた。


 《のひちゃん、右側に敵いるよ》


「え!?どこどこ!?」


 《あ、もうやった。あと一人…も、今倒した》


「…なんで、私は敵すら見えないの?」


 イヤホン越しに聞こえる失笑に、下唇を噛む。


 通話の相手はあの常連客ーーー今は“うじくん”と呼んでいる。

 表に立っていない時にノワールと呼ばれるのは苦手らしく、本名である氏家(うじいえ)の苗字から私がつけたあだ名だ。


 うじくんが得意な一人称視点で行うシューティングゲーム『FPS』は、Vtuberの活動範囲が海のように広がる可能性を秘める時代になっていた。


 苦手意識が強く、今までは触れてこなかった。


 《初心者はそんなもんでしょ》


 励ましてくれているのか、貶されているのか、真意はわからない。


 しかし、彼はFPSで有名なゲーム“BECOME(ビカム) ANY GUN(エニガン)”の元プロゲーマーである。


 現在プレイしているゲームはそれではないが、左手でキーボードを操作しながら、右手にあるマウスで敵を捉え、予測不能な動きに合わせて正確に焦点を当てる…口にするのは容易だが、今の私には自分のキャラクターを前進させるだけでやっと。


 とんでもないポンコツ具合に、うじくんは呆れ返っているところだろう。


「慣れっていうのはわかるけど…だめだ…。全てが残像だった」


 《ははは》


「目が疲れるぅ…!」


 うじくんとゲームを始めて約一週間。

 常に画面を見つめ、集中力を使うからか、眼精疲労が限界を迎えた。


 《休憩しよ》


「そうだねー、お腹も空いたし」


 《昼ご飯まだ…って言ってたっけ》


「そう。デリバリーでなんか頼もうかな…。うじくんは食べたんだよね?」


 《…うん。のひちゃんのこと待ってる間に食べた》


「いつも通りね」


 彼と関わって、分かったことが意外とある。


 小心者で優柔不断な軟弱な男だが、意思ははっきりしていること。

 極度の人見知りに変わりないが、親交を深めた相手には気を許しているのか、弟属性のような部分が垣間見えること。


 …そして、これは本人を前に決して言えないが、声と話し方が特に良い。

 滑舌がいいことも理由にあると思うが、何時間も聞いていたい声というのは、彼のことを指すのだろうか。


 本人には絶対に言えないことだ。


 《のひちゃん》


「ん?」


 それから長い間を置いて、彼は呟いた。


 《………来月から、あんまり遊べなくなる》


 お互いの顔は見えていないはずなのに、声色や沈黙から「寂しい」と、私たちは相手に感じさせていた。


「そっか…」


 《もう十分なほど休んだから、活動に復帰しようと思う》


 薄々勘づいてはいた。


 彼がコンビニで倒れた日に比べると、ご飯をよく食べているみたいで肉づきも戻り、光がなかった目の奥は今や輝きを増している。


 ゲームで遊んでいるからと言って、コンビニで会わなくなることはなく、変わらず頻繁に会っているから、わざわざ謎を抱くこともない。


「…頑張ってね」


 《うん。ありがとう。…のひちゃんには本当に、もらったものが多すぎるよ》


「大袈裟な…」


 《表では、こんな風に話せないけど………また…会った時は話したり、時間が合えばゲームで遊んだり…》


 言葉のわりにだんだんと小さくなっていく彼の声に、大きな溜め息が出た。


 散々振り回してきて、今更何を遠慮しているつもりなのか。


「そんなのこっちに確認する必要ないでしょ」


 《…ふは、優しいね。のひちゃんは》


「うるさいっ」


 彼が立ち上がろうとしたら、砂をかけたり、もしかしたら石を投げたりする人がいるかもしれない。


 それでも頑張ってほしいと思うのは、こんなにも内気で自信を持てない人間が、応援してくれるファンのために、求められるキャラクターを演じきろうとする覚悟を、しっかりと持っていたからだ。


 私も負けていられない。


 今度は自分の力で、夢を掴み取ってみせる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。