和やかな休日
私は苦戦していた。
日常的にカタカタとキーボードを両手の指で打ち込んでいたから、その応用をすれば簡単に操作できるものだと、胡座をかいていた。
《のひちゃん、右側に敵いるよ》
「え!?どこどこ!?」
《あ、もうやった。あと一人…も、今倒した》
「…なんで、私は敵すら見えないの?」
イヤホン越しに聞こえる失笑に、下唇を噛む。
通話の相手はあの常連客ーーー今は“うじくん”と呼んでいる。
表に立っていない時にノワールと呼ばれるのは苦手らしく、本名である氏家の苗字から私がつけたあだ名だ。
うじくんが得意な一人称視点で行うシューティングゲーム『FPS』は、Vtuberの活動範囲が海のように広がる可能性を秘める時代になっていた。
苦手意識が強く、今までは触れてこなかった。
《初心者はそんなもんでしょ》
励ましてくれているのか、貶されているのか、真意はわからない。
しかし、彼はFPSで有名なゲーム“BECOME ANY GUN”の元プロゲーマーである。
現在プレイしているゲームはそれではないが、左手でキーボードを操作しながら、右手にあるマウスで敵を捉え、予測不能な動きに合わせて正確に焦点を当てる…口にするのは容易だが、今の私には自分のキャラクターを前進させるだけでやっと。
とんでもないポンコツ具合に、うじくんは呆れ返っているところだろう。
「慣れっていうのはわかるけど…だめだ…。全てが残像だった」
《ははは》
「目が疲れるぅ…!」
うじくんとゲームを始めて約一週間。
常に画面を見つめ、集中力を使うからか、眼精疲労が限界を迎えた。
《休憩しよ》
「そうだねー、お腹も空いたし」
《昼ご飯まだ…って言ってたっけ》
「そう。デリバリーでなんか頼もうかな…。うじくんは食べたんだよね?」
《…うん。のひちゃんのこと待ってる間に食べた》
「いつも通りね」
彼と関わって、分かったことが意外とある。
小心者で優柔不断な軟弱な男だが、意思ははっきりしていること。
極度の人見知りに変わりないが、親交を深めた相手には気を許しているのか、弟属性のような部分が垣間見えること。
…そして、これは本人を前に決して言えないが、声と話し方が特に良い。
滑舌がいいことも理由にあると思うが、何時間も聞いていたい声というのは、彼のことを指すのだろうか。
本人には絶対に言えないことだ。
《のひちゃん》
「ん?」
それから長い間を置いて、彼は呟いた。
《………来月から、あんまり遊べなくなる》
お互いの顔は見えていないはずなのに、声色や沈黙から「寂しい」と、私たちは相手に感じさせていた。
「そっか…」
《もう十分なほど休んだから、活動に復帰しようと思う》
薄々勘づいてはいた。
彼がコンビニで倒れた日に比べると、ご飯をよく食べているみたいで肉づきも戻り、光がなかった目の奥は今や輝きを増している。
ゲームで遊んでいるからと言って、コンビニで会わなくなることはなく、変わらず頻繁に会っているから、わざわざ謎を抱くこともない。
「…頑張ってね」
《うん。ありがとう。…のひちゃんには本当に、もらったものが多すぎるよ》
「大袈裟な…」
《表では、こんな風に話せないけど………また…会った時は話したり、時間が合えばゲームで遊んだり…》
言葉のわりにだんだんと小さくなっていく彼の声に、大きな溜め息が出た。
散々振り回してきて、今更何を遠慮しているつもりなのか。
「そんなのこっちに確認する必要ないでしょ」
《…ふは、優しいね。のひちゃんは》
「うるさいっ」
彼が立ち上がろうとしたら、砂をかけたり、もしかしたら石を投げたりする人がいるかもしれない。
それでも頑張ってほしいと思うのは、こんなにも内気で自信を持てない人間が、応援してくれるファンのために、求められるキャラクターを演じきろうとする覚悟を、しっかりと持っていたからだ。
私も負けていられない。
今度は自分の力で、夢を掴み取ってみせる。




