何だと思ってるの?
「いらっしゃいませー」
「あ…」
「お客様、レジには商品をお持ちください」
「こ、この間…」
「買わないならどうぞお帰りくださいませ」
手ぶらで黙り込んだままレジの前から動こうとしない迷惑な客に、出口を指差した。
「話したいことはありません。お帰りください」
くっと彼を睨みつける。
「………この間は、ごめんなさい」
「………」
「…待ってて…くれたのに」
「ハァ!?」
自意識過剰も甚だしい一言に、怒りの温度が沸点に到達し、大きな声を上げてしまった。
狼狽えた彼は、子犬のように縮こまる。
「待ってないし!あなたとゲームも、もうしません!」
「えっ…」
「『え』じゃないでしょ!?誘っておいてっ!何の連絡もなく!ドタキャン!?私、あなたみたいに暇じゃないんですけど!!」
感情の昂りに比例して、カウンターを拳で叩きつけようとしたが、客の来店がそれを阻み、私たちは一時休戦状態となった。
昨日の十四時にゲームをするという約束をしたが、夕方になっても夜になっても、彼から何か私に送られてくることはなかった。
短い文章でも十分だったのに、断りのメッセージすらもよこさず、いつもの時間にのこのこと私の前に現れ、あんな自惚れた発言が何故できるのか。
あの人にとって、私はぞんざいな扱いをしてもいい対象だと、いつから見下されていた…?
次から次へと吸い込まれるように入ってくる客を、適当な接客で見送った瞬間、視界の端に映っていた男のもとへ透かさず向かった。
「言っとくけど、私あなたのこと待ったことなんか、いっっかいもないからっ」
「え、あ、うん…ごめんなさい…」
「ごめんなさいしか言わないつもり?ちょっとは言い訳してみたら!?」
私が一歩踏み出す度に、彼は一歩後退る。
「…言い訳…は、できない」
「じゃあ、私に何を言いたかったの?どう思ってほしかったの?許されたかったんじゃないの?」
「………違う」
煮え切らない男の態度に、かける言葉も見つからない。
本質から逃げようとしているつもりなのかは定かではないが、このまま二人の会話は平行線で終わってしまうだろう。
私は何も知らないのに、とやはり腹立たしくなる。
どうして突然私に声を掛けるようになったのかも、ゲームを一緒にしたいだなんて誘ったのかも、誘ったくせに黙って現れなかったのかも。
聞きたいことは山ほどあって、どんな答えが返ってくるんだろうだなんて邪推もした。
全部無駄にするつもり…?
居た堪れない気持ちをどうにかしたくて、彼の腹に力の入らない拳をぶつけた。
「言い訳したくないのは…、連絡とか、できなかったわけじゃなくて、しなかったから」
「…だから、なんで」
「言えない。…だけど、君にお礼が…言いたかっただけ、なんだと思う」
「………お礼?」
意味を理解できずに眉を顰めると、彼は口の両端にあるほくろを上にした。
「のひちゃ…のひめさんの、言葉に救われたんだ」
「…何の話よ」
「俺にとって、ずっと“ノワール”は…負担だった。配信をするたび、表に出るたび、よく分からないけど、何かがいつも擦り切れていって…。本当の自分は、こんな芋虫みたいな奴なのに、何で、こんなことしてるんだろうって」
彼が喉を詰まらせる様子を見て、不覚にも胸が痛む。
それは、私も同じようなことを感じたことがあったからだった。
「コメントだって、俺に向けられた言葉じゃないっていつもは切り離せていたはずなのに、いつの間にか………それが自分自身に向けられた言葉のように思えて、ネットも現実も、俺は生きたいと思えなかった」
「…炎上のこと、だよね」
「………ごめん。こんな重い話」
「いいよ」
今にも消えてなくなりそうな気弱な男が、あれだけの誹謗中傷を一人で受け入れたのだ。
的を得た意見など一割にも満たなかったはずだった。
ほとんどが人格否定や鬱憤を晴らしたいだけの暴言、誰にも向けていいわけがない言葉の嵐の中、必死に自分の心を守り続けていたと思うと、先程までの怒りが嘘みたいに失せた。
「だけど、のひちゃんが言ってくれた」
「?」
「『みんなが見てる私が私』『誰が何と言おうと、それが全て』…だってね」
ーーーあぁ、あの時の言葉か。
「それは…みんなそうだよ。みんなそう思ってる」
「でもあの時、声に出してくれたのは君だけだったんだ」
彼は瞳に少しだけ、涙を浮かべている。
孤独というのは、とても気楽なものだけど、時には人の心を殺してしまう厄介なもの。
私は…彼の孤独から少し抜け道を作っていたのか。
ふうと息を吐いて、あの日、二人でゲームができていたら伝えるはずだった話を伝えた。
「私も、その件でお礼を言いたかった。利用するつもりはなかったけど…私は確かにあの言葉で、今の数字に繋がってる。悔しいけど、あなたがきっかけだったの」
「俺…が?」
「…うん。さっきは怒鳴ってごめん。私の方こそ、あなたに力をもらった。本当にありがとう」
右手を差し出すと、彼はしばらく戸惑っていたが、その手を優しく握り締めた。
大きくて暖かな手の温度に、本当にこの世に存在している人間なのだと、当たり前のことだが、不思議とそう感じたのを覚えている。
ぎこちなく、二人は笑い合う。
この日からーーー私たちは友情とも恋情とも当てはまらない、名前のない関係が生まれた。




