同情と贖罪
都内のコンビニエンスストアで働くアルバイト店員である女は、ある客がやってくるのを待っていた。
「あの…」
「っ!」
丑三つ時、いつもと同じくレジの前に立つ彼に話しかける。
「前に言ってたことだけど…いいよ」
「え?」
脈絡のない私の言葉に、彼は目を丸くした。
察しの悪い男だと思ってしまうのは、きょとんとした顔をしている彼への苛立ちでもある。
「…ゲームするんでしょ。寝て起きたら」
ぶっきらぼうな言い草で汲み取ってくれたのか、彼は過去を探し当てた。
「あ…うん。…うん、しよう」
表情が読み取れなくても、体の動きから嬉しさが全面に溢れていて、自然と私も笑顔にされる。
以前は、彼のことを完全に拒否していた。
だが、エニコードの交換を断って以来、彼はあからさまに私を避けるようになった。
無駄話をすることがなくなり清々していたが、あんなにしつこく関わってきた彼が、目を合わす間もなく去っていく姿を見て、だんだんと私の中でフラストレーションが溜まっていた。
この消化不良の感情を解決すべく、彼に声をかけることにしたのだ。
「じゃあ、私のメッセージに送っといて」
「…わかった」
レジ袋を手渡して、小さく頭を下げる。
久しぶりに、彼と話した。
散々愛想のない態度をとってきたせいで、今更視線を交わす余裕もなく、彼の口元にある二つのほくろしか見ることができなかった。
バイトが終わったら、お風呂に入って、寝る前に少しだけ連絡を返してからベッドで眠って、それからーーー。
余計な思考を張り巡らせていると、夜明けが早くなったのか、我に返ると自分の家の玄関で靴を脱いでいた。
「…別に、楽しみにしてるとか…ないよね」
だって、彼の誘いを受け入れたのは、罪悪感を拭うためだ。
そこに特別な感情はなく、ただ後味の悪さをどうにかしい、私の幸運が彼の不運によって成り立っている不条理な事実に、償う何かをしなければという使命感。
それ以上のことはないと言い聞かせ、予定通りの行動を済ませた後、肌触りのいいシーツに身を任せ、すうっと眠りについた。
ーーー何か、夢を見たような気がする。
画面に映る海月のひめを、私がじっと傍観している夢。
夢の中では、海月のひめを私を演じているわけでなかったが、どうしてか私は安堵していたように思えた。
パッと瞼を上げると、見慣れた私の部屋がそこにある。
眠りから目覚めたのだと理解し、私はスマホで時間を確認した。
現在時刻は…十四時十分。
ぼんやりとその時間を眺めていたが、だんだんと自分の意識にかかっていた霧が晴れて、やっとベッドから飛び起きる。
約束の時間、過ぎてるじゃんっ!
咄嗟に頭を抱えたが、立ち尽くしてる場合ではない。
パソコンの電源をつけ、起動するまでの時間はドタバタと忙しなく足を踏み鳴らす。
「おしっ」
準備完了というように、私は椅子に腰を下ろした。
急いでメッセージ欄を開くと、ノワール・シャーロックから2件のメッセージが届いている。
【#0004869NoirSherlock】
【始める時に声をかけてください】
エニコードの固有コードに、一言が添えられていた。
【ごめんなさい。今から申請送ります】
このエニコードで相手と通話やチャットをするには、お互いの合意が必要になるため、決められた手順でフレンド申請をして、私は承諾を待った。
まず、通話がかかってきたら「遅れてごめんなさい」と謝ろう。
それで、一緒に遊ぶゲームを決めて…相手の得意分野だとやりやすいよね。私はあまり得意なゲームとかないし…。
しかし、いつまで経っても、夜まで待っても、彼から承諾が返ってくることはなかった。




