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『ベジタブル5大都市の滅亡記録 〜前進・後退・停止・横移動・飛翔・座り込みまで全部やった結果、文明が全滅した件〜』  作者: 山田りく


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第7話 ニンジン・シティ(座る)

「もう、この星に『立つ』場所など残されていないのか……」


 ナスビ隕石が直撃し、地下のジャガイモが茹であがった大爆破の煙が引いたあと。


 四度、五度、六度と世界の崩壊を見届けてきた老人の前には、ついに地面すら存在しなくなっていた。四方八方がクレーターとなり、煮えくり返るマグマと宇宙の塵が混ざり合うカオス。


 しかし、その虚無の空間に、ぽつんと浮かぶ巨大なオレンジ色の物体があった。


 それは、幾千もの人参ニンジンを円形に編み込んで作られた、巨大な「浮遊するクッション」だった。


 そこは、世界で唯一の、全員が座ったまま生活する空中都市「ニンジン・シティ」である。


「立てば歩く!  歩けば進むか退くか横に滑る!  飛ぶか潜るかして最後は死ぬ!  結論として、我々は一歩も動かず、ただ座り続けるべきなのだ!」


 これが街の最高法。これまでの前後左右・上下・地下の破滅の歴史を、歴史上最も斜め上に解釈したニンジン市長が生み出した「究極の座禅ワークライフバランス」だった。


 住民たちは全員、特製の人参クッションの上にドカッと腰を下ろし、決してそこからお尻を離さなかった。彼らにとって、立ち上がることは「全てのバカげた二次元・三次元の移動による自爆を引き起こす引き金」であり、ただ「座る」ことだけが、過去の失敗から得た最高の学びとされていた。


 ここでもやはり、「過去から学ぶこと」と「ただ楽な姿勢で責任を放棄すること」が、完璧に混同されていた。


 老人が(浮遊するクッションを綱渡りしながら)都市を巡ると、一人の若者が、人参クッションの上でノートパソコンを開いたまま、盛大に自分の飲み物を股間にこぼしていた。


「熱っ……!  だが、私は立ち上がらんぞ!  立ち上がって拭こうとすれば、バランスを崩してクッションから転落する!  私は過去の転落事故から『濡れたまま座り続ける』という忍耐を学んだのだ!」


 若者は下半身をびしょ濡れにしたまま、誇らしげにキーボードを叩き続ける。


「それは過去から学んで成長したのではなく、ただのめんどくさがり屋の開き直りです」


 老人がツッコむが、若者は「立ち上がる奴は視野が狭い」と、座ったままの低い目線でフンと鼻で笑った。


 パン屋の主人にいたっては、座ったまま一切の手を動かさなかった。


「私は昨日、パンをこねるために腰を浮かせたら、ギックリ腰になった!  だから今日は絶対に座ったまま動かん!  この、私の座る『人参クッション』を直接かじるがいい!  これぞすべての調理プロセスを排除した、ローフード(生食)の頂点だ!」


 客たちは「これぞ、調理のリスクを徹底的に座学で解決した(?)究極のオーガニックだ」と納得し、主人の座るクッションの端っこを、座ったままの姿勢でガリガリとかじっていた。ただのクッション食いである。


「過去の失敗に向き合わず、ただ『一番楽な姿勢で何もしないこと』を学びと呼んでいる……。この街の連中も、お尻に根っこが生えて脳までカサブタになっているな」


 老人が呆れ果てて、宙に浮く人参の葉っぱを拾ってノートにペンを走らせた、その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!


 今度は地平線どころか、宇宙と地下と、ありとあらゆるベジタブルの概念の限界から、これまで死んできたレタス(前)、キャベツ(後)、トマト(停)、キュウリ(横)、ナス(上)、ポテト(下)の、すべてを詰め込んだ「超巨大ベジタブル・大煮込み(ポトフ)・津波」が、全方位からこのニンジン・シティを目がけて一気に押し寄せてきたのだ!


「前も後ろも上も下も、すべてのベクトルが我々を圧殺しにきたぞ!」


 ニンジン市民たちは一瞬パニックでお尻を浮かせかけたが、すぐに、誰よりも巨大な王様サイズの人参クッションにドカッと腰掛けたニンジン市長が、太ももを叩いて叫んだ。


「慌てるな!  お尻を浮かすな!  我々には『座る』という絶対的な低重心がある!  全員、クッションに深く深く腰掛け、すべての圧力をどっしりと受け止めるのだ!」


「座り込めええええ!」


 何万というニンジン市民が、一斉にお尻に全体重をのせ、フンス! と強烈な空気圧を真下に放ちながら、クッションに深く座り込んだ。彼らの「絶対に立ち上がりたくない、何の責任も取りたくない、ただ座って静観していたい」という凄まじい現状維持と日和見ひよりみのエネルギーが、彼らの体から鮮やかなオレンジ色のオーラとなって噴出する。


 ドガァァァァァン!!!


 全方位から押し寄せたポトフ津波が、ニンジン・シティの中央で大激突した。


 しかし、ニンジン市民たちの「座り込みエネルギー」があまりにも低重心でどっしりとしていたため、津波の衝撃はすべてクッションの弾力によって吸収され、四方へと綺麗に受け流された。


「はっはっは!  見たか老人!」


 ニンジン市長が、クッションの上でふんぞり返りながら高笑いする。


「どれだけ世界が崩壊しようとも、我々がただ『座って動かない』を貫けば、どんな嵐も通り過ぎるのを待つだけなのだ!  行動しないこと、それ自体が最強の正解なのだ!」


 迫り来る世界の終わりは、座り続ける市民たちの前をただ通り過ぎていき、空中都市には奇妙な「お留守番」のような平穏が訪れた。全ての人間が、誇らしげにお尻をクッションに密着させてニヤニヤしている。


 老人は、激しい風でちぎれかけたノートのページを押さえながら、静かに首を振った。


「……確かに、何もしなければ失敗もしない。だが……」


 老人は、もう何も書くスペースの残されていない、ボロボロのノートを閉じた。


 レタスからポテトまで、彼らに共通していた最後の結末。それは「ブレーキの概念を学ばない」こと、そして「自分の足で立つ方法を忘れる」ことだった。


 案の定、ニンジン市民たちの間で、奇妙な異変が起こり始めていた。


 あまりにも長い間、ものすごいエネルギーでお尻を人参クッションに密着させ、座り続けた結果。


 市民たちの体と、座っている「人参」の細胞が、物理的に融合(癒着)し始めていたのだ。


「あ、あれ?  お尻がクッションから離れないぞ……?」


「手足が……細くなって、オレンジ色に……」


 彼らは「座ってやり過ごす」ことだけを学び、危機の後に「再び立ち上がって歩き出す」ためのプロセスを一切学んでおらず、その筋肉を完全に退化させていた。


「し、市長!  我々の下半身が、完全に一本の根っこ(人参)になって地面クッションに埋まっていきます!」


「な、何だと!?  誰も立ち上がる方法を覚えていないのか!?」


 時すでに遅し。


 何万というニンジン市民は、座ったままの姿勢のまま、文字通り「ただの巨大な人参(野菜)」へと完全に変変化してしまった。空中都市ニンジン・シティは、ただの「宙に浮かぶ巨大な人参畑」となり、思考を放棄した野菜たちが、風に揺られて静かに沈黙した。


 静まり返った人参畑の真ん中で、老人は奇跡的に(ずっと立っていたおかげで人間を保ち)、使い切ったノートをそっと宙に放り投げた。


 【記録:どれだけ上手にトラブルをやり過ごし、楽な姿勢で座り続けても、再び自分の足で『立ち上がる』プロセスを学ばなければ、最後はただ消費されるだけの『ただの野菜』に成り下がる】


 老人が歩き出すと、誰もいなくなったオレンジ色の世界の中で、彼の眼鏡だけがクッションの上にカランと落ち、キラリと冷たく、そして哀れみの光を放った。

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