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『ベジタブル5大都市の滅亡記録 〜前進・後退・停止・横移動・飛翔・座り込みまで全部やった結果、文明が全滅した件〜』  作者: 山田りく


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第2話 キャベツ・シティ(後退)

 お隣の「キャベツ・シティ」の朝は、静かに、そして奇妙に始まった。


「後ろを向け!  過去を愛せ!  未来は恐怖だ!」


 これがキャベツ・シティの絶対的なルールである。


 レタス・シティとは真逆で、この街の住民は全員、背中を進行方向に向けて歩く「バックパッカー(文字通りの意味)」だった。


「いやあ、昨日は本当に良い1日だった。あの素晴らしい過去をもう一度体験しよう」


 サラリーマンたちは後ろ向きに全力疾走しながら通勤し、当然のように背後にある電柱や看板に激突している。しかし、彼らは頭をさすりながら、うっとりと呟く。


「痛い……。だが、この『ぶつかる』という現象は、10秒前に私が経験した確かな過去だ。なんと愛おしいのだろう」


 彼らにとって、まだ見ぬ未来へ進むことは「悪」であり、不潔な行為だった。


 そのため、すべての変化は拒絶され、歴史を忠実に再現することだけが美徳とされた。


 もちろん、ここでも「過去から学ぶこと」と「過去に退行すること」は完全に混同されていた。


 パン屋の主人は、5年前に一度だけ大成功した「究極のメロンパン」の味が忘れられない。


「あの栄光をもう一度!」


 主人は目を輝かせ、5年前に使った「賞味期限が5年切れた小麦粉」と「カビの生えた酵母」をそのまま使ってパンを焼いた。


「これぞ当時の再現だ!」


 食べた客たちは全員、激しい腹痛で病院に担ぎ込まれたが、「これぞ5年前のあの懐かしい腹痛の再現だ!」と涙を流して喜んでいた。ただの食中毒である。


 そんな街の中心にある中央広場で、レタス・シティのあの老人がぽつんと佇んでいた。


 先のダム決壊(と自爆特攻)からなんとか生き延び、この隣街に流れ着いたのだ。


 老人は、街の広場にそびえ立つ巨大な記念碑を見て絶句した。


 そこには、巨大な「バックするロケット」の模型が飾られていた。


「おい、そこの老人!」


 背中を向けたまま、ムーンウォークで高速接近してきたのは、キャベツ・シティの市長だった。


「お前、前を向いて歩いているな?  不届き者め!  未来という名の不確定要素に怯え、過去の安全圏へと引きこもる我が街の美学が分からんのか!」


 老人は深くため息をつき、眼鏡の位置を直した。


「市長。あなた方は『過去を大切にする』と言いながら、ただ過去のカタチにしがみつき、退化しているだけです。本物の『過去から学ぶ』というのは、過去の失敗と成功を分析し、それを糧にして、より良い未来を生きるということですよ」


「うるさい!  未来などという汚らわしいものは、我が街には一歩も入れん!」


 その時だった。


 キャベツ・シティの遥か後方(住民たちにとっては正面)から、ゴゴゴゴゴ……と不穏な地鳴りが響いてきた。


 レタス・シティで自爆特攻を繰り返し、そのまま暴走を続けていた脳筋市民たちの軍団が、猛烈なハイステップでこちらに突撃してきたのだ!


「前へ!  前へ!  振り返るなアアア!」


 レタス市民たちの凄まじい前進エネルギーが、キャベツ・シティへと迫る。


「大変だ!  恐ろしい『未来』が向こうからやってくるぞ!」


 キャベツ市民たちはパニックに陥った。しかし彼らは後ろを向いている(つまりレタス市民を正面から見据えている)ため、恐怖で足がすくむ。


「みんな、逃げるんだ!  全力で後ろへ!」


 市長の大号令がかかった。


 キャベツ市民たちは一斉に、背中を向けたまま猛烈な速度でバックを始めた。


「後ろへ!  後ろへ!  過去へ戻れぇ!」


 何万という住民の、限界を超えた超高速ムーンウォーク。


 彼らの「絶対に未来へ行きたくない、過去へ引きこもりたい」という凄まじい負のエネルギーが、空間を歪め始めた。


 キィィィィィィン!!


 次の瞬間、キャベツ市民たちのバックの総エネルギーが、物理法則を再び超越した。


 あまりのバックの速さに、なんと街全体の「時間」が逆行を始めたのだ。


 空の太陽が東から西へと超高速で沈み、壊れた看板が元通りになり、パン屋の腐った小麦粉が新品に戻っていく。


「な、何だと……!?  時間が巻き戻っている!?」


 老人は時計の針が逆回転するのを見て、叫び声を上げた。


 凄まじい時間逆行の波動は、突撃してきたレタス市民たちをも直撃した。


「前へ……へ前……え……」


 レタス市民たちの動きが巻き戻され、彼らはビデオの逆再生のように、全員後ろ向きのステップを踏みながら自分たちの街へと強制送還されていく。


「はっはっは!  見たか老いぼれ!」


 市長はバックしながら勝ち誇った。


「我々の後ろ向きの情熱は、時間すら巻き戻すのだ!  未来など、我々の足元にも及ばん!」


 迫り来る脅威は消え去り、街は完全に救われた。


 老人はその場にへたり込み、激しく逆回転する懐中時計を呆然と見つめた。


「学ぶとか……進化するとか……もう何なんだ、この世界は……」


 しかし、老人がふと気づくと、時間の逆行は止まっていなかった。


 キャベツ市民たちは「過去最高!  バック最高!」と叫びながら、まだ全力でムーンウォークを続けている。ブレーキの概念を学んでいないからだ。


 太陽はさらに逆回転し、街の建物はどんどん新築から更地へと戻っていく。


 市民たちの服は幼児服になり、体はどんどん縮んでいく。


「あ、あうー(過去最高)!」


 赤ちゃんになった市長が、おむつ姿でハイハイしながら後ろ向きに去っていく。


 老人は静かに、急速に真っ白な白紙へと戻っていくノートを開いた。


 【記録:どれだけ時間を巻き戻せても、ブレーキの概念を学ばなければ、最終的に全員ただの細胞に戻る】


 老人の体がみるみる若返り、少年、そして幼児へと戻っていく中、彼の眼鏡だけが地面にカランと落ちて、キラリと冷たく光った。

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