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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第2章 廃村の少女と、記憶を持つ井戸

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第6話 処分命令

 命令書には、短い文章しか書かれていなかった。


 だが、その短さがかえって冷たかった。


「ルミナリア遺構を確認せよ。生存者がいた場合、速やかに処分せよ」


 レインは何度も読み返した。


 読み間違いではない。

 血で汚れてはいるが、王国軍の正式な命令書だ。紙の下部には、アストレア王国の紋章と、軍務局の封印が押されている。


 生存者がいた場合、保護せよ、ではない。

 事情を確認せよ、でもない。


 処分せよ。


 その言葉が、夜気よりも冷たく胸に沈んだ。


「レイン……それ、なに?」


 背後からミラの声がした。


 振り返ると、彼女は崩れかけた家の入口に立っていた。薄い布を肩にかけ、裸足のままこちらを見ている。眠っていたはずなのに、外の気配で目を覚ましたのだろう。


 月明かりに照らされたミラの顔は青白かった。


「ミラ、家に戻っていてくれ」


「その人、王国の人?」


 レインは答えられなかった。


 倒れている兵士の鎧には、王国アストレアの紋章が刻まれている。王都で何度も見た紋章だ。勇者パーティーの遠征許可証にも、王宮の門にも、カイルの白銀の鎧にも同じものがあった。


 ミラはゆっくり近づいてくる。


「来ちゃだめだ」


 レインは思わず声を強めた。


 ミラの足が止まる。

 怯えさせたと気づき、レインはすぐに声を落とした。


「ごめん。でも、見ない方がいい」


「……死んでるの?」


「ああ」


 ミラは唇を噛んだ。


 怖がっている。けれど、目を逸らさない。

 その様子に、レインは妙な違和感を覚えた。


 普通なら、死体を見れば悲鳴を上げるか、逃げるかするだろう。

 だがミラの表情には、恐怖と同時に、どこか知っているものを見てしまったような痛みがあった。


「その紙に、何が書いてあるの?」


 ミラが尋ねた。


 隠すべきか、レインは迷った。


 今すぐ真実を伝えるには酷すぎる。

 けれど、王国がこの村に来ていたことは隠せない。

 そして命令書の内容を知らなければ、ミラは自分がどれほど危険な立場にいるのか理解できない。


 レインは命令書を握りしめた。


「王国軍の命令書だ」


「命令書……」


「この村を調べろと書いてある。ルミナリア遺構を確認せよ、と」


 その言葉を口にした瞬間、ミラの顔が歪んだ。


「ルミナリア……?」


「知ってるのか?」


「わからない」


 ミラは自分の頭に手を当てた。


「知らないはずなのに……その言葉、いや」


「ミラ?」


「胸が、痛い。頭が……」


 ミラの膝が崩れた。


 レインは慌てて駆け寄り、倒れかけた体を支える。


 彼女の体は震えていた。額には冷や汗がにじみ、呼吸が浅い。


「大丈夫か?」


「いや……来ないで……」


「俺だ。レインだ」


「違う……違うの。黒い鎧が、火が、みんなが走って……」


 ミラの瞳は、レインを見ていなかった。


 何か別の景色を見ている。


「地下に……行かなきゃ……でも、だめ……」


 レインの背筋が冷えた。


「地下?」


 ミラはレインの腕を強く掴んだ。


「地下に、行っちゃだめ」


 その声は、さっきまでのミラとは違っていた。

 幼さが消え、どこか遠い時代から響いてくるような声だった。


「扉を開けたら、また王国が来る。みんな、消される」


「ミラ、しっかりしろ」


「井戸が、泣いてる。門が燃えてる。お母さまが……」


 そこでミラの体から力が抜けた。


 レインは彼女を抱きとめる。


 気を失っている。

 呼吸はある。熱も高くはない。命に関わる状態ではなさそうだ。


 それでも、彼女が口にした言葉はレインの中に残った。


 地下。

 扉。

 また王国が来る。

 お母さま。


 ミラは本当に何も覚えていないのか。

 それとも、記憶を封じられているだけなのか。


 レインはミラを家の中へ運び、草を敷いた寝床に横たえた。

 薄い布をかけると、彼女は苦しそうに眉を寄せたまま眠り続けた。


 火を絶やさないよう薪を足し、レインは再び外へ出た。


 王国兵の死体を放置するわけにはいかない。

 魔物や獣を呼ぶ恐れがあるし、持ち物を調べる必要もある。


 レインは兵士のそばにしゃがみ、鎧に触れた。


「鑑定」


 意識を集中させると、情報が流れ込んでくる。


 王国軍支給品。

 所属、辺境調査小隊。

 損傷、胸部に刺突痕。

 死亡推定、四日前。

 所持品、短剣、火打ち石、干し肉、命令書、調査用方位盤。


 胸の傷は魔物の爪ではない。

 刃物によるものだ。


 つまり、この兵士は魔物に殺されたのではない。

 誰かに刺された。


 レインは眉をひそめ、兵士の短剣を抜いた。


 刃に黒い汚れが残っている。乾いた血だ。

 鑑定すると、兵士本人の血ではない別の血液反応があった。


 王国兵は、死ぬ前に誰かを傷つけている。


 その誰かはどこへ行ったのか。

 他にも兵士がいたのか。

 なぜこの一人だけが村の外れで死んでいるのか。


 疑問ばかりが増えていく。


 次に、調査用方位盤を手に取った。


 方位を示す針は北を向いていない。

 村の中心、あの井戸の方を指している。


「魔力反応を追う道具か」


 レインは方位盤を睨んだ。


 王国兵は、この村に何かを探しに来た。

 おそらく、ルミナリア遺構と呼ばれるものを。

 そして生存者を見つけた場合は処分する命令を受けていた。


 ミラが見つかっていれば、どうなっていたか。


 考えるまでもない。


 レインは命令書をもう一度広げた。

 末尾に、小さな署名がある。雨と血で滲んでいるが、名前の一部だけは読めた。


「……ヴァルガス?」


 聞き覚えのある名だった。


 王国宰相ヴァルガス。

 王宮で勇者カイルに魔王討伐の勅命を渡した人物。

 国王の側近で、王国の政務を取り仕切る男。


 なぜ宰相の名が、こんな辺境の廃村調査にあるのか。


 レインは命令書を畳み、懐にしまった。


 その時、夜風が吹いた。


 井戸の方から、かすかな声が聞こえた気がした。


 助けて。

 隠れて。

 地下へ。

 王国が来る。


 レインは井戸を見た。


 月明かりの下、石組みの井戸は静かにそこにある。

 けれど、あの井戸はただの井戸ではない。

 百年前、百二十三人の最後の声を聞いた井戸。


 そしてミラは、その声をずっと一人で聞いていた。


 レインは拳を握った。


 自分に何ができるのかはわからない。

 戦えない。

 魔法も使えない。

 勇者でも英雄でもない。


 けれど、少なくとも今、ここにいる少女を置いていくことはできない。


 朝になったら出ていくつもりだった。

 その考えは、もう捨てた。


 まずは井戸の水を調べる。

 村で暮らすには水が必要だ。

 それに、井戸の記憶をもう少し読み取れば、何かわかるかもしれない。


 次に、地下への入口を探す。

 ミラは「地下に行っちゃだめ」と言った。

 ならば、この村には本当に地下がある。


 危険だとしても、知らなければ守れない。


 レインは死んだ王国兵を村の外れに仮埋葬し、紋章のついた鎧だけを外して布で包んだ。証拠として残しておくためだ。


 作業を終える頃には、東の空がわずかに白み始めていた。


 家に戻ると、ミラはまだ眠っていた。

 額の汗は引いている。呼吸も落ち着いている。


 レインは入口のそばに腰を下ろし、命令書を見つめた。


 この紙一枚で、状況ははっきりした。


 王国はこの村を知っている。

 ルミナリアという名を隠している。

 そして、生き残りを許す気がない。


 ミラが小さく身じろぎした。


「……レイン」


 眠ったまま、彼女が名前を呼んだ。


 レインは静かに答えた。


「大丈夫だ。俺はまだここにいる」


 その言葉が届いたのか、ミラの表情が少しだけ和らいだ。


 朝日が、崩れた壁の隙間から差し込む。


 廃村エルネの一日が始まろうとしていた。


 そしてレインはこの日、自分がもうただの通りすがりではないことを理解した。


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