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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第2章 廃村の少女と、記憶を持つ井戸

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第7話 濁った井戸を鑑定する

 朝になっても、井戸は静かだった。


 昨夜、あれほど耳の奥に残っていた声は聞こえない。

 ただ、村の中央に古びた石組みの井戸があり、濁った水を底にたたえているだけだった。


 けれどレインには、もうそれがただの井戸には見えなかった。


 百年前、百二十三人の最後の声を聞いた井戸。

 王国兵の死体。

 ルミナリア遺構。

 生存者は処分せよという命令書。


 この村に残されたものは、どれも偶然ではない。


 レインは井戸の縁に手を置く前に、深く息を吸った。


 昨夜のように、また過去の映像が流れ込んでくるかもしれない。

 悲鳴や炎を見せられるかもしれない。

 それでも、調べなければならなかった。


 水がなければ、この村では生きていけない。


「レイン……本当に見るの?」


 後ろからミラが声をかけてきた。


 彼女はまだ顔色が悪かった。昨夜、命令書の「ルミナリア」という言葉を聞いた途端に倒れたのだ。無理に起きなくてもいいと言ったが、ミラは「一人で井戸に近づいちゃだめ」と言ってついてきた。


「見るだけだ。危なそうならすぐやめる」


「この井戸、夜になると泣くよ」


「昼なら少しは機嫌がいいかもしれない」


 冗談のつもりで言うと、ミラは不安そうな顔のまま、少しだけ瞬きをした。


「井戸って、機嫌あるの?」


「たぶん、普通はない」


「じゃあ、この井戸は普通じゃないね」


「それは間違いない」


 レインは苦笑し、井戸の石に指を触れた。


「鑑定」


 意識を集中する。


 まず流れ込んできたのは、普通の情報だった。


 石材、古い花崗岩。

 経過年数、およそ百二十年。

 構造、地下水脈接続型。

 破損、滑車部劣化、桶消失、石組み一部緩み。

 水深、七メル。

 水質、飲用不可。


 レインは眉を寄せた。


 飲用不可。

 やはり、そのままでは使えない。


 さらに深く見る。


 毒性反応はない。

 腐敗でもない。

 動物の死骸が落ちているわけでもない。

 水そのものは、本来なら澄んでいるはずだった。


 濁りの原因は、魔力汚染。


 井戸の底からではない。

 村の中心部に流れている古い魔力回路が壊れ、そこから漏れ出した魔力が地下水に混じっている。


「毒じゃない」


 レインは呟いた。


 ミラがそっと近づく。


「飲めるの?」


「今は無理だ。でも、原因はわかった。水が腐ってるわけじゃない。魔力が混じって濁ってる」


「魔力?」


「ああ。村のどこかに、水を清めるための仕組みがあったんだと思う。それが壊れて、逆に井戸を汚している」


 ミラは井戸を覗き込んだ。


「じゃあ、直せば飲める?」


「たぶん」


 その言葉を聞いた瞬間、ミラの目が少しだけ明るくなった。


「本当に?」


「まだ、たぶんだ。仕組みを見つけてみないとわからない」


「でも、直せるかもしれないんだよね?」


「ああ」


 ミラは胸の前で両手を握った。


「すごい」


 何気ない一言だった。


 だがレインは、思わず動きを止めた。


「……すごい?」


「うん。私、この井戸はずっと泣いてるだけだと思ってた。もう水は飲めないんだって。でもレインは、どうして泣いてるのか見つけた」


「見つけただけだ。まだ何も直してない」


「でも、すごいよ」


 ミラはまっすぐに言った。


 レインは返事に困った。


 勇者パーティーにいた頃、彼は何度も異常を見つけてきた。

 呪われた道具。

 傷んだ装備。

 毒の混じった薬草。

 崩れかけた道。


 けれど、言われたのはいつも「細かい」「心配性」「小言が多い」だった。


 すごい、などと言われたことはなかった。


「……ありがとう」


 かろうじてそう答えると、ミラは不思議そうに首を傾げた。


「どうしてお礼を言うの?」


「俺にもよくわからない」


 レインは照れ隠しのように井戸から手を離し、周囲を見回した。


 井戸の魔力汚染は、村の中心部にある古い回路が原因だ。

 ならば、その起点がどこかにあるはずだった。


 レインは井戸から伸びる魔力の流れを追う。


 普通の人間には見えない。

 だが鑑定を重ねると、地面の下を細い光の筋が這うように感じられた。


 その筋は井戸から少し離れた、村の広場の中央へ向かっている。


 広場には、腰ほどの高さの石柱があった。

 苔に覆われ、上部は欠けている。昨日はただの古い飾りだと思って見過ごしていた。


 レインは石柱の苔を手で払った。


 表面には、複雑な紋様が刻まれている。

 王国の紋章ではない。もっと古く、繊細な線だ。井戸や門柱で見た、消えかけた紋様に似ている。


「これだ」


「これが、井戸を泣かせてるの?」


「たぶん、昔は井戸を守っていたものだ」


 レインは石柱に触れる。


「鑑定」


 今度は、より明確な情報が流れ込んできた。


 名称、水脈浄化用魔導具。

 製造、ルミナリア王国北方工房。

 機能、地下水脈の魔力濃度調整、汚染除去、生活水供給。

 状態、停止。

 原因、制御魔石の欠損、第二回路の焼損、外部衝撃による接続断裂。


 レインは石柱の裏側に回った。


 そこには、拳ほどの魔石をはめ込む窪みがあった。

 今は空になっている。


「制御魔石がない」


「それがないと動かないの?」


「ああ。それと、中の回路も一部焼けてる。部品が必要だ」


「部品……」


 ミラの顔が曇る。


「この村には、もう何もないよ。壊れたものばっかり」


「壊れたものの中に、使えるものがあるかもしれない」


 レインは石柱の周囲を調べた。

 古い金属片、割れた魔石、錆びた工具。どれも劣化しているが、完全に無価値ではない。


 その時、石柱に触れた指先が、微かな反応を拾った。


 過去の残響。


 レインの視界に、ぼんやりと映像が浮かぶ。


 若い職人たちが、笑いながら石柱を設置している。

 子どもたちが井戸の周りを走り回っている。

 女たちが桶に水を汲み、老人が「今年の水は甘い」と笑う。


 炎も悲鳴もない。

 そこにあったのは、穏やかな村の日常だった。


 レインは胸の奥が締めつけられるのを感じた。


 この村は、最初から廃村だったわけではない。

 当たり前だ。人が暮らし、笑い、水を汲み、食事を作っていた場所だった。


 それを誰かが壊した。


「レイン?」


 ミラの声で、映像が消えた。


「どうしたの?」


「いや……この村にも、ちゃんと生活があったんだと思って」


 ミラは石柱に手を添えた。


「覚えてないけど、懐かしい気がする」


 レインは彼女の横顔を見た。


 ミラは記憶を失っている。

 けれど、この村の過去に反応している。


 やはり、彼女とエルネ村は深くつながっている。


 レインは魔導具の欠損部分をさらに調べた。


 制御魔石は専用のものだ。普通の魔石では代用できない。

 だが、魔導具には補修記録が残っていた。


 過去に一度、同じ部品が交換されている。

 交換用の部品は、村の北側にある旧倉庫に保管されていた。


 場所の情報が、かすかな光の線として意識に浮かぶ。


「北の倉庫……」


 レインは顔を上げた。


「そこに部品があるかもしれない」


「北って、森の方?」


「ああ」


 ミラの顔色が変わった。


「だめ」


「ミラ?」


「あっちは、だめ。森の奥には行かない方がいい」


「危ないのか?」


「わからない。でも、あっちに近づくと、頭が痛くなる。声も聞こえる」


「井戸の声か?」


 ミラは小さく首を振った。


「違う。子どもが泣いてる声」


 レインは黙り込んだ。


 北の旧倉庫。

 井戸を直すための部品。

 ミラが避けたがる場所。

 子どもの泣き声。


 何かがある。


 だが、行かなければ井戸は直せない。

 井戸が直らなければ、この村でミラが安心して暮らすこともできない。


「今日は無理に行かない」


 レインが言うと、ミラは少し安心したように息をついた。


「でも、近いうちに調べる必要がある」


「……うん」


「その時は、俺一人で行く」


「だめ」


 ミラは即座に言った。


 思いのほか強い声だった。


「一人で行ったら、レインも帰ってこないかもしれない」


「危険なら、なおさらミラは――」


「私、森の道を知ってる。危ない場所も、少しならわかる。だから、一緒に行く」


 レインは困ったように息を吐いた。


 守ると決めた相手に、危険な場所へついてくると言われている。

 断るべきだ。理屈ではそう思う。


 だが、ミラの瞳は揺れていなかった。


 自分の過去に怯えながら、それでも向き合おうとしている目だった。


「……わかった。準備してからだ」


「うん」


 ミラは小さく頷いた。


 その時、広場の石柱がかすかに震えた。


 井戸の底から、ぽちゃん、と水音が響く。


 レインは井戸を振り返った。


 一瞬だけ、濁った水面に何かが映った気がした。


 炎の中を走る、小さな影。

 誰かに手を引かれ、泣きながら北の森へ向かう子ども。


 そして、途切れ途切れの声。


 ――倉庫へ。


 ――隠れて。


 ――見つからないで。


 レインは拳を握った。


 北の旧倉庫には、井戸を直す部品だけではない。

 この村が消えた夜の手がかりも、きっと残っている。


 そう確信した。


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