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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第1章 役立たず鑑定士、追放される

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第5話 井戸の底の声

 少女は、ミラと名乗った。


 白に近い銀色の髪は肩のあたりで不揃いに切られていて、身にまとっている服も何度も繕われている。年は十六か十七くらいに見えた。けれど、その瞳には年齢よりもずっと幼い不安が浮かんでいた。


 レインは両手を見える位置に上げた。


「怖がらせるつもりはない。俺はレイン。王都から来たけど、王国兵じゃない」


「王都……」


 ミラはその言葉に肩を震わせた。


 やはり、王国に何かされた記憶があるのだろうか。


「王都が怖いのか?」


 レインが尋ねると、ミラは首を横に振った。


「わからない。でも、その言葉を聞くと、胸がざわざわする」


「覚えていないのに?」


「うん」


 ミラは自分の胸元を押さえた。


「頭は覚えてない。でも、体が覚えてるみたい」


 レインは何も言えなかった。


 自分の鑑定で見えた炎と悲鳴。井戸に浮かんだ不可解な言葉。百年前、百二十三人の最後の声。ミラの怯え方は、この廃村の過去と無関係には思えなかった。


 けれど、初対面の少女にそれをぶつけるわけにはいかない。


「ミラは、ずっとこの村に?」


「うん。たぶん」


「たぶん?」


「気がついたら、ここにいたの。最初のことは覚えてない。気づいた時には、あの家で寝てた」


 ミラが指さした先には、他の家より少しだけ形を保っている小さな家があった。屋根には穴が空いているが、壁は残っている。入口には布がかけられ、雨風をしのぐ工夫がされていた。


「一人で暮らしてるのか?」


「うん」


「食べ物は?」


「森で木の実を拾う。畑に残ってた芋も少しある。あと、雨の日は水がたまるから」


 ミラは何でもないことのように言った。


 レインは井戸を見た。

 濁った水。魔力の気配。おそらく、そのまま飲むには危険だ。


「井戸の水は使っていないのか?」


「使わない。あの井戸は、泣いてるから」


「泣いてる?」


 ミラは小さく頷いた。


「夜になると、声が聞こえるの。たくさんの人の声。助けてって言う声とか、名前を呼ぶ声とか、走ってって言う声とか」


 レインの背筋に冷たいものが走った。


 自分がさっき聞いたのは、ミラの声だと思った。だが、ミラは井戸の声を聞いていたと言う。


「ミラの声が、井戸の底から聞こえた気がしたんだ」


「私の?」


「ああ。『また、王国が来るの?』って」


 ミラの顔色が変わった。


「それ……私、言ってない」


「わかってる」


 レインは井戸を見つめた。


 あれは現在の声ではなかったのかもしれない。井戸に残された過去の声。誰かが百年前に言った言葉。あるいは、この村そのものに染みついた記憶。


 そんなことが鑑定で見えるなど、聞いたことがない。


 レインのスキルは、物の状態を見るものだ。ずっとそう思っていた。だがこの村に入ってから、門柱でも井戸でも、過去の映像のようなものが見えた。


 自分の力は、本当にただの鑑定なのか。


「ねえ」


 ミラが不安げに声をかけた。


「レインも、いなくなる?」


 その問いは、胸の柔らかいところをまっすぐ突いた。


 レインは答えに詰まった。


 本当は、一晩だけ休むつもりだった。夜が明けたらこの村を出て、次の宿場へ向かう。どこかの町で仕事を探す。それが一番現実的だ。


 この村は危険だ。

 王国に怯える少女がいる。

 百年前の声を残す井戸がある。

 鑑定では説明できない映像が見える。


 関わらない方がいい。


 そう思うのに、ミラの瞳から目を逸らせなかった。


「……今日は、ここで休ませてもらってもいいか?」


 結局、レインの口から出たのは、そんな言葉だった。


 ミラは一瞬だけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。


「うん。屋根、少しだけあるよ」


 案内された家は、廃屋というには手が入っていた。


 床には乾いた草が敷かれ、雨漏りする場所には板が渡してある。隅には木の実や芋が籠に入れられていた。割れた皿を並べた棚もある。どれも貧しいが、必死に暮らしてきた跡があった。


 ミラは火打ち石を使い、小さな火を起こした。

 鍋に水を注ぎ、薄く切った芋を入れる。


「水は?」


「雨水。大丈夫。ちゃんと布でこしてる」


 レインは鍋を見た。

 鑑定すると、少し土の匂いはあるが毒はない。飲める。


「手伝うよ」


「お客さんなのに?」


「泊めてもらうんだから、それくらいは」


 レインは持っていた保存食を少し出した。硬焼きパンと乾燥肉。ミラは目を丸くした。


「いいの?」


「一人じゃ食べきれない」


 本当は食べきれる。だが、ミラの細い腕を見ると、そう言うしかなかった。


 二人で食べた食事は、王都の宿で出るものに比べればひどく質素だった。芋は固く、乾燥肉は塩辛い。硬焼きパンは顎が痛くなるほどだった。


 それでも、ミラは大事そうに食べた。


「おいしい」


「そうか?」


「うん。誰かと食べると、味が違う」


 レインは黙ってスープを飲んだ。


 勇者パーティーにいた時も、食事は仲間と取っていた。けれど、そこに自分の居場所があったかと聞かれると、すぐには頷けない。いつも端に座り、皆の装備や体調を気にしながら、会話には入れなかった。


 ミラは、そんなレインを不思議そうに見ていた。


「レインは、どうしてこの村に来たの?」


「古い地図に載っていたんだ。一晩休める場所があればと思って」


「それだけ?」


「それだけだ」


 言ってから、レインは少し笑った。


「俺は今日、仕事を失った。行く場所がなかっただけだ」


「仕事?」


「勇者パーティーの鑑定士をしていた」


「勇者……すごい人?」


「世間では、そう言われてる」


「レインも、すごい人?」


 レインは首を横に振った。


「俺は違う。戦えないし、魔法も使えない。役立たずだって言われて、追い出された」


 ミラは眉を寄せた。


「役立たずじゃないよ」


「会ったばかりだろ」


「でも、井戸の声を聞いた。私以外で初めて」


 その言葉に、レインは息を止めた。


 ミラは真剣な顔で続ける。


「この村は、ずっと誰かに気づいてほしかったんだと思う。だから、レインを呼んだのかもしれない」


「村が、人を呼ぶわけないだろ」


「でも、来たよ」


 ミラは微笑んだ。


「レインが来てくれた」


 レインは返す言葉を見つけられなかった。


 夜が深くなるにつれ、村はますます静かになった。

 焚き火の音だけが、家の中に小さく響く。


 ミラは疲れていたのか、壁際で丸くなって眠った。


 レインは眠れなかった。


 この村を出るべきだ。

 朝になったら、ミラに保存食を少し渡し、次の宿場へ向かう。

 自分一人で抱えられる問題ではない。王国が関わっているならなおさらだ。


 そう決めたはずだった。


 だが、ミラが眠る横顔を見ると、胸が重くなる。


「誰かが来てくれたの、初めてだったから」


 あの言葉が、耳から離れない。


 レインは静かに立ち上がり、外へ出た。


 夜のエルネ村は、昼間よりも不気味だった。

 崩れた家々が黒い影になり、井戸だけが月明かりを受けて白く浮かび上がっている。


 その時、村の外れで何かが光った。


 金属の反射だ。


 レインは短剣を抜き、慎重に近づいた。


 壊れた柵の向こう。

 背の高い草の中に、人が倒れていた。


 鎧を着ている。

 胸には王国アストレアの紋章。


 王国兵だった。


 すでに息はない。死んでから数日は経っているようだった。


 レインは喉を鳴らし、兵士の手元を見た。

 硬く握られた指の間に、羊皮紙が挟まっている。


 無理に開くと、血で汚れた命令書が出てきた。


 月明かりの下、レインはそこに書かれた文字を読んだ。


「ルミナリア遺構を確認せよ。生存者がいた場合、速やかに処分せよ」


 レインの手から、命令書が落ちかけた。


 生存者。

 処分。


 それが誰を指すのか、考えるまでもなかった。


 背後で、小さな足音がした。


 振り返ると、ミラが家の入口に立っていた。

 不安げに、レインと王国兵の死体を見ている。


「レイン……?」


 レインは命令書を握りしめた。


 朝になったら出ていく。


 その選択肢は、もう消えていた。


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