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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第1章 役立たず鑑定士、追放される

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第4話 地図にない廃村

 エルネ村へ向かう道は、地図に描かれているよりもずっと細かった。


 乗合馬車を降りたのは、日が西へ傾き始めた頃だった。

 御者は「この先は馬車じゃ無理だ」と言い、街道脇の古い道標を指さした。


 道標には、ほとんど読めない文字が刻まれている。

 苔に覆われ、風雨に削られ、長い間、誰にも見向きされてこなかったようだった。


 レインは古地図と道標を見比べた。


「この先が、エルネ村か」


「やめといたほうがいいと思うがな」


 御者が渋い顔をした。


「その辺りは、もう誰も住んじゃいない。昔は小さな村があったらしいが、今じゃ廃村だ。獣も出る。夜になる前に、次の宿場まで歩いたほうがいい」


「宿場までは?」


「歩けば半日」


 レインは空を見た。

 今から半日歩けば、完全に夜になる。森道で魔物に出くわす危険もある。


 それなら、廃村でも屋根のある場所を探した方がまだましだ。


「一晩だけ休める場所を探すよ」


「物好きだな」


 御者は肩をすくめた。


「まあ、あんたには助けられた。これ以上止めはしねえ。気をつけろよ、鑑定士さん」


「ああ。そっちも車輪、早めに直した方がいい」


「わかってるよ。今度はちゃんと聞く」


 御者は苦笑し、馬車を街道の先へ進めていった。


 レインは一人、道標の先へ足を踏み入れた。


 細い道は、森の中へ続いていた。

 人が通らなくなって久しいのだろう。足元には雑草が伸び、木の根が土を割っている。ところどころ石畳の名残があるが、大半は泥と落ち葉に埋もれていた。


 枝葉の隙間から差し込む夕日が、赤く細い線になって道を照らす。


 レインは古地図を何度も確認しながら進んだ。

 地図では、街道から村までそれほど遠くない。だが実際には、道が何度も曲がり、倒木に塞がれ、迂回を強いられた。


「本当に、こんなところに村があるのか」


 呟いた声は、森に吸い込まれた。


 王都を出てから、何度も同じことを考えている。


 これからどうするのか。

 どこへ行くのか。

 何のために、自分はまだ歩いているのか。


 勇者パーティーに戻りたいわけではない。

 戻れるとも思っていない。


 だが、鑑定士としてどこかの商会に雇われるにしても、王都での評判はカイルたちの影響を受けるだろう。勇者パーティーを外された鑑定士。戦えない役立たず。そういう噂は、広まるのが早い。


 辺境なら、自分を知る者はいない。


 そう思ってここまで来た。


 けれど、それは希望というより、逃げ道に近かった。


 やがて森が開けた。


 レインは足を止めた。


 そこに、村があった。


 いや、村だったものがあった。


 朽ちた木柵。

 崩れた家々。

 屋根の抜けた納屋。

 雑草に覆われた畑。

 傾いた見張り台。


 夕暮れの光の中で、廃村はまるで息を殺しているように静かだった。


 鳥の声すら聞こえない。

 風が吹いているのに、草の揺れる音だけが妙にはっきり響く。


「ここが、エルネ村……」


 レインは村の入口に立つ。


 木の門は半分朽ち落ち、片側だけが斜めに残っていた。

 門柱には何かの紋章が刻まれていたようだが、削れていて判別できない。


 念のため、レインは門柱に触れた。


「鑑定」


 すぐに情報が流れ込んでくる。


 材質。

 劣化具合。

 破損原因。

 残留魔力。


 古い樫材。百年以上経過。火災痕あり。刃物による損傷あり。魔力反応、微弱。


 そこまでは普通だった。


 だが次の瞬間、レインの視界に赤黒い光がちらついた。


 炎。

 悲鳴。

 誰かが門を閉めようとしている。

 外から、鎧をまとった兵たちが押し寄せてくる。


「うっ……!」


 レインは思わず手を離した。


 心臓が強く鳴っている。

 今のは何だ。鑑定で、映像が見えた。


 いや、気のせいかもしれない。疲れているのだ。今日は色々ありすぎた。


 そう自分に言い聞かせ、レインは村の中へ入った。


 家々はほとんど使えそうになかった。

 壁が崩れているもの。床が抜けているもの。扉がなくなっているもの。

 人が暮らしていた痕跡はあるが、どれも古い。


 ある家の前には、割れた皿が落ちていた。

 別の家には、小さな木馬の玩具が転がっていた。

 畑の隅には、錆びた鍬が半分土に埋もれている。


 突然人が消えたような村だった。


 長い年月が経っているのに、なぜか生活の途中だけが置き去りにされている。


 レインは背筋に冷たいものを感じた。


 村の中央まで進むと、古い井戸があった。


 石組みの井戸だ。

 周囲には雑草が生い茂り、滑車は錆びつき、桶は壊れている。

 それでも井戸そのものは崩れていなかった。


 レインは喉の渇きを覚えた。

 だが水が飲めるかどうかは確認しなければならない。


 井戸の縁に手を置き、いつものように鑑定を発動する。


「鑑定」


 その瞬間、頭の奥で何かが軋んだ。


 流れ込んできた情報は、いつものものではなかった。


 水質。

 深度。

 石材の劣化。

 そうした数値や状態ではない。


 文字が浮かんだ。


 暗い水面の底から、にじみ出るように。


「この井戸は、百年前、百二十三人の最後の声を聞いた」


 レインは息を止めた。


 意味がわからなかった。


 井戸が声を聞いた?

 百二十三人?

 最後の声?


 鑑定とは、物の状態を見る力のはずだ。

 少なくともレインは、ずっとそう思ってきた。

 こんな文章が見えたことは、一度もない。


 レインはもう一度、井戸を鑑定しようとした。


 その瞬間、視界が暗く染まった。


 火の粉が舞っている。

 誰かが泣いている。

 小さな子どもを抱えた女が、井戸のそばで膝をつく。

 背後では、鎧の足音が近づいてくる。


 誰かが叫んだ。


 地下へ。

 早く、地下へ。


 次の瞬間、映像は消えた。


 レインは井戸の縁から手を離し、よろめいた。


 冷や汗が額を伝う。

 呼吸が荒い。

 まるで自分がその場にいたかのように、炎の熱と悲鳴の残響が体に残っていた。


「何なんだよ……この村は」


 問いかけに答える者はいない。


 いや。


 井戸の底から、かすかな音がした。


 水音ではない。

 風でもない。


 声だった。


「……また」


 レインは凍りついた。


 井戸の底を覗き込む。

 暗くて何も見えない。水面らしきものが、わずかに揺れているだけだ。


 それでも、声は確かに聞こえた。


「また、王国が来るの?」


 幼い少女の声だった。


 レインは短剣に手をかけ、周囲を見回す。


「誰だ?」


 返事はない。


 崩れた家々が夕闇の中で沈黙している。

 畑の草が風に揺れる。

 見張り台の影が、長く地面に伸びている。


「隠れているなら、出てきてくれ。俺は王国兵じゃない」


 その言葉を口にした瞬間、背後の草むらが揺れた。


 レインは振り返る。


 崩れた家の陰に、一人の少女が立っていた。


 白に近い薄い銀色の髪。

 古びた布をまとった細い体。

 大きな瞳は、警戒と恐怖に揺れている。


 少女は、レインをじっと見つめていた。


「本当に……王国の人じゃないの?」


 レインは、短剣から手を離した。


「ああ。俺はただの鑑定士だ」


 少女は少しだけ首を傾げる。


「鑑定士?」


「物の状態を見る仕事だ。たぶん、君を怖がらせるようなものじゃない」


 少女はすぐには近づいてこなかった。


 レインも動かなかった。

 下手に近づけば逃げられる。あるいは、もっと怯えさせる。


 夕日が山の向こうへ沈みかけている。

 廃村の影が濃くなる中、少女の髪だけが淡く光って見えた。


「君は、この村の子か?」


 レインが尋ねると、少女はしばらく黙っていた。


 やがて、小さな声で答える。


「わからない」


「わからない?」


「私は、ここにいる。でも、どうしてここにいるのか、覚えてない」


 レインは言葉を失った。


 少女は胸元をぎゅっと握りしめる。


「名前は、ミラ」


 そして、井戸の方をちらりと見た。


「この村で、ずっと一人だった」


 レインは、もう一度井戸を見た。


 百年前、百二十三人の最後の声を聞いた井戸。

 記憶を失い、廃村で一人暮らす少女。

 そして、王国という言葉に怯える理由。


 一晩だけ休むつもりだった。


 それだけのはずだった。


 だがレインは、もうこの村をただの廃村とは思えなくなっていた。


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