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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第1章 役立たず鑑定士、追放される

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第3話 王都を去る鑑定士

 王都を出たレインは、しばらく街道沿いを歩いていた。


 空はよく晴れている。

 遠くには、勇者パーティーを見送る鐘の音がまだかすかに響いていた。


 その音が聞こえるたび、レインの胸の奥が少しだけ痛んだ。


 勇者カイルたちは、今ごろ北の街道を進んでいるはずだ。

 白銀の鎧をまとった勇者。

 大剣を担いだ剣士。

 美しい杖を持つ魔法使い。

 人々に祝福される神官。


 そこに、自分の姿はもうない。


「……考えても仕方ないか」


 レインは足を止め、肩にかけた荷物を持ち直した。


 手元にあるのは、着替えが少し。工具袋。鑑定用の手帳。古い短剣。保存食が二日分。銀貨は、以前の報酬で残っていた数枚だけ。


 カイルの渡そうとした支度金を受け取っていれば、もう少し楽だったかもしれない。


 けれど、あの金を受け取った瞬間、本当に自分の役目が銀貨数枚で終わったような気がしてしまう。

 それだけは、どうしても嫌だった。


 街道の分かれ道に、小さな停留所があった。


 木の看板には、かすれた文字で「辺境方面乗合馬車」と書かれている。

 王都から離れる商人や旅人が使う、安い馬車だ。


 レインは停留所の前で、古びた馬車を見つけた。

 荷台を客席に改造しただけの簡素なものだ。幌はつぎはぎだらけで、車輪には乾いた泥がこびりついている。


「辺境方面、まだ乗れるか?」


 御者台に座っていた中年の男が、眠そうな目を上げた。


「銀貨一枚。途中で降りても返金なし。魔物が出たら運が悪かったと思ってくれ」


「ずいぶんな説明だな」


「安い馬車ってのは、そういうもんだ」


 レインは苦笑し、銀貨を一枚渡した。


 荷台にはすでに数人が座っていた。

 大きな布袋を抱えた行商人。

 膝に小さな包みを乗せた老婆。

 幼い子どもを連れた母親。

 そして、深くフードをかぶった若い男。


 レインは端の席に腰を下ろした。


 馬車がゆっくり動き出す。

 王都の城壁が、少しずつ遠ざかっていく。


 レインは何度も振り返りそうになり、そのたびに前を向いた。


 戻ったところで、何もない。

 自分を必要とする場所など、王都にはもうない。


「兄ちゃん、冒険者かい?」


 隣の行商人が声をかけてきた。


「一応、そうだった」


「だった?」


「今日、仕事を失った」


「ああ……そいつは悪いことを聞いたな」


 行商人は気まずそうに頭をかいた。

 だがすぐに、レインの腰の短剣と工具袋に目を向ける。


「戦士って感じじゃないな。細工師か?」


「鑑定士だ」


「鑑定士? へえ。物の値打ちを見るってやつか」


「そんなところだ」


 レインは曖昧に答えた。


 行商人は少し身を乗り出した。


「じゃあ、この腕輪なんか見られるか? 王都の露店で安く買ったんだが、掘り出し物だったら嬉しい」


 差し出された腕輪は、くすんだ銀色をしていた。

 表面には魔除けらしき文様が刻まれている。


 レインは受け取り、指先で触れた。


「鑑定」


 小さく呟くと、腕輪の情報が意識に流れ込んでくる。


 材質、劣化具合、込められた魔力。

 そして、文様の一部に紛れた別の術式。


「これは魔除けじゃない。盗難避けの印に見せかけた追跡術式だ」


「つ、追跡?」


「持ち主の位置を、術者に知らせる。たぶん盗品だ。買った露店も怪しい」


 行商人の顔が青くなった。


「ま、まじかよ」


「すぐ外した方がいい。布に包んで、次の町の衛兵に渡すといい」


 レインが腕輪を返すと、行商人は慌てて懐から布を取り出した。


「助かったよ、兄ちゃん。いや、鑑定士ってのは便利なんだな」


「便利、か」


 レインは小さく笑った。


 勇者パーティーでは、そんなふうに言われたことはなかった。


 馬車は王都近郊の整った道を抜け、やがて森沿いの街道へ入った。

 道は徐々に悪くなり、車輪が石を踏むたびに荷台が揺れる。


 子どもが母親にしがみついた。

 老婆は膝の包みを抱え直す。

 御者は慣れているのか、欠伸をしながら手綱を操っていた。


 その時、レインの耳に、かすかな軋みが届いた。


 木が擦れる音。

 車輪の回転に合わせて、一定の間隔で鳴っている。


 レインは荷台から身を乗り出し、後ろの車輪を見た。


「御者さん、少し止めてくれ」


「あ?」


「左後ろの車輪の軸が傷んでる。このまま進むと折れる」


 御者は面倒そうに振り返った。


「さっき出る前に見た。問題ねえよ」


「外側は問題ない。でも軸の内側に割れがある」


「兄ちゃん、俺は二十年馬車を走らせてんだ。乗ったばかりの客に言われなくてもわかる」


 御者は取り合わなかった。


 レインは唇を引き結ぶ。


 まただ。

 また、自分の言葉は届かない。


 それでも、放っておくわけにはいかなかった。


「せめて速度を落としてくれ。森道に入る前だけでも」


「心配性だねえ」


 御者は文句を言いながらも、少しだけ馬の速度を落とした。


 その直後だった。


 森の奥で、鳥が一斉に飛び立った。


 レインは反射的に顔を上げる。


 空気が変わった。

 湿った獣の匂い。

 下草を踏みしめる重い足音。


「止まれ!」


 レインが叫んだ瞬間、森の中から黒い影が飛び出した。


 狼に似た魔物だった。

 ただし大きさは普通の狼の倍以上ある。背中には硬い棘が並び、口元からは黒い涎が垂れていた。


 母親が悲鳴を上げる。

 御者が手綱を引く。

 馬が暴れ、馬車が大きく傾いた。


「くそっ、魔狼だ!」


 行商人が荷物を抱えてうずくまる。


 魔狼は低く唸りながら、馬車の前に回り込んだ。

 御者は腰の短剣を抜いたが、手が震えている。戦える者など、この馬車にはいない。


 レインも短剣に手を伸ばしかけた。


 だが、自分が真正面から挑んでも勝てない。

 そんなことはわかっている。


 だから、見る。


 レインは魔狼に意識を集中させた。


「鑑定」


 魔狼の情報が断片的に流れ込む。


 種族、状態、傷、習性。

 左後ろ脚に古傷。

 聴覚過敏。

 腹部に飢餓反応。

 群れからはぐれ、興奮状態。


 倒す必要はない。

 遠ざければいい。


「御者さん、馬を右へ寄せて。全員、耳を塞げ!」


「はあ!?」


「早く!」


 レインは行商人の荷物から、金属製の鍋を見つけた。

 許可を取る余裕はない。鍋と鉄の留め具を掴み、馬車の縁に立つ。


 魔狼が跳びかかろうと身を沈めた。


 レインは息を吸い、鍋を全力で叩いた。


 甲高い音が森に響く。


 魔狼がびくりと身を震わせた。


 もう一度。

 さらにもう一度。


 音は金属的で、耳を刺す。

 荷台の客たちは悲鳴を上げながら耳を塞いだ。


 魔狼は苦しそうに頭を振り、左後ろ脚をかばうように後退する。

 レインは音を鳴らし続けながら、馬車の反対側へ誘導した。


「今だ、走って!」


 御者が手綱を打った。

 馬車が動き出す。


 速度を落としていたおかげで、傷んだ車輪はかろうじて持ちこたえた。

 馬車は魔狼の横を抜け、森道を駆けていく。


 しばらくして、魔狼の唸り声は遠ざかった。


 荷台には、荒い息だけが残った。


 レインは鍋を抱えたまま、座り込んだ。

 手が震えている。膝にも力が入らない。


「た、助かったのか?」


 行商人が呟いた。


 御者が馬車を止め、左後ろの車輪を確認する。

 彼の顔色が変わった。


「……軸が割れてやがる」


 レインが言った通りだった。


 御者はしばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。


「悪かった。あんたの言うことを最初から聞くべきだった」


「いや、止められなかったし、魔物も倒してない。ただ逃げただけだ」


「逃げられたから生きてるんだろうが」


 行商人が笑った。


 老婆も静かに頷く。


「立派なものだよ、若いの」


 母親は泣きながら、子どもの頭を撫でていた。


「ありがとうございます」


 その言葉に、レインは返事ができなかった。


 ありがとう。

 助かった。

 立派だ。


 そんな言葉を向けられることに、慣れていなかった。


 御者は応急修理を終えると、荷台の下から古い地図を取り出した。


「礼になるかはわからんが、これを持っていけ。辺境の古地図だ。昔の村や廃道が載ってる」


「いいのか?」


「あんたがいなきゃ、俺たちは森で魔狼の餌だった」


 レインは地図を受け取った。


 古びた羊皮紙には、今の地図には載っていない小さな村名がいくつも記されている。

 その中の一つが、ほとんど消えかけた文字で書かれていた。


「エルネ村……」


 なぜか、その名前から目が離せなかった。


 馬車は再び、辺境へ向かって進み出す。


 王都はもう見えない。

 勇者パーティーの歓声も聞こえない。


 けれど、レインの手の中には古い地図がある。


 そしてその地図の片隅に、まるで自分を待っていたかのような、地図に忘れられた村の名があった。


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