第2話 追放宣告
「今日限りで、お前を勇者パーティーから外す」
カイルの声は、北門前の喧騒の中でもはっきり聞こえた。
レインは落とした工具を拾うこともできず、ただカイルを見つめた。
「外すって……どういう意味だ?」
「言葉通りだ。お前はここまでだ」
カイルは少しも迷っていない顔で言った。
その後ろで、剣士ダリオが腕を組んでいる。魔法使いリシアは気まずそうに視線を逸らしたが、否定はしない。神官エリオットは困ったように眉を下げているだけだった。
「待ってくれ。急にそんなことを言われても」
「急じゃない」
カイルは短く遮った。
「前から考えていた。魔王領に入れば、戦いはこれまでとは比べものにならない。俺たちは、もっと強い仲間を入れる必要がある」
「強い仲間?」
「ああ。攻撃魔法を使える者だ。すでに王宮から推薦を受けている」
レインは息を呑んだ。
代わりの仲間まで決まっている。つまりこれは、今思いついた話ではない。自分だけが知らなかったのだ。
「でも、俺は鑑定で――」
「鑑定、鑑定、鑑定」
ダリオがうんざりしたように笑った。
「お前、それしか言えねえのかよ。剣も振れない。魔法も撃てない。盾にもなれない。魔王討伐に行くんだぞ? 骨董品屋に行くんじゃねえ」
「ダリオ」
エリオットがたしなめるように名を呼んだが、強く止める気はなさそうだった。
リシアも、小さく息を吐いた。
「レインが細かいところを見てくれていたのは、わかってるわ。でも、魔王領では一瞬の火力が必要になるの。鑑定で危険がわかっても、それを打ち払う力がなければ意味がないでしょう?」
「危険を避けることにも意味はある」
レインはようやくそう言った。
声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。
「今までだって、呪具や毒や罠を――」
「それはお前がいなくても、どうにかなったことだ」
カイルの言葉が、胸に刺さった。
「俺たちは勇者パーティーだ。多少の罠や毒くらい、力で突破できる。だが、お前は違う。守られなければ進めない」
レインは反論しようとした。
あの洞窟で、酸素が薄いことに気づかなければ全滅していたかもしれない。
あの商人から受け取った指輪が呪われていると見抜かなければ、リシアは魔力を吸われていた。
あの橋が腐っていると止めなければ、荷馬車ごと谷へ落ちていた。
言いたいことはいくつもあった。
けれど、どれも「起きなかった危険」だった。
起きなかった危険は、証明できない。
レインが黙ったことで、カイルはそれを肯定と受け取ったらしい。
「お前の働きを否定するつもりはない」
そう言いながら、カイルの声には労わりよりも、早く話を終わらせたい響きがあった。
「だが、ここから先は実力のない者を連れてはいけない。これはパーティー全体の判断だ」
レインは、仲間たちを見た。
ダリオは当然だという顔。
リシアは視線を合わせない。
エリオットは困ったように微笑むだけ。
「……みんなも、そう思ってるのか?」
誰もすぐには答えなかった。
その沈黙が、答えだった。
レインの胸の奥で、何かが静かに冷えていく。
「すまないね、レイン」
エリオットがようやく口を開いた。
「僕は、君のことを嫌いではないよ。ただ、カイルの言うことにも一理ある。魔王討伐は遊びじゃない。誰もが、自分にしかできない役割を果たさなければならないんだ」
「俺にしかできない役割は、ないってことか」
「そういう意味では――」
「そういう意味だろ」
レインは、自分でも驚くほど静かに言った。
エリオットは口を閉じた。
カイルは腰の聖剣に手を置いた。
「支度金は渡す。これまでの分も含めてな」
彼は革袋を差し出した。中には銀貨が入っている。多くはない。だが、数日暮らすには困らない額だった。
レインはその袋を見つめた。
これで終わり。
命を預け合ってきたと思っていた日々が、銀貨の重みで片づけられようとしている。
「俺は……」
言いかけて、レインは口を閉じた。
何を言えばいいのかわからなかった。
連れていってくれと頼むのか。
自分は役に立つと訴えるのか。
これまで助けてきたじゃないかと責めるのか。
どれを選んでも、惨めになるだけだった。
レインは革袋を受け取らなかった。
「いらない」
カイルの眉が動く。
「意地を張るな。旅には金が必要だ」
「いらない」
今度は、少しだけ強く言えた。
レインは荷台へ向かい、自分の荷物を取り出した。着替え、古い短剣、鑑定用の手帳、工具袋。勇者パーティーの備品には手をつけない。
それから、さっき取り除いた眠り苔の袋を見た。
「その薬草は、使うな」
レインは言った。
リシアが顔を上げる。
「まだ言うの?」
「眠り苔が混じってる。毒消し草に似てるけど、煎じたら半日は動けなくなる」
ダリオが鼻で笑った。
「最後まで小言かよ」
「小言で済めばいい」
レインはそれだけ言った。
カイルが小さくため息をつく。
「レイン。お前は悪い奴じゃない。だが、勇者パーティーには向いていなかった。それだけだ」
「そうか」
レインは荷物を肩にかけた。
北門の外には、王都から続く街道が伸びている。石畳の道の先は、遠くの丘で細く霞んでいた。
見送りの人々は、レインがパーティーを外されたことにまだ気づいていない。彼らの視線は勇者カイルに向いている。花びらは相変わらず、英雄たちの上に降り注いでいた。
レインは、その輪の外へ歩き出した。
背中で、カイルの声が響く。
「出発するぞ!」
歓声が上がる。
勇者パーティーの馬車が動き出す音がした。レインが補強した車輪は、きしむことなく回っている。
それを聞いて、レインは少しだけ笑った。
最後の仕事まで、ちゃんと役に立ってしまった。
それが、妙に悔しかった。
王都の門を離れたところで、レインは一度だけ振り返った。
カイルは白銀の鎧を輝かせ、人々に手を振っている。ダリオは豪快に笑い、リシアは髪をなびかせ、エリオットは祈りの言葉を口にしている。
そこに、自分の居場所はもうなかった。
「……俺は、何をすればいいんだろうな」
答える者はいない。
レインは首から下げた小さな鑑定石を握った。
物の価値は見える。
道具の傷も、魔力の乱れも、毒草の違いも見抜ける。
けれど、自分自身の価値だけは、どうしても見えなかった。
その日の夕方。
勇者パーティーが王都を離れて半日もしないうちに、カイルの聖剣は最初の魔物との戦闘で小さく欠けた。
だがその時、レインはもう王都にはいなかった。




