第1話 勇者パーティーの役立たず
勇者パーティーの出発準備は、いつも騒がしい。
王都の北門前には、見送りの人々が集まっていた。花束を持つ少女。祈りを捧げる老人。勇者カイルの名を叫ぶ若者たち。石畳の上には、王国の紋章を刻んだ馬車が二台並び、荷台には食料、薬草、予備の武器、防寒具、魔石灯が積まれている。
その荷台の前で、レイン・アルカードは一人、黙々と木箱の中身を確認していた。
「保存食、三十日分。乾燥肉に異常なし。硬焼きパンは……一袋だけ湿気てるな。これは外しておこう」
レインは湿った袋を脇へ寄せ、代わりの保存食を入れた。
次に薬草袋を開く。鼻先に青臭い匂いが触れた瞬間、レインは眉をひそめた。
「……毒消し草に似てるけど、これは眠り苔だ」
鑑定を使うまでもなかった。葉の縁がわずかに紫がかっている。素人なら間違える程度の違いだが、遠征中に煎じて飲めば半日は動けなくなる。
レインはそれも取り除き、正しい薬草に入れ替えた。
さらに馬車の車輪を調べる。軸受けに細い亀裂があった。放っておけば山道で折れる。レインは工具を取り出し、補強用の金具を当てた。
その背中に、明るい声が飛んできた。
「おいおい、レイン。まだ荷物いじってんのか?」
振り返ると、勇者カイルがこちらを見て笑っていた。
金色の髪に、白銀の鎧。腰には聖剣。背が高く、顔立ちも整っている。王都の人々が歓声を上げるのも当然だった。彼はまさに、絵物語から抜け出してきたような勇者だった。
カイルの隣では、剣士のダリオが大剣を肩に担いでいる。魔法使いのリシアは退屈そうに杖を回し、神官のエリオットは見送りの女性たちに柔らかく微笑んでいた。
「出発前に確認しておきたいんだ。保存食に傷んだものが混じっていたし、薬草も一部違っていた。それと馬車の車輪が――」
「はいはい、そういう細かいのは任せるよ」
カイルはレインの言葉を途中で遮った。
「お前は戦えないんだから、せめて荷物番くらいはしっかりやってくれ」
周囲から小さな笑いが起きた。
レインは反論しなかった。いつものことだった。
彼のスキルは「鑑定」。物の状態や価値、素材、魔力の流れを読み取る力だ。確かに戦闘向きではない。剣も並以下、攻撃魔法も使えない。魔物を相手にすれば、前に出るどころか足手まといになる。
だから、レインは自分にできることをしてきた。
毒の混入を見つけた。
呪われた指輪を外させた。
崩れかけた吊り橋を渡る前に止めた。
魔物の擬態を見抜いた。
洞窟の酸素が薄いことに気づき、引き返すよう進言した。
だが、どれも派手な功績にはならなかった。
危険が起こる前に防いでしまえば、誰もその危険に気づかない。
「カイル、その剣も見せてくれないか」
レインは言った。
カイルは不満そうに眉を上げた。
「聖剣だぞ? 昨日、王宮鍛冶師が整備したばかりだ」
「それでも、刃元に魔力の乱れがある。念のため確認したい」
「心配性だな」
カイルはため息をつきながらも、聖剣を差し出した。
レインは柄に触れ、静かに鑑定を発動する。
剣身の奥に、細い亀裂が見えた。外からはわからない。だが強い魔力を流し続ければ、戦闘中に刃が欠ける可能性がある。
「やっぱり亀裂がある。完全に折れるほどじゃないけど、魔力を込めすぎると危ない。今日は予備の剣を――」
「大げさだ」
カイルは剣を奪い返した。
「王宮鍛冶師が見て問題ないと言ったんだ。お前の鑑定より、そっちを信じる」
「でも」
「レイン」
カイルの声が低くなった。
「出発前に不吉なことばかり言うな。士気が下がる」
レインは口を閉じた。
リシアが肩をすくめる。
「レインって、いつもそうよね。危ないかもしれない、壊れるかもしれない、やめたほうがいいかもしれない。聞いてるだけで疲れるわ」
ダリオも笑った。
「戦えない奴ほど、口だけは達者なんだよな」
「……ごめん」
レインは小さく答えた。
謝る必要などない。頭ではわかっている。けれど、口から出てくるのはいつも謝罪だった。
人々の歓声が大きくなる。王宮の使者が出発の合図を告げたのだ。
カイルは聖剣を高く掲げた。
「皆、聞いてくれ! 我ら勇者パーティーは、これより魔王領へ向かう! 必ずや魔王を討ち、この国に平和を取り戻してみせる!」
歓声が爆発した。
花びらが舞い、鐘が鳴る。カイルたちは英雄だった。そこに並ぶレインだけが、ひどく場違いに思えた。
レインは最後に、リシアの杖を見た。
杖の先端に埋め込まれた青い魔石が、わずかに濁っている。魔力の逆流が起きる前兆だ。高威力の魔法を連発すれば、術者の腕に負担がかかる。
「リシア、その杖だけど――」
「今度は私?」
リシアは露骨に嫌そうな顔をした。
「もういいわよ。出発前にケチをつけないで」
「ケチじゃなくて、魔石が」
「あなたに言われなくても、自分の杖のことくらいわかってる」
リシアはそう言って、杖を胸元に抱えた。
レインは再び言葉を飲み込んだ。
荷台の隅で、取り除いた眠り苔の袋が風に揺れている。馬車の車輪には補強を入れた。保存食も入れ替えた。聖剣の亀裂は伝えた。杖の異常も、伝えようとはした。
できることは、したはずだ。
それなのに胸の奥には、鉛のような不安が沈んでいた。
「レイン」
カイルが呼んだ。
いつもと違う声だった。軽い調子ではない。どこか、あらかじめ決めていた言葉を読み上げるような響きがあった。
「少し話がある」
レインは顔を上げた。
カイルの周りに、ダリオ、リシア、エリオットが並んでいる。誰も目を合わせようとしない。
その時点で、レインは嫌な予感を覚えた。
「どうしたんだ?」
カイルは一歩前に出た。
王都の歓声が、急に遠くなる。
「レイン。魔王討伐に、お前はもう必要ない」
風が止まったような気がした。
レインは、カイルの言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「え?」
「今日限りで、お前を勇者パーティーから外す」
カイルは淡々と言った。
「戦えない鑑定士を連れていく余裕は、もうない」
レインの手から、修理用の工具が石畳に落ちた。
乾いた音が、やけに大きく響いた。




