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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第1章 役立たず鑑定士、追放される

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第1話 勇者パーティーの役立たず

 勇者パーティーの出発準備は、いつも騒がしい。


 王都の北門前には、見送りの人々が集まっていた。花束を持つ少女。祈りを捧げる老人。勇者カイルの名を叫ぶ若者たち。石畳の上には、王国の紋章を刻んだ馬車が二台並び、荷台には食料、薬草、予備の武器、防寒具、魔石灯が積まれている。


 その荷台の前で、レイン・アルカードは一人、黙々と木箱の中身を確認していた。


「保存食、三十日分。乾燥肉に異常なし。硬焼きパンは……一袋だけ湿気てるな。これは外しておこう」


 レインは湿った袋を脇へ寄せ、代わりの保存食を入れた。


 次に薬草袋を開く。鼻先に青臭い匂いが触れた瞬間、レインは眉をひそめた。


「……毒消し草に似てるけど、これは眠り苔だ」


 鑑定を使うまでもなかった。葉の縁がわずかに紫がかっている。素人なら間違える程度の違いだが、遠征中に煎じて飲めば半日は動けなくなる。


 レインはそれも取り除き、正しい薬草に入れ替えた。


 さらに馬車の車輪を調べる。軸受けに細い亀裂があった。放っておけば山道で折れる。レインは工具を取り出し、補強用の金具を当てた。


 その背中に、明るい声が飛んできた。


「おいおい、レイン。まだ荷物いじってんのか?」


 振り返ると、勇者カイルがこちらを見て笑っていた。


 金色の髪に、白銀の鎧。腰には聖剣。背が高く、顔立ちも整っている。王都の人々が歓声を上げるのも当然だった。彼はまさに、絵物語から抜け出してきたような勇者だった。


 カイルの隣では、剣士のダリオが大剣を肩に担いでいる。魔法使いのリシアは退屈そうに杖を回し、神官のエリオットは見送りの女性たちに柔らかく微笑んでいた。


「出発前に確認しておきたいんだ。保存食に傷んだものが混じっていたし、薬草も一部違っていた。それと馬車の車輪が――」


「はいはい、そういう細かいのは任せるよ」


 カイルはレインの言葉を途中で遮った。


「お前は戦えないんだから、せめて荷物番くらいはしっかりやってくれ」


 周囲から小さな笑いが起きた。


 レインは反論しなかった。いつものことだった。


 彼のスキルは「鑑定」。物の状態や価値、素材、魔力の流れを読み取る力だ。確かに戦闘向きではない。剣も並以下、攻撃魔法も使えない。魔物を相手にすれば、前に出るどころか足手まといになる。


 だから、レインは自分にできることをしてきた。


 毒の混入を見つけた。

 呪われた指輪を外させた。

 崩れかけた吊り橋を渡る前に止めた。

 魔物の擬態を見抜いた。

 洞窟の酸素が薄いことに気づき、引き返すよう進言した。


 だが、どれも派手な功績にはならなかった。


 危険が起こる前に防いでしまえば、誰もその危険に気づかない。


「カイル、その剣も見せてくれないか」


 レインは言った。


 カイルは不満そうに眉を上げた。


「聖剣だぞ? 昨日、王宮鍛冶師が整備したばかりだ」


「それでも、刃元に魔力の乱れがある。念のため確認したい」


「心配性だな」


 カイルはため息をつきながらも、聖剣を差し出した。


 レインは柄に触れ、静かに鑑定を発動する。


 剣身の奥に、細い亀裂が見えた。外からはわからない。だが強い魔力を流し続ければ、戦闘中に刃が欠ける可能性がある。


「やっぱり亀裂がある。完全に折れるほどじゃないけど、魔力を込めすぎると危ない。今日は予備の剣を――」


「大げさだ」


 カイルは剣を奪い返した。


「王宮鍛冶師が見て問題ないと言ったんだ。お前の鑑定より、そっちを信じる」


「でも」


「レイン」


 カイルの声が低くなった。


「出発前に不吉なことばかり言うな。士気が下がる」


 レインは口を閉じた。


 リシアが肩をすくめる。


「レインって、いつもそうよね。危ないかもしれない、壊れるかもしれない、やめたほうがいいかもしれない。聞いてるだけで疲れるわ」


 ダリオも笑った。


「戦えない奴ほど、口だけは達者なんだよな」


「……ごめん」


 レインは小さく答えた。


 謝る必要などない。頭ではわかっている。けれど、口から出てくるのはいつも謝罪だった。


 人々の歓声が大きくなる。王宮の使者が出発の合図を告げたのだ。


 カイルは聖剣を高く掲げた。


「皆、聞いてくれ! 我ら勇者パーティーは、これより魔王領へ向かう! 必ずや魔王を討ち、この国に平和を取り戻してみせる!」


 歓声が爆発した。


 花びらが舞い、鐘が鳴る。カイルたちは英雄だった。そこに並ぶレインだけが、ひどく場違いに思えた。


 レインは最後に、リシアの杖を見た。


 杖の先端に埋め込まれた青い魔石が、わずかに濁っている。魔力の逆流が起きる前兆だ。高威力の魔法を連発すれば、術者の腕に負担がかかる。


「リシア、その杖だけど――」


「今度は私?」


 リシアは露骨に嫌そうな顔をした。


「もういいわよ。出発前にケチをつけないで」


「ケチじゃなくて、魔石が」


「あなたに言われなくても、自分の杖のことくらいわかってる」


 リシアはそう言って、杖を胸元に抱えた。


 レインは再び言葉を飲み込んだ。


 荷台の隅で、取り除いた眠り苔の袋が風に揺れている。馬車の車輪には補強を入れた。保存食も入れ替えた。聖剣の亀裂は伝えた。杖の異常も、伝えようとはした。


 できることは、したはずだ。


 それなのに胸の奥には、鉛のような不安が沈んでいた。


「レイン」


 カイルが呼んだ。


 いつもと違う声だった。軽い調子ではない。どこか、あらかじめ決めていた言葉を読み上げるような響きがあった。


「少し話がある」


 レインは顔を上げた。


 カイルの周りに、ダリオ、リシア、エリオットが並んでいる。誰も目を合わせようとしない。


 その時点で、レインは嫌な予感を覚えた。


「どうしたんだ?」


 カイルは一歩前に出た。


 王都の歓声が、急に遠くなる。


「レイン。魔王討伐に、お前はもう必要ない」


 風が止まったような気がした。


 レインは、カイルの言葉の意味をすぐには理解できなかった。


「え?」


「今日限りで、お前を勇者パーティーから外す」


 カイルは淡々と言った。


「戦えない鑑定士を連れていく余裕は、もうない」


 レインの手から、修理用の工具が石畳に落ちた。


 乾いた音が、やけに大きく響いた。


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