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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
最終章 役立たず鑑定士の国づくり

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第43話 勇者と鑑定士

 エルネ村に旅人たちが来た日の夕方、カイルが一人で井戸の前に立っていた。


 勇者パーティーは王都へ向かう準備をしている。

 ヴァルガスが逃げた以上、王都で何が起きるかわからない。封印の間で送られた記録石の内容が届いていたとしても、宰相ほどの男なら、それを偽造だと片づける手も用意しているはずだった。


 だから、勇者本人の証言が必要になる。


 王国に選ばれた勇者が、王国の嘘を語る。


 それは、カイルにとって剣で魔物を斬るよりもずっと重い戦いだった。


「出発は明朝か」


 背後から声がした。


 振り返ると、レインが立っていた。

 手には工具袋。井戸の滑車を直していたのだろう。指先には油と泥がついている。


「ああ」


 カイルは頷いた。


「王都へ戻る。リシアたちも一緒だ」


「危険だぞ」


「わかっている」


「ヴァルガスは逃げた。先に王都へ戻って、自分に都合のいい話を作っているはずだ」


「それもわかっている」


 カイルは井戸の水面を見た。


 澄んだ水が夕焼けを映している。


 王都を出る時、カイルは自分が世界を救う勇者だと疑っていなかった。

 だが今は違う。

 自分が何を救おうとしていたのか。誰の物語に乗せられていたのか。何も見えていなかった。


「それでも戻るのか」


 レインが尋ねた。


「ああ」


 カイルは静かに答えた。


「俺は王国の勇者として称えられてきた。民は俺の言葉を聞く。なら、その立場で言わなければならないことがある」


「王国に利用された勇者が、王国の嘘を暴くのか」


「皮肉だな」


「かなりな」


 レインの声は淡々としていた。


 カイルは小さく笑った。

 以前なら、その言い方に苛立っていたかもしれない。だが今は、そこにある距離を当然のものとして受け止められた。


 二人の間には、まだ消えないものがある。


 王都の北門。

 追放宣告。

 仲間たちの沈黙。

 渡されかけた支度金。

 あの日、レインが一人で門を離れていった背中。


 謝ったからといって、なかったことにはならない。


「レイン」


 カイルは口を開いた。


「もう一度、言わせてほしい」


「謝罪なら、封印の間で聞いた」


「それでも言う」


 レインは少しだけ眉を動かしたが、止めなかった。


 カイルは深く頭を下げた。


「すまなかった。俺はお前を見ていなかった。鑑定士という役割だけを見て、戦えないという一点だけで価値を決めた。お前が何を守っていたのか、何を防いでいたのか、知ろうともしなかった」


 井戸の水音が、静かに響く。


「許してくれとは言わない」


 カイルは頭を下げたまま続けた。


「ただ、俺はもう同じことをしない。誰かを役割だけで切り捨てる勇者には戻らない」


 しばらく沈黙があった。


 やがて、レインの声がした。


「頭を上げろ」


 カイルは顔を上げた。


 レインは井戸の縁に腰を下ろし、夕焼けの方を見ていた。


「正直、まだ腹は立ってる」


「ああ」


「思い出すと、胸の奥が冷えることもある。自分には価値がないんだと、本気で思った」


「……すまない」


「だから、簡単には許せない」


 その言葉は、まっすぐだった。


 カイルは黙って受け止めた。


 レインは続ける。


「でも、封印の間で、お前は立ち止まった。王国の命令に背いて、扉を開けなかった。俺の背中も守った」


「それで償えるとは思っていない」


「償いじゃない」


 レインはカイルを見た。


「それは、今のお前が何を選ぶかの話だ。俺を追放した過去は消えない。でも、今のお前が王国の嘘を暴こうとしていることも、嘘じゃない」


 カイルは息を止めた。


 レインの言葉は、許しではなかった。

 だが、拒絶だけでもなかった。


 それが今の二人にとって、たぶん一番誠実な距離だった。


「俺はエルネ村に残る」


 レインは言った。


「井戸を見なきゃいけない。畑もある。旅人たちも来始めた。ミラの首飾りと封印の安定も確かめ続ける必要がある」


「ああ」


「だから、王都はお前に任せる」


 カイルは目を見開いた。


「俺に?」


「勇者の言葉は重いんだろう」


 レインは少しだけ皮肉っぽく言った。


「だったら、今度は正しく使え」


 その言葉に、カイルの胸が熱くなった。


「わかった」


 カイルは頷く。


「必ず伝える。ルミナリアは悪ではなかったこと。魔王ゼルグレイスは封印を守っていたこと。王国が俺たちを利用しようとしたこと。ミラを鍵として奪おうとしたこと」


「伝え方には気をつけろ」


「わかっている。いきなり全部話しても、民は混乱する」


「それだけじゃない」


 レインは井戸の水を見た。


「真実は、ただ投げつければいいものじゃない。受け取る側にも時間がいる。王国に都合よく歪められないよう、証拠と順番が必要だ」


「証拠か」


「記録石、命令書、研究機関の資料、封印部隊の装備。ゼルグレイスやノルの記録も複写できる。俺も、見たものを手帳にまとめておく」


「君は王都には来ないのか」


「今は行かない」


 レインははっきり言った。


「俺が行けば、ヴァルガスは俺を標的にする。ミラも危険になる。それに、俺は王都の民にとっては無名の鑑定士だ。最初に声を上げるのは、勇者の方がいい」


 カイルは苦笑した。


「また役割の話だな」


「今回は、自分で選ぶ役割だ」


 その言葉に、カイルは静かに頷いた。


 そうだ。


 役割そのものが悪いのではない。

 誰かに押しつけられ、道具として使われることが問題なのだ。


 勇者。

 鑑定士。

 王女の血を継ぐ少女。

 魔王。


 どの名も、誰かを縛る鎖にもなれば、自分で選んだ旗にもなる。


「レイン」


「何だ」


「俺は、勇者でいたい」


 レインは少し意外そうにカイルを見た。


「王国の剣としてじゃない。命令に従うだけの勇者でもない。間違えた時に立ち止まり、守るべきものを選び直せる勇者でいたい」


 レインは黙っていた。


 カイルは続ける。


「そのために、俺にはまだ見えないものが多すぎる。だから、また間違えそうになったら、止めてほしい」


「都合がいい頼みだな」


「ああ。そう思う」


「俺は、もうお前のパーティーの鑑定士じゃない」


「わかっている」


「命令も聞かない」


「それもわかっている」


「必要だと思えば、勇者相手でも容赦なく止める」


 カイルは少し笑った。


「それが一番助かる」


 レインは呆れたように息を吐いた。


「変わったな」


「遅すぎたけどな」


「遅くても、変わらないよりはいい」


 その言葉は静かだった。


 カイルは、胸の奥にあった重い石が少しだけ動いた気がした。


 そこへ、ミラが井戸の方へやって来た。


「レイン、旅人さんたちに水を配ってきたよ」


 彼女はカイルに気づき、少しだけ足を止めた。


 まだ警戒は残っている。

 けれど、以前のような怯えだけではなかった。


 カイルはミラへ向き直る。


「ミラ」


「はい」


「王都で、君のことも話す。王国が君を鍵として扱おうとしたことも」


 ミラは首飾りに触れた。


「私は、王女じゃなくて、エルネ村のミラです」


「ああ」


 カイルは頷いた。


「そう伝える」


 ミラは少し考えてから言った。


「伝えるなら、王女ミラのことも、悪く言わないでください」


「もちろんだ」


「ゼルグレイスさんのことも」


「約束する」


 ミラは少しだけ安心したように笑った。


「なら、お願いします。勇者さん」


 カイルはその呼び方に、以前とは違う重さを感じた。


 勇者さん。


 それは称賛ではなく、依頼だった。

 剣を振るうだけではなく、真実を運ぶ者として呼ばれた名だった。


「任せてくれ」


 カイルは答えた。


 やがて、リシアたちが旅支度を終えて広場へ集まった。


 ダリオはレインを見ると、照れくさそうに頭をかいた。


「その、なんだ。王都で一発、でかい声出してくるわ」


「余計なことは言うなよ」


「お前、俺を何だと思ってる」


「余計なことを言う剣士」


「否定できねえのが腹立つな」


 リシアはレインに小さな包みを渡した。


「魔石灯の予備よ。地下で使えると思う」


「助かる」


「……前に、あなたの道具の手入れを当たり前みたいに受け取っていたこと、今さらだけど恥ずかしいと思ってる」


「そうか」


「だから、これはお礼。少し遅すぎるけど」


 レインは包みを受け取った。


「使わせてもらう」


 エリオットは深く頭を下げ、マルクもぎこちなく続いた。


 彼らの謝罪も、後悔も、すぐにすべてを修復するものではない。

 けれど、何かが少しずつ変わっているのは確かだった。


 朝日が村の入口を照らし始めた。


 勇者パーティーは王都へ向かう。

 レインたちはエルネ村に残る。

 同じ目的を持ちながら、別々の場所で戦うことになる。


 カイルは最後にレインへ手を差し出した。


 レインはその手を見た。


 一瞬、王都の北門で差し出された革袋を思い出した。

 あの時の手は、別れを押しつける手だった。


 今の手は違う。


 対等な約束を求める手だった。


 レインは少しだけ迷い、それから手を握った。


「王都を頼む」


「エルネ村を頼む」


 二人の手が離れる。


 勇者と鑑定士。


 かつて同じパーティーにいながら、互いを見誤った二人。

 今は別の道に立ちながら、同じ真実を守ろうとしている。


 カイルたちが村を出ていく。


 その背中を見送りながら、ミラがぽつりと言った。


「また会えるかな」


 レインは答えた。


「会えるさ。たぶん」


「そのたぶんは?」


「今回は、少し信用していい」


 ミラは笑った。


 井戸の水面が、朝の光を受けて揺れる。


 勇者は王都へ。

 鑑定士は水の村へ。


 世界の嘘を暴く戦いは、ここから二つの道に分かれて進み始めた。


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