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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第7章 魔王の真実

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第41話 世界の嘘

 ヴァルガスは、砕けた杖の前で膝をついていた。


 濁った青い石は粉々になり、床の上に散っている。

 黒い魔力は消えた。

 腐食術式も止まった。

 黒い扉の亀裂は閉じ、封印の間にはようやく静けさが戻り始めていた。


 だが、ヴァルガスの目だけは折れていなかった。


「真実を見たところで、民が信じると思うか」


 その声は低く、冷たかった。


「百年だ。百年もの間、王国は魔王を悪として語り、ルミナリアを裏切りの小国として記録し、勇者を正義として称えてきた。人々はその物語の中で生きている」


 ヴァルガスはゆっくり立ち上がった。


 黒外套の兵士たちは倒れ、封印部隊の魔導具も砕かれている。

 それでも、彼はまるで自分がまだ勝者であるかのように言った。


「今さら真実など見せたところで、人は受け入れない。信じたいものだけを信じる。王国は善。魔王は悪。世界はそうできている」


 カイルが聖剣を握りしめた。


「その世界を作ったのは、あなたたちだ」


「違う」


 ヴァルガスは即座に否定した。


「人が望んだのだ。複雑な歴史など民には重すぎる。誰が悪で、誰が正義か。そう示してやらねば、人は迷う。迷えば国は乱れる」


「だから、嘘をついたのか」


「秩序を守ったのだ」


 その言葉に、レインは静かに立ち上がった。


 体は重い。

 真実視の反動で、視界はまだ少し揺れている。

 けれど、目を逸らす気はなかった。


「違う」


 レインの声が封印の間に響いた。


 ヴァルガスの目が、彼へ向く。


「あなたは秩序を守ったんじゃない。嘘を守ったんだ」


「若造が、何を知ったように」


「見た」


 レインは言った。


「ルミナリアの井戸を。旧倉庫に残された子どもの靴を。逃げた人たちの声を。王女ミラの記憶を。ゼルグレイスが契約を受け入れた瞬間を」


 レインは一歩前へ出る。


「あなたたちが焼いた記録も、埋めた死体も、消した村も、全部黙ってなんかいなかった。物は覚えている。場所は覚えている。人が忘れさせられても、真実はどこかに残る」


 ヴァルガスの顔から、初めて余裕が消えた。


「だから危険なのだ、真実視は」


「危険なのは、真実じゃない」


 ミラが声を上げた。


 彼女はレインの隣に立った。

 顔色はまだ悪い。

 だが、首飾りの青い光は穏やかだった。


「嘘で人を動かすことだよ。王国は私を鍵って呼んだ。ゼルグレイスさんを魔王って呼んだ。ルミナリアを裏切りって呼んだ。そう呼べば、何をしてもいいと思った」


 ヴァルガスはミラを見た。


「王女の血を継ぐ者が、王国へ刃向かうか」


「私は王女ミラじゃない」


 ミラははっきり言った。


「でも、王女ミラの願いは知ってる。忘れてもいい。でも、いつか真実を知る人が現れたら、一緒に選んでほしいって」


 彼女は胸元の首飾りを握った。


「私は選んだ。王国の嘘には使われない」


 封印の間に、青い光が広がった。


 それは攻撃ではなかった。

 だが、倒れていた王国兵たちの胸元にある記録石が、次々に反応した。


 セラが目を見開く。


「記録石が……起動してる」


 ノルが楽しげに光った。


「ほう。封印の再構築時に、ここの記憶が外部記録へ流れたようだな」


「どういう意味だ」


 ダリオが尋ねる。


「王国の封印部隊は、任務記録を王都へ送るための記録石を持っておる。つまり、今この場で起きたことの一部は、王都側の受信塔にも届いておる可能性が高い」


 ヴァルガスの顔色が変わった。


「止めろ」


 ノルは得意げに言う。


「もう遅い。わしは優秀な古代魔導具なのでな」


「お前がやったのか」


 レインが尋ねると、ノルは光を瞬かせた。


「半分は偶然。半分はわしの才能だ」


「ほとんど偶然じゃないか」


「結果がよければよい」


 リシアが記録石を見つめる。


「じゃあ、今の会話も……?」


「全部ではない。だが、ヴァルガスが魔王を守護核と知っていたこと、ルミナリアの真実を知りながら隠していたこと、勇者を利用しようとしていたこと。その程度は残っているであろう」


 カイルがヴァルガスを睨んだ。


「あなたの言う物語が、初めて揺らいだな」


 ヴァルガスは唇を歪めた。


「民が信じるものか。記録などいくらでも偽造と言える。勇者が裏切ったと言えばいい。鑑定士が魔王に惑わされたと言えばいい。王女の血を持つ少女が封印を乱したと言えばいい」


「そうやって、また嘘を重ねるのか」


 エリオットが静かに言った。


「神官として、私は王国の教えを信じてきました。ですが、今ここであなたの言葉を聞いて、ようやくわかりました。信仰と嘘は違う。秩序と隠蔽も違う」


 マルクも震えながら言った。


「僕は王国に選ばれた魔法使いだと思っていました。でも、選ばれたんじゃない。都合よく使われていただけだった」


 ダリオが大剣を肩に担ぐ。


「俺は難しい話は苦手だ。けどな、子どもを鍵扱いして、守ってる奴を魔王扱いして、仲間を道具にするような奴が作る世界なんざ、ろくなもんじゃねえ」


 セラはヴァルガスへ一歩近づいた。


「研究機関で消えた子どもたちの記録も、私は持っているわ」


 ヴァルガスの目が細くなる。


「証拠になると思うか」


「今まではならなかった。でも、勇者が証言し、魔王城の記録が残り、封印部隊の記録石が王都へ届いたなら、全部を握り潰すのは簡単じゃない」


「甘いな」


「ええ、甘いかもしれない」


 セラは冷たく答えた。


「でも、あなたよりはましよ」


 ヴァルガスは周囲を見渡した。


 王国兵は動けない。

 杖は砕けた。

 封印は再構築され、ミラを強制的に鍵として使うこともできない。


 彼の計画は、崩れた。


 だが、彼はまだ笑った。


「よかろう。ならば、王都で続きをしよう」


 ヴァルガスの足元に、黒い転移陣が浮かぶ。


 ノルが叫んだ。


「逃がすな! あれは緊急離脱術式だ!」


 カイルが聖剣を振る。

 リシアの氷が床を走る。

 だが、転移陣の方が早かった。


 ヴァルガスの姿が黒い光に包まれる。


「レイン・アルカード」


 消える直前、ヴァルガスはレインを見た。


「真実を読む者よ。お前が読んだ真実を、世界が受け入れるとは限らない」


「それでも読む」


 レインは答えた。


「見なかったことにはしない」


 ヴァルガスの姿が消えた。


 封印の間には、静寂が戻った。


 しばらく、誰も動かなかった。


 勝ったのか。

 逃げられたのか。

 世界の嘘は暴かれたのか。

 それとも、まだ物語は王国の手の中にあるのか。


 答えは出なかった。


 ただ一つだけ、確かなことがあった。


 もう、何も知らなかった頃には戻れない。


 カイルはレインの前に立った。


「レイン」


「何だ」


「王都へ戻る。俺は勇者として、見たことを証言する」


 レインは彼を見る。


「それで王国に処分されるかもしれないぞ」


「だろうな」


「怖くないのか」


「怖い」


 カイルは正直に言った。


「でも、今度は逃げたくない。お前を追放した時、俺は自分に都合のいい物語を信じた。もう同じことはしたくない」


 レインはすぐには答えなかった。


 許したわけではない。

 傷は残っている。

 言われた言葉も消えない。


 けれど、カイルが今、変わろうとしていることもまた、見えていた。


「好きにすればいい」


 レインは言った。


「ただし、嘘をついたら鑑定する」


 カイルは少しだけ笑った。


「ああ。頼む」


 ミラが黒い扉を見上げた。


 扉は静かに閉じている。

 ゼルグレイスを縛っていた鎖は薄れ、彼は玉座に座りながらも、以前ほど苦しそうではなかった。


「ゼルグレイスさんは?」


 ミラが尋ねる。


「しばらくはここに残る」


 ゼルグレイスは答えた。


「だが、もう一人ではない。封印はエルネ村とルミナリアの記録にも支えられている。私も、少しは眠れるだろう」


 その言葉に、ミラは泣きそうに笑った。


「よかった」


 ノルが得意げに言う。


「わしの管理のおかげだな」


「みんなのおかげだ」


 レインが言うと、ノルは不満げに光った。


「少しはわしを特別扱いせぬか」


「考えておく」


「絶対考えぬ言い方だ」


 封印の間に、小さな笑いが生まれた。


 世界の嘘は、まだ完全には壊れていない。


 王都では、ヴァルガスが次の物語を作ろうとしているだろう。

 民は混乱するかもしれない。

 王国はレインたちを反逆者と呼ぶかもしれない。


 それでも、真実はもう一度、声を持った。


 井戸の底の声。

 森の靴に残った記憶。

 地下の記録室。

 魔王の百年。

 王女ミラの願い。


 すべてが繋がり、世界の嘘に小さな亀裂を入れた。


 レインは封印の間の入口へ向かって歩き出した。


 ミラが隣に並ぶ。


「どこへ行くの?」


「エルネ村へ戻る」


「王都じゃなくて?」


「まず、村だ。井戸も畑も、ガルドも待ってる」


 ミラは少しだけ笑った。


「うん。帰ろう」


 その言葉が、レインの胸に静かに染みた。


 帰る場所。


 勇者パーティーを追放された時、そんなものはなかった。


 けれど今はある。


 水の戻った村。

 嘘に消された国の記憶を抱えた村。

 そして、これから真実を世界へ届けるための最初の場所。


 レインは振り返らずに歩いた。


 世界の嘘は、まだ大きい。


 だが、もう見抜く目は閉じない。


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