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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第7章 魔王の真実

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第40話 真実を読む者

 黒い扉の亀裂から、闇が漏れ出していた。


 光ではない。

 熱でもない。

 それは、目に見えるほど濃い悪意のように、封印の間へ染み出してくる。


 床の封印紋は赤く明滅し、壁の魔石灯が次々に割れていった。

 黒外套の兵士たちは、ヴァルガスの号令を待たずに動き出す。


「封印部隊、前へ!」


 ヴァルガスの声が響いた。


「勇者を抑えろ。鍵を確保しろ。魔王は守護核ごと削り取る」


「させるか!」


 カイルが聖剣を構え、兵士たちの前へ出た。


 リシアの氷が床を走る。

 ダリオの大剣が兵士の槍を弾き飛ばす。

 エリオットの浄化が黒い魔導具を焼き、マルクの雷が敵の足元を撃つ。


 だが、王国の封印部隊は怯まなかった。


 彼らが持つ黒い魔石は、封印紋を腐食させるためのものだ。

 直接戦う兵士ではなく、封印を壊すための技師兵。

 一人でも扉のそばへ届けば、亀裂はさらに広がる。


 ゼルグレイスは玉座の前で膝をついていた。


 黒い翼を床へ広げ、両手を封印紋に押し当てている。

 彼の体から流れ出す魔力が、赤く染まった封印を必死に押し戻していた。


「ゼルグレイス!」


 ミラが叫ぶ。


「来るな」


 魔王は低く言った。


「今、近づけば封印の逆流に巻き込まれる」


 ミラは足を止める。


 その顔は青白い。

 首飾りはまだ震えている。

 ヴァルガスに無理やり鍵として使われかけた影響が残っているのだ。


 レインは彼女の肩を支えながら、黒い扉を見た。


 何かが、間違っている。


 ヴァルガスの腐食術式は強い。

 だが、それだけでは百年以上保たれてきた封印をここまで一気に崩せるはずがない。


 どこかに、別の綻びがある。


 レインは息を吸った。


 見るしかない。


 ただの鑑定では足りない。

 物の状態を見るだけでは、この封印は読めない。

 ここにあるのは、百年前の契約、王国の嘘、魔王の孤独、ミラの記憶、そして古代兵器を封じた無数の術式だ。


 見えるものだけを追っていては届かない。


「レイン?」


 ミラが不安そうに名を呼ぶ。


「少し、離れていてくれ」


「何をするの?」


「見る」


 レインは黒い扉へ向かって一歩踏み出した。


 ヴァルガスがそれに気づく。


「止めろ。鑑定士を封印に近づけるな」


 黒外套の兵が二人、レインへ向かった。


 しかし、カイルが前に立つ。


「行かせない」


 聖剣が白く光り、兵士たちの進路を塞ぐ。


 ダリオも横に並んだ。


「レイン、さっさと見ろ。長くは持たねえぞ」


「十分だ」


 レインは短く答え、扉の前に膝をついた。


 床の封印紋に触れる。


 熱い。

 いや、冷たい。

 両方だった。


 触れた瞬間、体の奥へ無数の声が流れ込んでくる。


 泣き声。

 祈り。

 怒号。

 王の声。

 王妃の声。

 子どもたちの足音。

 ゼルグレイスが契約を受け入れた瞬間の沈黙。


 それらが一斉にレインの意識を押し潰そうとした。


「ぐっ……!」


 レインは奥歯を噛む。


 ここで飲まれたら終わりだ。


 ただ見るだけではだめだ。

 拾う。

 選ぶ。

 繋げる。


 井戸の水質を見た時のように。

 壊れた車輪の軸を見た時のように。

 王国の指輪に隠された命令を見抜いた時のように。


 嘘と真実の境目を探す。


「鑑定」


 いつもの言葉を口にした。


 だが、その奥で別の言葉が開いた。


 真実視。


 視界が白く弾けた。


 封印の構造が、レインの前に広がる。


 それは巨大な網だった。

 中心に黒い扉。

 そこから幾重にも伸びる光の鎖。

 一本はゼルグレイスへ。

 一本はルミナリア王家の血へ。

 一本はエルネ村の井戸へ。

 一本は北の旧倉庫へ。

 一本は、百年前に逃げ延びた子どもたちの記憶へ。


 封印は、力だけでできているのではなかった。


 記憶でできていた。

 誓いでできていた。

 忘れられてもなお残り続けた、守りたいという願いでできていた。


 そこへ、黒い楔が打ち込まれている。


 ヴァルガスの腐食術式。

 王国研究機関の黒い魔石。

 そして、百年前に王国が奪ったルミナリア王家の首飾りの欠片。


 レインは目を見開いた。


「そうか……」


 ヴァルガスの杖に埋め込まれていた濁った青い石。

 あれはただの遺物ではない。


 百年前、王女ミラとは別に王国が奪った、王家の認証石の破片。

 不完全な鍵。

 だから封印を正しく開くことはできない。

 だが、封印に傷をつけることはできる。


「ヴァルガスの杖だ!」


 レインは叫んだ。


「封印を壊している中心は、あの杖の石だ! あれを切り離せば、腐食は止まる!」


 ヴァルガスの顔が歪む。


「黙れ!」


 黒い魔力がレインへ放たれる。


 だが、ミラの首飾りが光った。


「レインを傷つけないで!」


 青い光が盾となり、黒い魔力を受け止める。


 ミラは震えながらも立っていた。


「私は、使われない。私が選ぶ」


 首飾りの光が、床の封印紋へ流れ込む。


 レインの視界の中で、光の鎖が一本、ミラへ繋がった。


 だが、それは彼女を縛る鎖ではなかった。


 彼女の意思を封印へ届ける道だった。


「ミラ、そのまま聞いてくれ」


 レインは封印紋に手を置いたまま言った。


「封印は、君を犠牲にしようとしていない。君の意思を確認している。王女ミラの記憶じゃない。今のミラがどうしたいかを」


「今の、私……」


「そうだ。君は王女の代わりじゃない。封印鍵でもない。今ここにいるミラだ」


 ミラの瞳に涙が浮かぶ。


「私は、守りたい」


 彼女は言った。


「エルネ村を。井戸を。みんなを。百年前に消された人たちの願いも、ゼルグレイスさんも。だから、封印を閉じ直したい」


 封印紋が青白く輝いた。


 ノルが叫ぶ。


「鍵の意思照合、成立! レイン、今なら術式を書き換えられる!」


「どうやって!」


「見えておるのだろう! ならば、嘘の線を切り、真実の線を繋げ!」


「相変わらず説明が雑だな!」


「仕様だ!」


 レインは歯を食いしばり、再び真実視へ意識を沈めた。


 嘘の線。


 ヴァルガスの杖から伸びる黒い鎖。

 封印を「開け」と命じる強制命令。

 ミラの意思を遮断し、王家の血だけを使おうとする歪んだ術式。


 真実の線。


 ミラの選択。

 ゼルグレイスの契約。

 ルミナリア王家の願い。

 エルネ村に戻った井戸の水。

 王女ミラが未来へ託した言葉。


 レインは短剣を拾い上げた。


 物理的な刃では届かない。

 だが、今の彼には術式の綻びが見えている。


 刃に自分の魔力を流す。

 弱い。

 剣士のような力はない。

 魔法使いのような火力もない。


 それでも、細い糸を切るには十分だ。


「カイル!」


 レインが叫ぶ。


「もう一度、杖の石を狙えるか!」


「できる!」


「俺が術式の結び目を示す。そこだけを斬ってくれ。力任せにやるな」


 カイルはわずかに笑った。


「お前に言われると、耳が痛いな」


「今は痛がってる場合じゃない」


「ああ」


 レインの短剣が青白く光る。


 真実視で見た結び目を、空中へ線として描く。

 カイルはその線を見た。


 見えないはずの術式が、レインの魔力によって一瞬だけ形を持つ。


「そこか!」


 カイルが聖剣を振る。


 聖剣の光は細く、鋭く、レインの示した一点だけを貫いた。


 ヴァルガスの杖の青い石に、深い亀裂が入る。


「ぐっ……!」


 ヴァルガスがよろめく。


 だが、まだ砕けない。


「セラ!」


 レインが叫ぶ。


「石の魔力を鈍らせる薬は?」


「直接かければ効く!」


 セラが薬瓶を投げる。


 リシアの風魔法が瓶の軌道を変え、杖の石へ向かわせる。

 薬瓶が割れ、透明な液体が濁った青い石へかかった。


 石の光が鈍る。


「今だ、ミラ!」


 ノルが叫ぶ。


「鍵の意思を封印へ通せ!」


 ミラは両手で首飾りを包んだ。


「私は、開けない」


 青い光が広間を満たす。


「でも、閉じ込めるだけでもない。ゼルグレイスさん一人に背負わせない。私たちで、支える!」


 その瞬間、封印紋が変化した。


 ゼルグレイスへ集中していた鎖がほどけ、床、壁、井戸へ繋がる遠い水脈、そしてミラの首飾りへ分散していく。

 もちろん、彼女一人へではない。


 エルネ村の地下施設。

 ルミナリアの記録室。

 浄化された井戸。

 百年前の契約。

 それらすべてが、新たな支点として再び結ばれていく。


 ゼルグレイスが目を見開いた。


「これは……」


 彼の体を縛っていた黒い鎖が、少しずつ薄れていく。


 完全に自由になるわけではない。

 だが、百年分の重みがわずかに軽くなるのがわかった。


 ヴァルガスは怒りに顔を歪めた。


「貴様らに、王国の秩序を壊させるものか!」


 彼はひび割れた杖を掲げ、最後の魔力を注ぎ込もうとした。


 しかし、その前にダリオが踏み込んだ。


「遅え!」


 大剣の腹が杖を弾く。

 カイルの聖剣が続き、濁った青い石を完全に砕いた。


 黒い魔力が霧散する。


 腐食術式が消えた。


 黒い扉の亀裂が、ゆっくりと閉じていく。


 封印の間に、静寂が戻った。


 レインは床に手をついたまま、大きく息を吐く。


 全身が重い。

 視界が揺れる。

 けれど、見えた。


 嘘の線が切れ、真実の線が繋がる瞬間を。


 ミラが駆け寄ってくる。


「レイン!」


「大丈夫……たぶん」


「今のたぶんは、信用しない!」


 ミラは泣きながら怒った。


 レインは苦笑しようとして、うまく力が入らなかった。


 ゼルグレイスが静かに言う。


「真実を読む者よ。見事だった」


 カイルも、レインの前に立った。


 その目には、かつての傲慢さはなかった。


「お前がいなければ、俺たちは何も見えないままだった」


 レインはゆっくり顔を上げる。


「まだ終わってない」


 砕けた杖の向こうで、ヴァルガスが膝をついている。


 黒い魔力は消えた。

 だが、その目はまだ折れていなかった。


 彼は低く笑った。


「真実を見たところで、民が信じると思うか」


 封印の間に、最後の火種が残っていた。


 王国が百年守ってきた嘘。


 それをどう暴くか。


 レインは、自分の目を閉じなかった。


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