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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第7章 魔王の真実

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第37話 百年前の契約

 封印の間は、低く震えていた。


 黒い扉の向こうで、何かが目を覚まそうとしている。

 床に刻まれた封印紋は赤く明滅し、壁の魔石灯が不安定に揺れる。

 王国の第二部隊が、外郭から腐食術式を仕掛けているのだ。


 それでも、魔王ゼルグレイスは静かだった。


 黒い翼を畳み、玉座の前に立つその姿は、王都で語られる破壊者ではない。

 百年以上、たった一人で扉の前に立ち続けた守護者だった。


「百年前、ルミナリアは小さな国だった」


 ゼルグレイスが語り始めた。


「土地は狭く、兵も少ない。アストレア王国のような大軍も、広大な領土も持たなかった。だが、ルミナリアには古い魔導技術があった」


 レインは黙って聞いていた。


 ミラは胸元の首飾りを握りしめている。

 カイルは聖剣を下ろしたまま、悔しげに顔を伏せていた。

 リシア、ダリオ、エリオット、マルクも、誰一人言葉を挟まない。


「ルミナリアの技術は、本来、人を生かすためのものだった。水を清め、土を整え、病を癒やす。だが、どれほど穏やかな技術であっても、力であることに変わりはない」


 ゼルグレイスの視線が、黒い扉へ向く。


「そして、力は必ず欲しがられる」


 扉の奥で、また低い音がした。


「アストレアは最初、同盟を求めた。治癒魔導を渡せ。水脈制御を渡せ。封印術を渡せ。ルミナリアは一部を共有した。民を救う技術なら、国境を越えて役立つと信じたからだ」


 セラが小さく息を呑む。


 王国研究機関で、彼女が学んだ技術の一部。

 それも元を辿れば、ルミナリアの善意から流れたものだったのかもしれない。


「だが、王国が最も欲したものは、ここに封じられていた兵器だった」


「どうしてルミナリアは、そんなものを持っていたんだ」


 ダリオが思わず尋ねた。


 ゼルグレイスは、彼を責めるでもなく答えた。


「持っていたのではない。託されてしまったのだ。さらに古い時代、名も残らぬ国々が争いの果てに作ったものが、この地に封じられた。ルミナリア王家は、それを使わぬために守ってきた」


「使わないために、守る……」


 ミラが呟く。


「そうだ。剣を抜くためではない。二度と抜かれぬよう、鞘ごと抱えていた」


 ゼルグレイスの声が、わずかに重くなる。


「だが王国は、それを理解しなかった。いや、理解した上で欲したのだろう。巨大な力があれば、周辺諸国を従わせられる。戦争を終わらせられる。王国の秩序を世界に広げられる。そう信じた」


 カイルが拳を握った。


 王国の秩序。


 先ほどの王国兵も、同じ言葉を使った。

 秩序のため。

 王命のため。

 その言葉で、どれだけのものが踏みにじられてきたのか。


「ルミナリア王は拒んだ。兵器を渡せば、王国は必ず使うと知っていたからだ」


「それで、王国は攻めたのね」


 リシアの声には怒りがあった。


「そうだ」


 ゼルグレイスは頷いた。


「王国はルミナリアを、魔王と結託した危険な小国と呼んだ。私の名を利用したのだ」


「あなたは、なぜルミナリアにいたのですか」


 エリオットが尋ねた。


「王国の教えでは、魔王は最初から人類の敵とされています。ですが、あなたは……」


「私は、人ではない」


 ゼルグレイスは静かに言った。


「だが、人を滅ぼすために生まれたわけでもない。かつて私は、ルミナリアと契約を結んだ。王家は封印を守り、私は封印の外から迫る脅威を退ける。互いに干渉しすぎず、ただこの地を守る。それだけの契約だった」


「王国は、それを悪用した」


 レインが言うと、ゼルグレイスは金色の瞳を彼へ向けた。


「そうだ。人ならざる私の存在は、悪役にしやすかった。黒い翼、角、強い魔力。民に恐怖を植えつけるには十分だ」


 王国は、わかりやすい物語を作った。


 魔王と手を組んだ小国。

 世界を救うための侵攻。

 正義の王国。

 討つべき悪。


 その物語の裏で、ルミナリアは焼かれた。


 ミラの首飾りが震えるように光った。


 彼女の瞳に、涙が浮かぶ。


「王女ミラは……どうなったの?」


 ゼルグレイスの表情が、ほんのわずかに沈んだ。


「王妃によって、地下道へ逃がされた。王家の血と記憶を未来へ繋ぐために」


「生き延びたの?」


「しばらくはな」


 ミラの唇が震える。


 レインは彼女の隣に立った。


 ゼルグレイスは続けた。


「王女は遠い集落へ逃れ、名を変え、子を残した。だが、ルミナリアの名を取り戻すことはできなかった。王国の追跡は長く続いた。血は薄れ、記憶は欠け、やがて王家の継承は断片だけになった」


「それが、私……」


「お前は王女そのものではない。だが、王女が残した願いの先にいる」


 ミラは俯いた。


「願い……」


「生きてほしい。忘れてもいい。けれど、いつか真実を知る者が現れたら、その時は自分の意思で選んでほしい。王女ミラの願いは、それだけだった」


 レインは静かに息を吐いた。


 ミラの存在は、王国が言うような「封印鍵」ではない。

 百年前に生き延びた少女が、未来へ渡した願いそのものだった。


「そして、百年前の最後の日」


 ゼルグレイスの声が、さらに低くなる。


「王国軍は封印中枢に迫った。封印は戦闘の衝撃で傷つき、兵器は目覚めかけていた。ルミナリア王は、最後の手段を選んだ」


「あなたを守護核にする契約か」


 レインが言うと、ゼルグレイスは頷いた。


「私がこの身を封印に繋げば、兵器の目覚めを止められる。だが、その代わり私はここを離れられなくなる。封印を維持するため、魔王城という名の墓所に縛られる」


「なぜ受けたんだ」


 カイルが尋ねた。


 その声には、勇者としての敵意はもうなかった。

 ただ、理解できないものを前にした人間の問いだった。


「王が頼んだからではない」


 ゼルグレイスは答えた。


「王妃が泣いたからでもない。民が哀れだったからでもない」


「なら、なぜ」


「私も、この世界に生きるものだからだ」


 広間が静まり返った。


「人は私を魔王と呼ぶ。恐れる。憎む。物語の悪にする。それでも、私はこの空の下に存在している。世界が焼かれれば、私のいる場所も失われる。ならば守る理由には十分だ」


 カイルは何も言えなかった。


 魔王は世界を滅ぼそうとしたのではない。

 自分のいる世界を守ろうとした。


 それだけのことだった。


「契約の代償として、私は悪名を背負った。王国は私を魔王と呼び、ルミナリアを裏切りの国と呼んだ。だが、それで封印が残るならよいと思った」


 ゼルグレイスの瞳に、初めて深い痛みが浮かんだ。


「だが、王国は百年経っても諦めなかった」


 セラが資料を握る。


「研究機関は、封印鍵を探していた。王家の血を持つ者を集めて、検査していたわ」


「知っている」


「知っていたの?」


「封印に近づく者の声は、わずかに届く。泣く子どもの声も、痛みに耐える者の声も、届いていた」


 セラの顔が歪んだ。


「じゃあ、あなたは……」


「助けられなかった」


 ゼルグレイスは静かに言った。


「ここを離れれば封印が崩れる。力を伸ばせば王国に感知され、さらに強い干渉を招く。私は声を聞きながら、何もできなかった」


 その声には、百年分の悔いが滲んでいた。


 セラは唇を噛み、何も言えなくなった。


 ミラが一歩前へ出た。


「それでも、守ってたんだね」


 ゼルグレイスが彼女を見る。


「たくさんの声を聞きながら、ずっとここにいたんだね」


「そうだ」


「つらかった?」


 その問いに、魔王は長く沈黙した。


 やがて、静かに答えた。


「つらかった」


 たった一言だった。


 だが、その一言で、広間の空気が変わった。


 魔王は怪物ではなかった。

 孤独を感じる存在だった。

 痛みを抱え、悔いを抱え、それでも扉の前に立ち続けた者だった。


 その時、封印紋が激しく明滅した。


 ノルの声が響く。


「外郭の腐食が進んでおる! 第二部隊が強制解錠を開始した!」


 セラが扉を見る。


「このままでは?」


「封印の一部が裂ける」


 ゼルグレイスは玉座へ向かった。


「私が出力を上げて抑える」


「体は持つのか?」


 レインが尋ねる。


「持たせる」


「答えになっていない」


「長くは持たぬ」


 ゼルグレイスは静かに言った。


「だから、選ばねばならない」


 ミラの首飾りが、強く光を放った。


 黒い扉の封印紋と、首飾りの青い石が呼応している。


 ミラは胸元を押さえた。


「私に、できることがあるの?」


 レインはすぐに言った。


「無理はしなくていい」


「でも」


「王国のためでも、封印のためでもない。ミラ自身が選ぶことだ」


 ミラはレインを見た。


 その目には恐怖があった。

 だが、恐怖だけではなかった。


 ゼルグレイスが静かに言う。


「百年前の契約は、私とルミナリア王が結んだ。だが、今の封印を未来へ繋ぐには、新たな選択が必要だ」


「選択……」


「王女の血を継ぐ者よ。お前は、封印を閉ざすことも、開くことも、逃げることもできる」


 ミラは震えた。


「逃げてもいいの?」


「当然だ」


 魔王は言った。


「選択とは、そういうものだ」


 レインはミラの横に立った。


 カイルも聖剣を構え直す。


「王国兵は俺たちが止める」


 リシア、ダリオ、エリオット、マルクも並んだ。


 セラは薬瓶を握り、ノルは封印紋の解析を始める。


 百年前の契約は、魔王を孤独な守護者にした。


 だが今、同じ扉の前に立っているのは一人ではない。


 ミラは首飾りを握りしめ、黒い扉を見上げた。


 その奥で、世界を焼く力が目を覚まそうとしている。


 そして彼女は、自分の意思で一歩を踏み出そうとしていた。


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