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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第7章 魔王の真実

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第36話 魔王ゼルグレイス

 闇の奥で、黒い翼が開いた。


 それだけで、広間の空気が重くなる。


 天井は高く、壁には古い封印紋が幾重にも刻まれていた。床には円形の魔法陣が広がり、その中心に黒い玉座がある。玉座の背後には、巨大な扉がそびえていた。


 その扉は、閉じている。


 だが、完全に眠っているわけではなかった。


 扉の隙間から、黒い光がわずかに漏れている。光というより、闇が形を持ってにじみ出しているようだった。


 その前に、魔王ゼルグレイスが立っていた。


 黒い角。

 夜そのもののような翼。

 人間よりはるかに大きな体。

 長い銀灰色の髪。

 そして、深い金色の瞳。


 王都の教会に飾られていた魔王討伐画と、姿は似ている。


 けれど、決定的に違っていた。


 目の前の魔王は、笑っていなかった。

 人を見下す邪悪な怪物にも見えなかった。

 その瞳にあったのは、あまりにも長い時間を一人で耐えてきた者の疲労だった。


 カイルが聖剣を構える。


「魔王ゼルグレイス……!」


 勇者として染みついた反応だったのだろう。

 聖剣の光が広間に走り、リシアたちも一斉に身構える。


 ガルドはいない。村に残っている。

 この場にいる前衛は、カイルとダリオだけだった。


 だが、魔王は動かなかった。


 攻撃もしない。

 威圧するように魔力を放つこともしない。


 ただ、静かにレインを見た。


「ようやく来たか」


 重い声が広間に響く。


「真実を読む者よ」


 レインの背筋に冷たいものが走った。


 ノルもそう呼んだ。

 真実を読む者。


 自分はただの鑑定士だ。

 そう思ってきた。

 勇者パーティーでは役立たずと呼ばれ、戦えないから不要だと捨てられた。


 だが、この地下施設に来てから、レインの目は何度も過去を見てきた。


 井戸の声。

 子どもの靴。

 ルミナリアの記録。

 壁画の中の魔王。


 それらはすべて、この瞬間へつながっていたのかもしれない。


「あなたが、ゼルグレイスなのか」


 レインが尋ねる。


 魔王は頷いた。


「かつて、そう呼ばれた。今は、魔王という名だけが残っている」


 カイルが一歩前に出た。


「なら、答えろ。お前は本当に世界を滅ぼそうとしたのか。ルミナリアを利用したのか。それとも……」


 カイルは言葉を詰まらせた。


 それとも、王国が嘘をついていたのか。


 その問いを、まだ口にしきれなかった。


 ゼルグレイスはカイルを見た。


「勇者か」


「ああ」


「では、お前は私を討ちに来たのだな」


 カイルは聖剣を握る手に力を込める。


「そう命じられた。だが、今はその命令を疑っている」


「遅いが、疑わぬよりはよい」


 その声には嘲りはなかった。


 カイルは眉をひそめたが、言い返さなかった。


 ミラがレインの隣で、小さく震えていた。

 彼女の首飾りは、強く光っている。


 ゼルグレイスの金色の瞳が、ミラへ向いた。


「王家の血が、まだ残っていたか」


 ミラは息を呑む。


「私は……王女ミラなの?」


「違う」


 ゼルグレイスは即座に言った。


 その答えに、ミラの目が揺れる。


「お前は、お前だ。百年前の王女ではない。だが、その血と記憶の欠片を継いでいる」


 レインはミラの前に半歩出た。


「ミラを鍵として扱うつもりか」


 ゼルグレイスの視線がレインに戻る。


「鍵であることは事実だ。だが、鍵であることと、道具であることは違う」


 その言葉に、レインは少しだけ息を止めた。


 ノルと同じことを言っている。


 ゼルグレイスは巨大な扉の方へ振り返った。


「この奥に、王国が欲したものがある。ルミナリアが守り、アストレアが奪おうとし、百年前に多くの命を焼いたものだ」


「古代兵器か」


 セラが低く言った。


 ゼルグレイスは頷く。


「名を持たぬ兵器だ。いや、名を与えるべきではないものだ。国を守る盾として作られ、やがて国を滅ぼす剣となった。使えば敵を焼く。だが同時に、使う者の心も国も焼く」


 広間の奥で、黒い扉が低く鳴った。


 まるで、内側から何かが目を覚まそうとしているようだった。


 エリオットが顔を青くする。


「こんなものを、王国は欲しがっているのですか」


「力とは、そういうものだ」


 ゼルグレイスは静かに答えた。


「持たぬ者は欲しがる。持つ者は使いたくなる。使った者は、次も使わずにはいられなくなる」


 カイルは命令書を握りしめた。


「王国は、俺たちにあなたを討たせようとしていた。封印の間を破壊させようとしていた」


「知っている」


「知っていたのか?」


「百年、ここにいた」


 ゼルグレイスの声は低く沈んだ。


「王国が何度も封印を調べに来たことも知っている。ルミナリアの記録を焼いたことも知っている。私を魔王として語り継ぎ、都合のよい悪役に仕立てたことも知っている」


「なぜ、何もしなかった」


 ダリオが思わず言った。


「お前ほどの力があれば、王国に乗り込むことだってできたんじゃねえのか」


 ゼルグレイスは、黒い扉を見上げた。


「私がここを離れれば、封印が弱まる」


 広間に沈黙が落ちる。


「私は守護核だ。ルミナリア王との契約により、この身で封印を支えている。百年前から、ずっとな」


 レインは玉座を見た。


 黒い石で作られた玉座。

 そこから、床の魔法陣へ幾筋もの魔力が伸びている。

 ゼルグレイスの足元からも、同じように封印紋へ魔力が流れていた。


 レインはゆっくり玉座に近づいた。


「触れてもいいか」


 ゼルグレイスは少しだけ目を細めた。


「真実を読む覚悟があるなら」


 カイルが警戒する。


「レイン、無理はするな」


 その言葉に、レインは一瞬だけカイルを見た。


 以前なら、そんな言葉はなかった。

 だが今は、気遣いとして聞こえた。


「大丈夫だ。たぶん」


 ミラが小さく言う。


「レインのたぶんは、半分信用する」


「半分か」


「今は半分で我慢して」


 そのやり取りに、ほんのわずかだけ空気が緩んだ。


 レインは玉座に手を置いた。


「鑑定」


 次の瞬間、視界が闇に沈んだ。


 百年前の広間。

 傷ついたルミナリア王。

 泣きながら王女を抱く王妃。

 崩れかけた封印。

 迫る王国兵。

 そして、黒い翼を広げたゼルグレイス。


 王が血に濡れた手で、ゼルグレイスへ向かって言う。


「この封印を、後世へ繋いでくれ」


「代償は」


「我が国の名が消える。そなたの名も汚れる。王国は必ず、そなたを魔王として語るだろう」


「構わぬ」


 ゼルグレイスは扉の前に立つ。


「民が生き、世界が残るなら、悪名は私が持っていく」


 王妃が涙を流す。


「あなたを、一人にしてしまう」


「人は長くは生きられぬ。だが、記憶は残せる。いつか真実を読む者が来るなら、それでよい」


 封印が発動する。


 黒い鎖がゼルグレイスの体を貫き、玉座へ縛りつける。

 痛みが走ったはずだ。

 だが彼は声を上げなかった。


 ただ、閉ざされる扉の前で、最後まで立っていた。


 映像が途切れた。


 レインは玉座から手を離し、膝をついた。


「レイン!」


 ミラが駆け寄る。


 レインは荒い息を吐きながら、ゼルグレイスを見上げた。


 もう疑いようがなかった。


 この魔王は、世界を滅ぼそうとした敵ではない。


 百年以上、世界を滅ぼしうるものを封じ続けてきた守護者だった。


「あなたは……ずっと一人で守っていたのか」


 レインが言うと、ゼルグレイスは静かに答えた。


「一人ではない。ここには、死者の記憶がある。ルミナリアの願いがある。それに、待つことには慣れている」


 その言葉が、かえって孤独に聞こえた。


 カイルは聖剣を下ろした。


 完全に。


「俺は、あなたを討てない」


 ゼルグレイスはカイルを見た。


「討たねば勇者ではない、とは言わぬのか」


「勇者が何なのか、今はわからない」


 カイルは正直に答えた。


「だが、少なくとも、守っている者を理由も知らずに斬ることではないと思う」


 ゼルグレイスの金色の瞳が、ほんのわずかに細められた。


「遅いが、悪くない答えだ」


 その時、広間の奥の黒い扉が大きく震えた。


 床の封印紋が赤く明滅する。


 ノルの声が鋭く響いた。


「王国の第二部隊が外郭に侵入した! 腐食術式を起動しておる!」


 セラが顔をこわばらせる。


「封印を無理やり壊すつもりね」


 ゼルグレイスは玉座へ戻るように一歩下がった。


「時間がない」


 レインは立ち上がる。


「どうすれば封印を守れる」


 ゼルグレイスは、ミラとカイル、そしてレインを順に見た。


「選択は二つだ。私を守護核として再固定するか、新たな鍵で封印を再構築するか」


 ミラの首飾りが強く光った。


 レインの胸が嫌な音を立てる。


「新たな鍵って……ミラのことか」


 ゼルグレイスは否定しなかった。


「ただし、道具として使えば壊れる。自ら選ばねば、封印は受け入れぬ」


 ミラの顔が青ざめる。


 レインは即座に言った。


「ミラを犠牲にはしない」


「犠牲にせよとは言っていない」


 ゼルグレイスの声は静かだった。


「だからこそ、真実を知る必要がある」


 黒い扉の向こうで、何かが低く鳴いた。


 それは獣の声にも、機械の軋みにも、人の嘆きにも聞こえた。


 ゼルグレイスは言った。


「私を倒せば、封印は解ける」


 広間全体が震えた。


「そして封印が解ければ、王国が欲した力は、王国だけでなく世界を焼くだろう」


 レインは拳を握った。


 王国の嘘。

 魔王の真実。

 ミラの選択。

 勇者の後悔。


 すべてが、この封印の間に集まりつつあった。


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