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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第6章 勇者パーティー崩壊

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第34話 追放した者の後悔

「なら、従えない」


 カイルがそう告げた瞬間、墓所の空気が凍りついた。


 王国兵たちは一斉に武器へ手をかけた。

 黒い外套の下から、短剣、槍、魔導具が覗く。

 彼らは通常の兵ではない。王国の紋章を隠している時点で、表に出せない任務を負った者たちだとわかる。


 命令書を持つ男が、冷たい目でカイルを見た。


「勇者カイル。今の発言は、王命への拒絶と受け取ってよろしいですか」


「理由を聞かせろと言っている」


「理由は命令書に記されています。魔王ゼルグレイスを討伐し、封印の間を破壊する。それだけです」


「それだけでは足りない」


 カイルは聖剣の柄に手を置いたまま、男を睨んだ。


「ここは魔王の城ではない。封印施設だ。慰霊区画があり、死者の残滓が子どもたちを案じていた。壁画では魔王が人を守っていた。なのに、なぜ封印を破壊する必要がある」


 男の表情は変わらなかった。


「勇者に求められるのは判断ではありません。遂行です」


 その言葉に、カイルの胸の奥で何かが軋んだ。


 判断ではなく、遂行。


 王国は自分をそう見ていたのか。

 剣を振るう道具。

 民に見せる旗印。

 疑わず、考えず、命じられた敵を倒す存在。


 カイルは、かつて自分がレインに言った言葉を思い出した。


 戦えない鑑定士を連れていく余裕はない。

 勇者パーティーには向いていなかった。

 お前はもう必要ない。


 自分はレインを、役割だけで見ていた。


 鑑定士。

 戦えない者。

 足手まとい。


 彼が何を見ていたのか。

 何を防いでいたのか。

 どんな思いで黙って荷物を点検していたのか。


 何一つ、見ようとしていなかった。


「カイル」


 リシアが静かに声をかけた。


 彼女は杖を構えていた。

 その表情には迷いがある。だが、逃げる気はなさそうだった。


「どうするの?」


 カイルは一瞬、仲間たちを見た。


 ダリオは大剣を握りしめている。

 エリオットは祈りの姿勢を取りながら、王国兵たちを警戒している。

 マルクは震えていたが、それでも杖を下ろしていなかった。


 誰も、進めとは言わない。

 命令に従おうとも言わない。


 カイルは深く息を吸った。


「扉は開けない」


 王国兵の男が目を細める。


「それが最終判断ですか」


「ああ」


「残念です」


 男が片手を上げた。


 王国兵たちが動く。


「勇者一行を拘束せよ。封印の間は我々が開く」


 最初に飛び出したのは槍兵だった。


 カイルは聖剣を抜き、槍を弾いた。

 刃元の亀裂が軋む。

 以前なら力任せに魔力を流していた。だが今は違う。レインの警告が頭に残っている。無理に聖剣へ負荷をかければ、折れる。


 カイルは魔力を抑え、刃ではなく角度で槍を受け流した。


 ダリオが横から踏み込み、槍兵の腹へ大剣の柄を叩き込む。


「殺すなよ!」


 カイルが叫ぶ。


「わかってる!」


 ダリオが怒鳴り返す。


 リシアの氷魔法が床を走り、二人の兵の足を止める。

 エリオットの光が拘束具の魔力を弱め、マルクは火ではなく雷の小さな弾を放って敵の武器を弾いた。


 以前の勇者パーティーなら、もっと派手に戦っていただろう。

 強い魔法で押し切り、聖剣で道を開き、敵を倒すことだけを考えていた。


 だが今は、誰も無理に突っ込まなかった。


 足元を見る。

 壁の紋様を見る。

 敵の持つ道具を見る。

 封印施設を傷つけないよう、力を抑える。


 まるで、レインがそこにいるかのようだった。


 王国兵の一人が、扉へ向かって走る。


「封印門へ!」


 カイルはすぐに追おうとした。

 だが、床に小さな魔法陣が光ったのに気づき、足を止める。


 踏めば何かが発動する。


「ダリオ、左から回れ!」


「あいよ!」


 ダリオが壁際を走り、王国兵の前に回り込む。

 兵が短剣を抜くが、ダリオは大剣の腹でそれを叩き落とした。


 カイルは床の魔法陣を見つめる。


 もし今、焦って踏み込んでいたら。

 自分が罠を発動させ、仲間を巻き込んでいたかもしれない。


 これも、レインがいつも見ていたものだ。


 見えない危険。

 起きる前の失敗。

 誰にも褒められない防御。


 カイルは歯を食いしばった。


「俺は……何も見ていなかった」


 戦いは長くは続かなかった。


 王国兵たちは精鋭だったが、封印施設を壊さないように動く勇者パーティーに対し、無理に押し込もうとして逆に動きが乱れた。

 リシアの氷が足を奪い、エリオットの浄化が魔導具を封じ、マルクの雷が武器を弾く。

 最後にカイルとダリオが前に出て、兵たちを一人ずつ無力化した。


 命令書を持つ男だけが、後方で立っていた。


「愚かな」


 男は吐き捨てるように言った。


「勇者でありながら、王国に背くとは」


「王国に背いたんじゃない」


 カイルは息を整えながら答えた。


「理由のない破壊に背いただけだ」


「同じことです。王国の命令こそ秩序。あなたはその秩序を乱した」


「秩序のためなら、何を封じているかも知らずに壊せと言うのか」


「知る必要はない」


 男は冷たく言った。


「民も、兵も、勇者も。真実を知る必要などありません。上が決めた物語に従えばよいのです」


 その瞬間、カイルの中で何かが完全に切れた。


 上が決めた物語に従えばいい。


 それは、レインを追放した時の自分と同じだった。


 勇者パーティーに必要なのは戦力。

 戦えない鑑定士はいらない。

 そう決めた自分の物語に、レインを押し込めた。

 彼の働きも、言葉も、傷ついた顔も、見なかったことにした。


 カイルは男へ歩み寄った。


「俺は、もう誰かを役割だけで切り捨てない」


 男が短剣を抜く。


 だが、その手はリシアの氷で止まった。

 エリオットの光が短剣にかかった術式を消し、マルクの雷がそれを床へ弾く。


 カイルは男の胸倉を掴んだ。


「宰相ヴァルガスは何を狙っている」


「答えると思うか」


「なら、命令書を置いていけ」


「これは王国機密――」


 ダリオが背後から大剣を床に叩きつけた。


 石床が鈍く響く。


「落とせ。次は床じゃねえかもしれねえ」


 男は屈辱に顔を歪めたが、命令書を床へ落とした。


 カイルはそれを拾う。


 そこには、先ほどの命令に加え、細かな指示が書かれていた。


 勇者パーティーが疑念を示した場合、封印破壊を優先。

 勇者の聖剣は、封印外郭の突破に利用可能。

 魔王ゼルグレイスの討伐、または守護核への損傷を確認次第、第二部隊を進入させる。


 カイルの手が震えた。


「利用可能……」


 自分たちは、最初から利用される前提だった。


 勇者として称えられ、民に見送られ、正義の剣だと信じて進んできた。

 だが王国上層部にとっては、聖剣も、勇者も、封印を壊すための道具でしかなかった。


 レインもまた、道具として見られ、不要と判断され、捨てられた。


 その構造が重なった。


 カイルは命令書を握りしめ、膝をついた。


「レイン……」


 声が漏れた。


 リシアが近づく。


「カイル」


「俺は、あいつに何をしたんだ」


 誰も答えなかった。


 答えは、カイル自身が一番よく知っていた。


「何度も止めてくれていた。何度も見つけてくれていた。俺たちが気づかなかった危険を、ずっと先に見ていた。それなのに俺は……戦えないからいらないと」


 ダリオが唇を噛む。


「俺も言った。荷物番だの、口だけだの」


「私も、うるさいと思っていたわ」


 リシアが静かに言った。


「便利に使っていたのに、守ろうとはしなかった」


 エリオットが目を伏せる。


「私も止めなかった。それが一番卑怯でした」


 マルクは小さく俯いた。


「僕は、代わりになれると思っていました。でも、役割が違うことすらわかっていませんでした」


 カイルは立ち上がった。


 後悔しても、時間は戻らない。

 レインに言った言葉は消えない。

 追放した事実も変わらない。


 それでも、今ここでできることはある。


「レインに会う」


 カイルは言った。


 仲間たちが顔を上げる。


「謝る。許されなくてもいい。だが、その前に、この封印の真実を確かめる」


「どうやって?」


 リシアが尋ねる。


 カイルは命令書を見た。


「この命令書には、第二部隊の進入経路が書いてある。王国は封印の間へ向かう別の道を知っている。そこを逆に辿れば、王国が何をしようとしているかわかるはずだ」


 エリオットが頷く。


「そして、魔王ゼルグレイスにも会う必要があります」


「ああ」


 カイルは墓所の扉を見た。


 魔王の城にあらず。

 世界の罪を封じる墓所。


 その文字は、もう脅しには見えなかった。


 警告だった。


 王国の嘘から世界を守るために残された、百年前の警告。


 その時、通路の奥から別の気配が近づいてきた。


 王国兵ではない。

 足音は複数。

 だが、敵意だけではない。


 カイルは聖剣を構える。


 リシアが杖を上げる。

 ダリオも大剣を握り直した。


 暗い通路の向こうから、魔石灯の光が近づいてくる。


 先頭にいたのは、見覚えのある青年だった。


 茶色の髪。

 旅で汚れた外套。

 腰の古い短剣。

 そして、こちらを見た瞬間にわずかに目を見開く、慎重なまなざし。


「レイン……」


 カイルの声が、墓所に小さく響いた。


 追放した鑑定士が、そこにいた。


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