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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第6章 勇者パーティー崩壊

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第33話 魔王城は墓所だった

 仲間たちと合流するまでに、半刻ほどかかった。


 カイルとリシアは、まずエリオットを見つけた。

 彼は崩れた礼拝堂のような場所で、白い花を抱いた女性像の前に立っていた。


 その顔は、祈りを終えた者の顔ではなかった。

 むしろ、信じていた祈りの向け先を見失った者の顔だった。


「エリオット、無事か」


 カイルが声をかけると、エリオットはゆっくり振り返った。


「はい。怪我はありません」


「ここで何をしていた」


「……見ていました」


 エリオットは壊れた石像へ目を向ける。


「この像は、王国の女神像ではありません。ですが、邪神の像にも見えない。むしろ、死者を悼むための像に見えます」


 リシアが眉をひそめた。


「死者を悼む?」


「足元に文字があります。古い言葉なので正確には読めませんが、王国語で後から刻まれた注釈がありました」


 エリオットは石像の台座を指さした。


 そこには、薄く削れた王国語が残っていた。


「北方戦役死没者慰霊区画」


 カイルは息を呑んだ。


「慰霊……」


 魔王城に、慰霊区画。


 その組み合わせが、頭の中でうまくつながらなかった。


 魔王城とは、魔物が巣食う悪の居城ではなかったのか。

 人を呪い、世界を滅ぼそうとする魔王の拠点ではなかったのか。


 だが、目の前にあるのは祭壇だった。

 壊れてはいるが、誰かが誰かを悼むために作った場所だった。


 その後、三人はダリオと合流した。


 彼は骨の山から起き上がった魔物を相手にしていた。

 だが、その魔物はただのアンデッドではなかった。古い兵士の鎧をまとい、片手に折れた槍を持っている。胸には、王国の紋章ではない白い花の印が残っていた。


 ダリオは大剣を構えながら叫んだ。


「こいつ、魔物っていうより兵士だ!」


 カイルは聖剣を抜き、走り込む。


 敵は鈍い。

 だが、こちらへ向ける槍には明確な殺意よりも、何かを守ろうとする執念があった。


 カイルとダリオが連携し、リシアの氷魔法で動きを止め、エリオットが浄化の祈りを放つ。


 光を浴びた兵士の亡骸は、崩れる直前、ほんの一瞬だけ人の顔に戻った。


 そして、かすれた声で言った。


「子らは……逃げたか……」


 その言葉を残し、亡骸は灰となって消えた。


 誰もすぐには動けなかった。


 ダリオが大剣を下ろし、低く呟く。


「今の、何だよ」


 エリオットは目を伏せた。


「あれは、魔物というより……魂の残滓です」


「魂の残滓?」


「強い未練を残した死者が、封印や魔力の影響でこの世に留まることがあります。邪悪な怨霊とは限りません」


 カイルは灰の残った床を見つめた。


 子らは逃げたか。


 あの亡骸は、誰かを襲うためにいたのではない。

 子どもたちを守ろうとして、ここで死んだのかもしれない。


 その後、水路近くで震えていたマルクを見つけた。


 彼は雷撃で怪物を退けた後、通路の隅で息を潜めていた。

 怪我はなかったが、顔は青ざめていた。


「すみません……僕が文字を読んだから」


「今は責める時じゃない」


 カイルは言った。


「全員生きている。それで十分だ」


 マルクは唇を噛み、頷いた。


 ようやく五人が揃った時、彼らは広い石造りの通路にいた。


 通路の先には、大きな扉がある。

 扉の周囲には、王国語と、それより古い文字が混ざって刻まれていた。


 カイルは魔石灯を掲げ、王国語の注釈を読んだ。


「封印外郭、第三慰霊回廊。許可なき進入を禁ず」


 リシアが小さく呟く。


「また封印」


 ダリオが壁を叩いた。


「しかも慰霊回廊だ。魔王城って感じじゃねえぞ」


 エリオットは、通路の壁に刻まれた古い絵を見ていた。


 そこには、人々が地下へ逃げ込む様子が描かれている。

 子どもを抱えた母親。

 扉を守る兵士。

 傷ついた者を運ぶ人々。

 そして、黒い翼を持つ巨大な存在が、通路の奥に立っている。


 魔王ゼルグレイス。


 だが、その姿は人々を追い詰めるものではなかった。


 彼は、背後から迫る何かに向かって立ちはだかっていた。

 人々を守るように。


「これは……」


 カイルは壁画に近づいた。


 魔王の背後には、巨大な扉が描かれている。

 その扉の向こうに、黒い光が渦巻いていた。

 見ているだけで胸がざわつく、不吉な光。


 リシアが不安そうに言う。


「カイル。これ、王都で見た魔王の絵と違うわ」


「ああ」


「王都の絵では、魔王が人々を襲っていた。でも、これは……」


「守っているように見える」


 カイルは自分で言って、胸が冷えるのを感じた。


 魔王が人を守っている。


 そんなことはありえない。

 ありえてはならない。

 自分たちは魔王を討つために来たのだから。


 だが、見えているものはそうだった。


 ダリオが苛立ったように言う。


「どうなってんだよ。魔王城に慰霊区画があって、魔物は子どもを気にして消えて、壁画じゃ魔王が人を守ってる。俺たち、何を倒しに来たんだ?」


 誰も答えられなかった。


 カイルは王国からの命令書を取り出した。


 魔王ゼルグレイスを討伐せよ。

 封印の間を破壊せよ。


 何度見ても、そう書いてある。


 エリオットが命令書を見つめ、慎重に口を開いた。


「カイル。私は、少し怖くなっています」


「何がだ」


「もし、この場所が魔王の居城ではなく、封印施設や慰霊施設だったとしたら。私たちが破壊しようとしている封印の間は、本当に壊してよいものなのでしょうか」


 リシアも頷いた。


「私も同じ。王国は何かを隠している気がする」


 マルクは俯きながら言った。


「でも、王国の命令です。僕たちは勇者パーティーで……」


「だから何だ」


 ダリオの声が低く響いた。


 マルクがびくりとする。


「命令なら何でもやるのかよ。呪いの剣を拾えって言われたら拾うのか。毒沼を走れって言われたら走るのか。封印を壊せって言われたら、本当に壊すのか」


「それは……」


 マルクは言葉を詰まらせた。


 カイルは目を閉じた。


 勇者とは何か。


 王国に選ばれた者。

 聖剣を持つ者。

 魔王を討つ者。

 民の期待に応える者。


 そう思ってきた。


 だが、もし王国の命令そのものが間違っていたら。

 いや、間違いではなく、意図的に何かを隠していたら。


 勇者は何を信じればいいのか。


 その時、通路の奥で風が吹いた。


 扉の前に積もっていた埃が舞い上がる。

 カイルは目を細め、扉の中央に刻まれた古い文字を見た。


 王国語ではない。

 だが、その下に後から刻まれた小さな注釈があった。


 カイルは魔石灯を近づけ、ゆっくり読んだ。


「ここは魔王の城にあらず。世界の罪を封じる墓所なり」


 通路が静まり返った。


 ダリオが低く呟く。


「墓所……」


 リシアの顔が青ざめる。


「世界の罪を封じるって、どういう意味?」


 エリオットは祈りの言葉を失ったように、ただ文字を見つめていた。


 マルクは震える声で言う。


「王国の地図には、魔王城としか……」


「地図が嘘をついているのかもしれない」


 カイルは言った。


 自分の声が、思ったよりも静かだった。


 もう否定できなかった。


 この場所は、王国が教えてきた魔王城とは違う。

 少なくとも、ただの悪の居城ではない。


 慰霊区画。

 封印外郭。

 守るように描かれた魔王。

 子どもを案じる死者の残滓。

 そして、世界の罪を封じる墓所。


 すべてが、王国の物語と食い違っている。


「レインなら」


 リシアが小さく言った。


 カイルは彼女を見る。


 リシアは言い直さなかった。


「レインなら、きっとここで進むのを止める。全部調べるまで、絶対に扉を開けない」


 ダリオが苦笑する。


「あいつなら、俺が文句言っても止めるだろうな」


「うるさいくらいにね」


 リシアの声には、わずかな後悔があった。


 カイルは命令書を見た。


 封印の間を破壊せよ。


 そして、扉の文字を見た。


 世界の罪を封じる墓所。


 どちらを信じるべきか。


 いや、今すぐ信じるべきものを決める必要はない。

 まず確かめるべきだ。


 それは、カイルがレインから遅れて学び始めたことだった。


「この扉は開けない」


 カイルは言った。


 全員が彼を見る。


「少なくとも、何が封じられているのか知るまでは開けない。命令書には封印の間を破壊せよとある。だが、理由がわからないまま壊すことはできない」


 マルクが不安そうに言う。


「王命に背くことになります」


「理由も知らずに壊すよりはましだ」


 カイルは聖剣を鞘に収めた。


「俺は勇者だ。王国の道具じゃない」


 言ってから、自分でその言葉の重さに気づいた。


 王国の道具じゃない。


 では、レインを追放した時の自分はどうだったのか。

 王国が望む勇者像に酔い、戦えない仲間を不要と切り捨てた。

 役に立つかどうかだけで価値を決めた。


 それは、今の王国と何が違うのか。


 カイルは拳を握った。


 その時、通路の奥から低い振動が響いた。


 扉の紋様が、わずかに赤く光る。


 リシアが杖を構えた。


「何か来る」


 エリオットが祈りを唱え始める。


 ダリオが大剣を握る。

 マルクも震えながら杖を構えた。


 扉の向こうではない。


 背後の通路から、複数の足音が近づいてくる。


 王国兵だった。


 黒い外套をまとい、王国の紋章を隠した兵たち。

 その中心に、命令書を持つ男がいる。


「勇者カイル」


 男は冷たい声で言った。


「宰相閣下の追加命令です。直ちに封印の間を開き、破壊を実行してください」


 カイルは振り返った。


「理由を聞かせてもらう」


 男の目が細くなる。


「勇者に理由は不要です。命令に従いなさい」


 その言葉で、カイルの中の何かが決定的に冷えた。


 墓所の静けさの中で、聖剣の柄に手を置く。


「なら、従えない」


 王国兵たちが武器に手をかける。


 勇者パーティーの背後には、世界の罪を封じる墓所。

 前には、命令を押しつける王国兵。


 魔王城と呼ばれた場所で、カイルは初めて王国に逆らった。


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