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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第6章 勇者パーティー崩壊

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第32話 転移罠

 毒沼を抜けた翌朝、勇者パーティーは予定より大きく遅れていた。


 マルクの手足には包帯が巻かれ、エリオットの浄化で毒の進行は止まっている。

 だが、歩く速度は落ちていた。

 リシアも前日の氷魔法で魔力を消耗している。

 ダリオは表面上は元気そうに振る舞っていたが、呪われた宝剣の影響がまだ残っているのか、時折右手を握ったり開いたりしていた。


 カイルは先頭を歩きながら、王国から支給された地図を見ていた。


 地図には、魔王城へ向かう道が一本、迷いなく描かれている。

 毒沼を抜け、外縁の石碑を越え、古い砦跡を通り、魔王城の正門へ向かう。


 あまりにも整いすぎている道だった。


 昨日までなら、何の疑問も持たなかったかもしれない。

 王国が用意した地図。

 王国が選んだ進路。

 勇者に与えられた正式な情報。


 それに従うのは当然だと思っていた。


 だが、今は違う。


 毒沼は危険だった。

 地図には、毒沼の詳しい性質も、避けるべき場所も書かれていなかった。

 あれが単なる記載漏れなのか、意図的なものなのか。

 カイルには判断できない。


「カイル、また地図?」


 リシアが声をかけた。


「ああ」


「気になるの?」


「気にならない方がおかしい」


 そう答えてから、カイルは自分の言葉に少し驚いた。


 以前の自分なら、こんな言い方はしなかった。

 王国の地図を疑うなど、考えもしなかった。


 ダリオが大剣を肩に担ぎながら言う。


「昨日の毒沼で懲りたからな。俺も、もう宝箱と綺麗な道は信用しねえ」


「宝箱は最初から信用しないでほしかったわ」


 リシアが呆れたように言った。


 ダリオは気まずそうに顔をそらす。


「それは反省してる」


 そのやり取りに、少しだけいつもの空気が戻りかけた。


 だが、それもすぐに消える。


 道の先に、石造りの小さな祠が見えた。


 半壊した壁。

 苔むした柱。

 中央には、古い台座。

 台座の上には、青黒い宝石のようなものが置かれている。


 周囲には魔物の気配がない。

 不自然なほど静かだった。


 カイルは手を上げ、全員を止めた。


「近づくな」


 ダリオがすぐに足を止める。

 リシアも杖を構え、エリオットは祈りの姿勢を取った。

 マルクだけが少し遅れて立ち止まる。


「祠ですね。地図にも印があります」


 マルクが地図を覗き込んだ。


「ここは休息地点と書かれています。魔王領へ向かう討伐隊が使っていた場所だと」


「休息地点にしては、静かすぎる」


 カイルは祠を見つめた。


 台座の宝石が、かすかに光っている。


 リシアが目を細める。


「あれ、魔石ね。でも、色が変。転移系の魔力に似てる」


「転移?」


 ダリオが眉をひそめる。


「罠か?」


「わからない」


 リシアは首を横に振った。


「私は専門じゃない。探知はできるけど、構造までは読めない」


 その言葉に、沈黙が落ちた。


 レインなら。


 誰も口にしなかったが、空気がそう言っていた。


 カイルは唇を引き結んだ。


「マルク、簡易探知を」


「はい」


 マルクは慎重に杖を掲げた。


 魔法陣が展開され、青い光が祠を包む。

 以前の宝剣の時よりも、彼の表情は硬い。自信満々だったあの頃とは違い、今は失敗を恐れているようだった。


「爆発反応はありません。毒もなし。ただし、転移魔力が台座の周囲に集中しています」


「安全か?」


 カイルが尋ねると、マルクは言葉に詰まった。


「安全とは……断言できません」


 以前なら、カイルは苛立ったかもしれない。

 はっきりしろ。進むぞ。そう言ったかもしれない。


 だが、今はその曖昧さを責められなかった。


 断言できない時に、断言しない。

 それも必要な判断だ。


「祠は避ける」


 カイルは決めた。


「台座には触れない。距離を取って通過する」


 全員が頷いた。


 祠の横を大きく迂回する。

 カイルは足元を見ながら進んだ。

 石畳の割れ目。

 苔の生え方。

 土の沈み方。


 怪しいものを探す。


 レインほど正確には見えない。

 だが、見ようとすることはできる。


 祠を通り過ぎようとした時だった。


 マルクが小さく声を上げた。


「待ってください」


 カイルが振り返る。


 マルクは祠の柱に刻まれた文字を見ていた。


「ここ、王国語の文字があります」


「読むな。離れろ」


 カイルは即座に言った。


 だが、遅かった。


 マルクはすでに最初の一文を口にしていた。


「王命により、封印の道を開く――」


 その瞬間、台座の宝石が強く光った。


 カイルの背筋が凍る。


「全員、離れろ!」


 叫びと同時に、祠の周囲に魔法陣が浮かび上がった。


 地面に隠れていた紋様が光り、祠全体が青黒い光に包まれる。


 リシアがマルクへ手を伸ばした。


「マルク!」


 だが、光は一瞬で広がった。


 視界が歪む。

 足元が消える。

 空気がねじれる。


 カイルは聖剣を地面に突き立て、踏みとどまろうとした。


 だが、体が引きずられる。


 誰かの叫び声が聞こえた。


 次の瞬間、世界が反転した。


 カイルは石の床に叩きつけられた。


「ぐっ……!」


 肺から息が漏れる。


 すぐに起き上がり、周囲を確認する。


 暗い石造りの通路だった。

 壁には古い魔石灯が並んでいるが、半分以上は消えている。空気は冷たく、湿っている。どこか地下のようだった。


「リシア! ダリオ! エリオット! マルク!」


 返事はすぐにはなかった。


 カイルは聖剣を構え、耳を澄ませる。


 遠くで水滴が落ちる音。

 風の音。

 そして、低い唸り声。


 魔物がいる。


 カイルは歯を食いしばった。


 分断された。


 転移罠だ。


 いや、罠だったのか。

 それとも、王国が用意した道だったのか。


 祠には王国語が刻まれていた。

 王命により、封印の道を開く。

 マルクが読んだ途端に発動した。


 つまり、王国に関係する術式だった可能性が高い。


「くそ……」


 カイルは低く吐き捨てた。


 その頃、リシアは別の通路に倒れていた。


 彼女はすぐに杖を探し、近くに落ちているのを見つけて安堵した。


「カイル! 誰か!」


 声は石壁に反響するだけだった。


 近くには誰もいない。


 リシアは唇を噛んだ。


「最悪……」


 壁に手をつき、魔力の流れを探る。

 転移の残滓がある。だが、行き先は複数に分かれている。全員が別々の場所へ飛ばされた可能性が高い。


 リシアは杖を握りしめた。


「レインなら、あの文字を読む前に止めてたわね」


 自嘲するように呟く。


 言っても仕方ない。

 レインはいない。


 今は自分で考えるしかない。


 一方、ダリオは狭い部屋に飛ばされていた。


 部屋の中央には、錆びた鎖がいくつも垂れている。

 壁には古い武器が突き刺さり、床には白い骨が転がっていた。


「趣味の悪い場所だな、おい」


 ダリオは大剣を構えた。


 右手が少し震える。

 呪われた宝剣の記憶が、まだ残っている。


 力が欲しいか。


 あの声を思い出し、彼は奥歯を噛んだ。


「いらねえよ、くそが」


 その時、骨の山が動いた。


 ダリオは大剣を構え直す。


「来いよ。今度は、自分の剣でやる」


 エリオットは、古い礼拝堂のような場所にいた。


 天井は崩れ、床には割れた石像が散らばっている。

 不思議なことに、その石像は王国の女神像ではなかった。白い花を抱く女性像。見たことのない意匠だった。


 エリオットは胸の前で祈ろうとして、手を止める。


「ここは……本当に魔王の領域なのですか?」


 聖職者として学んできた魔王領の知識と、目の前の光景が合わない。


 邪悪な祭壇ではない。

 むしろ、誰かを慰めるための場所に見えた。


 彼は不安を覚えながら、仲間を探すため歩き出した。


 マルクは、暗い水路のそばで膝をついていた。


 自分が文字を読んだせいだ。


 その思いが、頭から離れない。


「僕が……また……」


 宝剣の時も見抜けなかった。

 毒沼でも足を滑らせた。

 そして今、祠の文字を読んで転移罠を発動させた。


 レインの代わりとして加わったはずなのに、何一つ代わりになれていない。


 足音がした。


 マルクは慌てて杖を構える。


 暗闇の奥から、何かが這い出してきた。


 人の形に似ている。

 だが、顔は崩れ、体には封印布のようなものが巻きついている。


 マルクは震える手で杖を構えた。


「火球を……いや、ここで火は……」


 自分の判断が信じられない。


 その迷いの間に、怪物が近づいてくる。


 マルクは泣きそうな顔で、別の魔法陣を描いた。


「雷よ、弾けろ!」


 小さな雷撃が走り、怪物を弾き飛ばす。


 倒せはしない。

 だが、距離は取れた。


 マルクは息を荒げながら後退した。


 カイルは、通路の奥から聞こえる魔物の気配を警戒しながら歩いていた。


 壁に刻まれた文字は、王国語ではない。

 だが、途中に後から刻まれた王国語の標識があった。


「封印外郭、第三連絡路」


 カイルは足を止めた。


 魔王城ではない。


 やはり、ここは封印施設だ。


 王国はこの場所を知っていた。

 王国語の標識がある。

 そして、王国の命令書には封印の間を破壊せよとあった。


 点がつながり始めている。


 だが、まだ何かが足りない。


 レインなら。


 また、その名が浮かんだ。


 カイルは苦笑した。


「いない奴に頼ってどうする」


 それでも、今の自分がしていることは、レインがしていたことの真似だった。


 立ち止まる。

 見る。

 疑う。

 すぐに結論を出さない。


 カイルは標識の下を調べた。


 そこには、古い文字で別の言葉が刻まれていた。

 読めない。

 だが、指でなぞると、どこか祈りの言葉のように感じられた。


 その時、遠くからリシアの声が響いた。


「カイル!」


「リシア!」


 カイルは走り出そうとして、足を止めた。


 床を見る。


 通路の中央に、薄い光の線が走っている。

 踏めば、また何かが発動するかもしれない。


 カイルは大きく迂回した。


 その自分の動きに、少しだけ苦笑する。


 本当に、レインみたいだ。


 だが、その慎重さのおかげで、光の線は発動しなかった。


 カイルは通路の角を曲がる。


 その先で、リシアが杖を構えて立っていた。


「無事か?」


「ええ。そっちは?」


「問題ない」


「問題だらけよ」


 リシアはそう言いながらも、少し安心したように息を吐いた。


 二人は周囲を確認し、他の仲間を探すことにした。


 その途中、壁に大きな石碑があった。


 苔と埃に覆われていたが、王国語の注釈が残っている。


 カイルは慎重に読む。


「封印区域内における転移路は、王命を持つ者のみ使用を許可する」


 リシアが眉をひそめた。


「王命を持つ者のみ?」


「俺たちは王国の命令書を持っている」


「だから発動した?」


「おそらく」


 カイルは命令書を取り出した。


 魔王ゼルグレイスを討伐せよ。

 封印の間を破壊せよ。


 この命令書そのものが、転移路を開く鍵だったのかもしれない。


 ならば、王国は最初からこの道へ自分たちを導くつもりだった。


 毒沼も、祠も、転移路も。

 すべてが魔王城の中心へ向かうための道筋だったとしたら。


 カイルは背筋が冷えるのを感じた。


「リシア」


「何?」


「俺たちは、本当に魔王を倒しに来たのか?」


 リシアは答えられなかった。


 遠くの通路で、ダリオの怒声が響いた。

 続いて、マルクの雷撃音。

 エリオットの祈りの声。


 仲間たちはまだ生きている。


 カイルは聖剣を握り直した。


「合流する。話はそれからだ」


 だが、胸の中の疑問はもう消えなかった。


 王国は何を知っている。

 何を隠している。

 そして、自分たちに何を壊させようとしているのか。


 転移罠は、勇者パーティーを分断しただけではなかった。


 カイルの中に残っていた王国への信頼にも、深い亀裂を入れていた。


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