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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第5章 王都からの使者

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第30話 魔王城へ向かう理由

 魔王城方面で、封印圧が低下している。


 ノルのその言葉に、エルネ村の空気は一瞬で変わった。


 村を守ると決めたばかりだった。

 井戸を守り、畑を守り、ミラを王国へ渡さない。

 そのために、柵を直し、薬を用意し、監視点を潰すはずだった。


 だが、ノルが告げた異変は、村の外から来ていた。


「封印圧ってのは、要するに何だ」


 ガルドが斧を担いだまま尋ねる。


「簡単に言えば、蓋を押さえる力だ」


 ノルは地下入口の上で光を揺らした。


「百年前、ルミナリア王と魔王ゼルグレイスは、古代兵器を封じた。その封印は一枚岩ではない。いくつもの支点と守護核で成り立っておる」


「守護核が魔王ゼルグレイスか」


 レインが言うと、ノルは頷くように光った。


「そうだ。魔王城と呼ばれている場所は、実際には主封印を守る中枢施設だ。ゼルグレイスはそこに留まり、封印の崩壊を抑えてきた」


 セラが顔をこわばらせる。


「王国は、それを知っているの?」


「少なくとも、上層部は知っておるだろうな。知らぬのは、民と兵と、勇者本人くらいであろう」


 勇者本人。


 その言葉に、レインはカイルの顔を思い出した。


 白銀の鎧。

 聖剣。

 王都の歓声。

 そして、追放を告げた冷たい声。


 あの日のことを思い出すと、今でも胸は痛む。

 だが、今は怒りだけを見ている場合ではなかった。


「カイルたちは、魔王を倒せば世界が救われると思っている」


「王国がそう教えてきたからね」


 セラが低く言った。


「勇者パーティーは、王国にとって一番使いやすい刃よ。正義の名で動く。疑わずに進む。民も称える。失敗しても、魔王が強かったと言えば済む」


 ガルドが舌打ちする。


「いいように使われてるってわけか」


「おそらくな」


 レインは拳を握った。


「でも、カイルが魔王を倒せば、封印が弱まる。下手をすれば古代兵器が目覚める」


「そういうことだ」


 ノルの声は重かった。


「王国の狙いは魔王討伐ではない。守護核を傷つけ、封印を破り、その奥にあるものを手に入れることだ」


 ミラは首飾りを握りしめた。


「その奥にあるものって……古代兵器?」


「今わかっている範囲ではな」


 ノルは少しだけ言葉を濁した。


 レインはそれに気づいたが、今は追及しなかった。


 すべてを一度に知ろうとすれば、ミラが危うい。

 それは昨日、嫌というほど理解した。


「じゃあ、放っておけないね」


 ミラが小さく言った。


 レインは彼女を見た。


「ミラ」


「だって、勇者の人たちは知らないんでしょう? 魔王が本当は封印を守ってるかもしれないって。王国に利用されてるかもしれないって」


「そうだと思う」


「なら、伝えなきゃ」


 ミラの声は震えていた。

 けれど、その目は逃げていなかった。


「魔王を助けたいとか、王国を倒したいとか、まだそこまではわからない。でも、知らないまま誰かが取り返しのつかないことをするなら、止めたい」


 ガルドが大きく息を吐く。


「魔王を止めるんじゃなく、勇者を止めに行くのか。とんでもねえ話になってきたな」


「魔王城へ向かうには、距離があるわ」


 セラが冷静に言った。


「王国の部隊も動いている。エルネ村を空にするのは危険よ」


「全員で行く必要はない」


 レインは村の地面に描いた簡易地図を見た。


 エルネ村。

 魔王城方面。

 王都からの街道。

 王国の監視点。


「村は捨てない。ガルドには残ってほしい」


「あ?」


 ガルドの眉が上がる。


「俺だけ留守番か?」


「守りが必要だ。王国がまた来る可能性がある。今この村で正面から兵を止められるのはガルドだけだ」


「そう言われると断りにくいな」


「それに、腕もまだ治りきっていない」


 セラがすかさず言う。


「ほら見ろ。薬師までそう言ってる」


「薬師に言われると腹が立つ」


「医療的判断よ」


 ガルドは不満そうに鼻を鳴らしたが、やがて斧を肩から下ろした。


「わかった。村は俺が見る。だが、王国兵が大勢で来たら長くは持たねえぞ」


「長く持たせなくていい。監視点を潰して、入口に罠を増やす。ノルも地下施設から警戒できるんだろう?」


「もちろんだ。わしをただの喋る石と思うな」


「思っていた」


「失礼な」


 レインは続けた。


「セラには来てもらいたい。封印や研究機関の知識が必要になる」


「言われなくても、そのつもりよ」


 セラは薬鞄を閉じた。


「王国が古代兵器を狙っているなら、研究機関の資料と照らし合わせる必要がある。魔力暴走への薬も持っていくわ」


 残る問題は、ミラだった。


 レインは彼女を見た。


「ミラは村に残ってほしい」


 ミラの顔がすぐに曇る。


「どうして?」


「危険すぎる。王国はミラを狙っている。魔王城に近づけば、封印が反応するかもしれない。記憶も不安定だ」


「でも、私がいないと開かない扉があるかもしれない」


「それでも――」


「レイン」


 ミラは遮った。


 強い声だった。


「私は、ここに残るって決めた。自分のことを知るって決めた。なのに、大事なところだけ置いていかれたら、また一人で待つだけになる」


 レインは言葉を失った。


「怖いよ。魔王城なんて行きたくない。王国にも会いたくない。でも、私の首飾りや記憶が関係してるなら、私も知らなきゃいけない」


 ミラは胸元の青い石を握った。


「私は鍵かもしれない。でも、鍵として使われるんじゃなくて、自分で選びたい」


 ノルが静かに光った。


「よい答えだ」


 レインは黙ってミラを見つめた。


 本当は残ってほしい。

 安全な場所にいてほしい。

 だが、エルネ村はもう安全な場所ではない。

 そして、ミラを守るということは、彼女から選ぶ権利を奪うことではない。


「わかった」


 レインはゆっくり頷いた。


「一緒に行こう。ただし、無理はしない。記憶が揺らいだらすぐ休む。危険だと判断したら引き返す」


「うん」


「約束できるか?」


「約束する」


 ミラは真剣に頷いた。


 ガルドが二人を見て、ふっと笑った。


「まるで親父と娘だな」


「違う」


 レインとミラの声が重なった。


 セラが小さく笑う。


「息は合っているわね」


 少しだけ、重苦しかった空気が和らいだ。


 だが、時間はない。


 ノルが魔法図を空中に映し出した。

 魔王城へ向かう最短路。

 王国軍が使う街道。

 古いルミナリアの地下道。

 今も通れるかどうか不明な避難路。


「地上の街道を使えば王国に見つかる」


 ノルが言う。


「ならば、旧避難路を使うべきだ。エルネ村の地下施設から途中までは繋がっておる。ただし、百年以上使われていない。崩落や魔物の侵入は覚悟せよ」


「楽な道はないのか?」


 ガルドが尋ねる。


「人生にも地図にも、楽な道は大抵罠である」


「石に人生を語られたくねえな」


「古代魔導具だ」


 レインは魔法図を見つめた。


 旧避難路を通れば、王国の監視を避けて魔王城方面へ近づける。

 だが、村を出ることになる。

 守ると決めた場所を、一時的に離れなければならない。


 迷いがないと言えば嘘になる。


 それでも、行かなければならない。


 魔王城で封印が破れれば、エルネ村だけ守っても意味がない。

 王国がミラを狙う理由も、封印の真実も、魔王ゼルグレイスに会わなければ確かめられない。


「出発は?」


 セラが尋ねる。


「明朝」


 レインは答えた。


「今夜は準備をする。薬、食料、道具、地下道の地図。村の防衛もできる限り整える」


 ガルドが頷いた。


「任せろ。入口に三つ、嫌な仕掛けを作っておく」


「殺す罠はやめてくれ」


「わかってる。転ばせて、泥まみれにして、心を折る程度だ」


「それも十分嫌だな」


 ミラが少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、レインは改めて思った。


 この笑顔を、王国の研究室にも、封印の道具にもさせない。


 夜が来るまで、全員が動いた。


 ガルドは村の入口に鳴子と落とし穴まがいの仕掛けを作り、セラは薬を調合し、ミラは井戸水を革袋に詰めた。

 レインは地下道用の道具を鑑定し、使えるものと危険なものを選り分けた。


 夜半、準備を終えた頃。


 ノルが地下施設から新たな反応を拾った。


「魔王城外縁に、勇者パーティーの魔力反応を確認」


 レインは顔を上げた。


「カイルたちが?」


「おそらくな。封印の外門付近まで到達している」


 ミラが息を呑む。


 セラの表情も険しくなる。


 ノルは続けた。


「時間は多くない。彼らが封印の間へ入れば、王国の命令が実行される可能性がある」


 レインは魔王城方面の闇を見た。


 かつて自分を追放した勇者が、今、世界を壊す刃にされようとしている。


 止めなければならない。


 恨みが消えたわけではない。

 許したわけでもない。

 けれど、それとは別に、見過ごせないものがある。


「明朝、出る」


 レインは静かに言った。


「魔王を倒すためじゃない。魔王城で、何が本当なのかを確かめるために」


 エルネ村の井戸が、月明かりの下で静かに揺れていた。


 その水面には、遠く黒い城へ続く道が、かすかに映っているように見えた。


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