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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第5章 王都からの使者

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第29話 レイン、村を守ると決める

 セラが持ち出した研究資料は、薄い紙束にすぎなかった。


 だが、そこに書かれていた内容は重かった。


 封印鍵。

 血統照合。

 魔力抑制具。

 記憶継承反応。

 古代兵器起動仮説。


 どの言葉も、ミラを人として見ていなかった。


 王国研究機関にとって、ミラは一人の少女ではない。

 封印を開くための条件。

 古代兵器へ近づくための道具。

 失われたルミナリア王家の血を引く、使える素材。


 レインは紙束を閉じ、深く息を吐いた。


「胸糞悪い資料だな」


 ガルドが低く言った。


 彼は井戸のそばに座り、巨大な斧の刃を布で拭いている。

 その動きは荒っぽいが、目だけは真剣だった。


「でも、必要な資料よ」


 セラは薬鞄を整理しながら言った。


「抑制具の術式がわかれば対策を作れる。眠り薬の成分がわかれば解毒薬も用意できる。王国が何を狙っているのか知れば、先に動ける」


「知るほど嫌になるな」


「知らないまま奪われるよりはいいわ」


 セラの声は冷静だった。

 けれど、指先はわずかに震えていた。


 研究機関で見たもの。

 助けられなかった子どもたち。

 逃げた自分への悔い。


 彼女はそれを隠そうとしている。

 だが、完全には隠しきれていなかった。


 ミラは井戸の縁に腰かけ、首飾りを両手で握っていた。


 青い石は、朝の光を受けてかすかに光っている。

 以前なら綺麗だと思えたかもしれない。

 けれど今、その光は王国が彼女を狙う理由でもあった。


「私がいなければ」


 ミラが小さく呟いた。


 レインは顔を上げる。


「ミラ」


「私がいなければ、王国はこの村に来ないんじゃないかな」


 その言葉に、ガルドの手が止まった。

 セラも薬瓶を置く。


 ミラは俯いたまま続けた。


「レインは追われなくて済む。ガルドも、セラも、ここで危ない目に遭わなくて済む。井戸も畑も、少しずつ戻ってきたのに、私がいるから全部壊されるかもしれない」


「違う」


 レインは即座に言った。


 ミラが顔を上げる。


「王国が来るのは、ミラのせいじゃない。王国が欲しがっているからだ。奪おうとしているからだ」


「でも、狙われてるのは私で」


「だからといって、悪いのはミラじゃない」


 レインは資料を持ち上げた。


「ここに書かれているのは、王国が何をしようとしているかだ。ミラが何をしたかじゃない」


 ミラの瞳が揺れる。


「でも、怖いの」


「うん」


「私、鍵なんかじゃないって思いたい。でも、首飾りは反応する。地下の扉も開いた。王女ミラの記憶も見える。私が普通じゃないのは、本当なんだよ」


 レインは少し黙った。


 安易に否定することはできない。

 ミラの首飾りは本物だ。

 地下扉は彼女に反応した。

 ルミナリア王家の記憶も、彼女の中に眠っている。


 けれど、それでも。


「普通じゃなくても、人だ」


 レインは言った。


「それだけは変わらない」


 ミラは唇を噛んだ。


 その時、ノルが地下入口からふわりと浮かび上がってきた。


「珍しくまともなことを言うではないか、未熟な鑑定士」


「珍しくは余計だ」


「事実を述べたまでだ」


 ノルはいつものように偉そうだったが、その光はどこか穏やかだった。


「鍵とは役割であって、存在のすべてではない。扉を開ける者にも、開けぬ選択はある。使われるのではなく、自ら選ぶならば、それは道具ではない」


 ミラはノルを見た。


「私が、選べるの?」


「当然だ。選べぬ鍵など、ただの金属片である。おぬしは金属片ではなかろう」


「うん……たぶん」


「そこは断言せぬか」


 ノルの声に、ミラが少しだけ笑った。


 その笑みを見て、レインは胸の奥がわずかに緩むのを感じた。


 だが、状況は笑って済むものではない。


 王国はもう、この村を見つけている。

 支援団を装い、監視石を置き、夜にはミラをさらおうとした。

 次はもっと大きな部隊が来る。


 このまま村に残れば危険だ。

 しかし逃げても、ミラの首飾りがある限り追跡されるだろう。

 セラも研究機関から追われている。

 ガルドも王国軍から逃亡者扱いされている。


 ここにいる全員が、王国にとって都合の悪い存在だった。


「一つ確認したい」


 レインは三人と一枚の石板を見回した。


「この村を出る選択肢もある。逃げるなら、今しかないかもしれない。王国が本隊を出す前に、森を抜けて別の町へ向かう」


 ミラが息を呑む。


 ガルドは斧を肩に担いだ。


「俺は逃げてもいいが、どうせ追われる。なら、井戸の水が飲める場所で迎え撃つ方がましだ」


 セラも静かに言う。


「私も同じ。研究機関は私を逃がさない。どこへ行っても追っ手は来る。それに、ここには資料にないルミナリアの記録がある。対抗策を作るなら、この村にいる方がいい」


 ノルは得意げに光った。


「わしは施設管理人格である。逃げられぬ」


「聞くまでもなかったな」


「扱いが雑だぞ」


 最後に、レインはミラを見た。


 ミラは井戸の水面に目を落とした。


 水は静かに揺れている。

 昨日まで濁っていた井戸。

 百年前の声を抱えた井戸。

 そして今は、皆の食事と薬と生活を支えている井戸。


「私は、ここにいたい」


 ミラは言った。


「怖い。でも、逃げるより、ここで知りたい。王女ミラのことも、ルミナリアのことも、この村の人たちのことも。私が何者なのかも」


 彼女は顔を上げた。


「それに、ここはもう一人じゃないから」


 レインは静かに頷いた。


「わかった」


 彼は立ち上がった。


 崩れた家々。

 荒れた畑。

 半分壊れた柵。

 地下へ続く階段。

 澄んだ水をたたえる井戸。


 とても村と呼べる状態ではない。

 王国に対抗できる砦でもない。


 それでも、ここには暮らしが戻り始めている。

 食卓ができた。

 水が戻った。

 仲間ができた。


 レインは、もう通りすがりではなかった。


「この村を守る」


 自分の口から出た言葉は、思ったよりもはっきりしていた。


 ミラが目を見開く。


 ガルドがにやりと笑う。

 セラは少しだけ驚いたようにレインを見た。

 ノルの光が、興味深そうに瞬く。


「俺は勇者じゃない。戦えないし、国を動かす力もない。だけど、見えるものはある。井戸の傷も、道具の嘘も、王国の仕掛けも、ここに残された過去も」


 レインは資料を握りしめた。


「見えるなら、見なかったことにはしない」


 その言葉を口にした時、レインは初めて、自分の中にあった迷いが少し消えるのを感じた。


 勇者パーティーを追放された。

 役立たずと言われた。

 自分の価値がわからなくなった。


 けれど今、自分が何をすべきかはわかる。


 この村を守る。

 ミラを道具にさせない。

 セラが持ち出した知識を無駄にしない。

 ガルドの斧が守ろうとする場所を作る。

 ノルが百年以上守ってきた記録を、再び沈黙させない。


「まず、やることを分けよう」


 レインは村の地面に棒で簡単な図を描いた。


「ガルドは入口と柵の補強。見張り台も直せる範囲で直す」


「任せろ。腕は動く」


 セラが即座に睨む。


「動かしすぎたら縫う」


「……ほどほどに動く」


「セラは薬と対抗薬。眠り薬、抑制具、魔力暴走への備えを頼みたい」


「井戸水を使えば、いくつか作れるわ」


「ミラは、井戸と首飾りの反応を教えてほしい。無理はしない。何か感じたらすぐ言う」


「うん」


「ノルは地下施設の記録整理。王国が狙う封印が何なのか、できるだけ早く調べたい」


「命令口調が気になるが、内容は妥当だ」


「俺は村の外周と、王国の道具を鑑定する。監視点も潰す」


 ガルドが楽しそうに笑った。


「村長みたいになってきたな、鑑定士」


「やめてくれ。向いてない」


「向いてるかどうかは、やってから決めりゃいい」


 セラも小さく頷いた。


「少なくとも、今ここで一番状況を見ているのはあなたよ」


 ミラが言った。


「私も、レインがいい」


 何がいいのかは言わなかった。

 けれど、その一言だけで十分だった。


 レインは照れくさくなり、地面の図へ視線を戻した。


「じゃあ、まずは――」


 その時、ノルの光が急に強くなった。


「待て」


 全員がノルを見る。


「地下施設の記録室から緊急反応が上がった。主封印の魔力が揺らいでおる」


「主封印?」


 レインの胸がざわつく。


 ノルの声は、いつになく硬かった。


「魔王城方面だ。守護核の周辺で、封印圧が低下している」


 セラの顔色が変わる。


「勇者パーティーが近づいているの?」


「可能性は高い」


 ガルドが低く唸った。


「村を守るって決めた矢先に、今度は魔王城かよ」


 レインは地下入口を見た。


 魔王ゼルグレイス。

 悪ではなく、封印を守る者かもしれない存在。

 そして、彼を討つために進んでいる勇者カイル。


 村を守るには、王国だけを見ていては足りない。


 封印が破れれば、この村どころか、もっと大きな災厄が起きるかもしれない。


 ミラが不安げに言った。


「レイン……どうするの?」


 レインは拳を握った。


 逃げない。

 見なかったことにしない。


 そう決めたばかりだ。


「調べる」


 彼は言った。


「魔王城で何が起きようとしているのか。王国が何をさせようとしているのか。全部、確かめる」


 エルネ村を守るための戦いは、村の中だけでは終わらない。


 レインはそのことを、はっきり理解した。


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