第25話 辺境復興支援団
王国からの警告が届いた翌朝、エルネ村には妙な静けさがあった。
井戸の水は変わらず澄んでいる。
畑の土も、昨日レインたちが起こしたままだ。
焚き火の煙も細く上がり、崩れた家の前ではセラが薬草を干している。
だが、誰も気を抜いてはいなかった。
ガルドは村の入口近くで斧を磨いている。
ミラは井戸のそばにいたが、何度も森の方を見ていた。
セラは薬草を並べながらも、耳だけは外の音を拾っている。
レインは昨夜届いた布を広げ、もう一度文面を確認していた。
「ルミナリア反応を確認。翌朝、正式調査団を派遣する。抵抗する者は反逆者とみなす」
短い文だった。
それなのに、そこには王国の傲慢さが詰まっている。
調査団。
正式。
抵抗。
反逆者。
つまり、こちらの事情など聞くつもりはないということだ。
「来たぞ」
ガルドが低く言った。
村の入口から続く道の向こうに、白い旗が見えた。
最初に現れたのは、王国の紋章を掲げた騎馬兵だった。
その後ろに、荷馬車が三台。
さらに兵士が十名ほど続く。
荷馬車には、木材、食料袋、薬箱、毛布が積まれていた。
遠目には、本当に復興支援のための一団に見える。
先頭の馬が、崩れた門の前で止まった。
馬上の男が、丁寧に帽子を取る。
「ここがエルネ村で間違いありませんか?」
声は穏やかだった。
年は三十代半ばほど。整った口ひげを生やし、上質な旅装束を着ている。腰には剣を佩いているが、いかにも文官風の男だった。
レインは前へ出た。
「そうだ。あなたは?」
「王国辺境復興局所属、調査官ラウル・グレンと申します」
男はにこやかに名乗った。
「このたび、エルネ村において水脈の異常反応が確認されました。王国としては、辺境の復興を支援するため、食料と資材をお持ちした次第です」
あまりにも丁寧な言い方だった。
ガルドが小さく鼻を鳴らす。
「ずいぶん親切な王国だな」
ラウルはガルドを見る。
「あなたは?」
「通りすがりの薪割りだ」
「ずいぶん大きな斧をお持ちで」
「薪が太いんでな」
兵士の一人が不快そうに眉を動かしたが、ラウルは笑みを崩さなかった。
「皆様に敵意はありません。むしろ、この村が再び人の住める場所になるなら、王国としても喜ばしいことです」
「王国が、この村を覚えていたとは意外だ」
レインが言うと、ラウルの目が一瞬だけ細くなった。
「王国は、すべての土地を把握しています」
「廃村でも?」
「廃村だからこそです。魔物や盗賊の根城になる恐れがありますから」
もっともらしい答えだった。
だが、レインは信じなかった。
王国はこの村を廃村として扱ってきた。
昨日まで誰も助けに来なかった。
ミラが一人で暮らしていた間も、井戸が濁っていた間も、王国は何もしなかった。
それが、井戸の水が戻り、地下への入口が開いた途端に復興支援団を送ってきた。
偶然であるはずがない。
「支援物資はありがたい」
レインは言った。
「ただ、この村はまだ不安定だ。荷馬車は入口に置いてもらえるか」
「中まで運び入れた方がよろしいのでは?」
「道が崩れている。馬車が入ると井戸周辺の地盤を傷める」
ラウルは笑顔のまま、村の中央を見た。
視線が井戸に向かう。
そして、その奥の地下入口へ向かった。
ほんの一瞬だ。
だが、レインは見逃さなかった。
この男は、最初から地下入口の位置を探している。
「なるほど。では、まず村の状況確認だけさせていただきましょう」
「状況確認?」
「人口、水源、居住可能な建物、周辺の魔物被害。復興支援には必要な情報です」
ラウルは自然な調子で言った。
「特に、水脈反応の中心と思われる井戸と、村の中央施設を確認したい」
ガルドが斧を肩に担ぎ直す。
「ずいぶん井戸が気になるんだな」
「水は村の命ですから」
「いいこと言うじゃねえか」
ガルドの声には、まったく感心していない響きがあった。
ミラがレインの後ろに隠れる。
ラウルの視線が、彼女へ向いた。
その瞬間、ラウルの笑みがほんの少し深くなった。
「そちらのお嬢さんは?」
ミラの肩が震える。
レインは一歩横へ出て、視線を遮った。
「村の住人だ」
「お名前を伺っても?」
「必要か?」
「復興支援の記録に必要です」
「記録なら後でこちらから出す」
「王国の書式がございますので」
「こちらにも事情がある」
二人の間に、静かな緊張が落ちた。
ラウルはなおも笑っていた。
だが、その目にはもう親切な調査官の色は薄い。
「失礼ですが、あなたはこの村の代表者ですか?」
「今はそう思ってもらっていい」
「正式な任命は?」
「ない」
「では、王国としては、あなたに村の管理権があるとは認められません」
ラウルは穏やかに告げた。
「エルネ村は王国領です。無許可での占有、地下施設への侵入、王国調査への妨害は、いずれも処罰対象となり得ます」
セラが薬草を持つ手を止めた。
ガルドの目つきが鋭くなる。
レインは静かに言った。
「やはり、支援ではなく調査が目的か」
「支援と調査は両立します」
「生存者を処分せよという命令とも両立するのか?」
ラウルの笑みが、初めて消えた。
レインは懐から、以前見つけた命令書を取り出した。
王国兵の死体が握っていたものだ。
血で汚れた羊皮紙。
そこには、ルミナリア遺構を確認し、生存者がいた場合は速やかに処分せよと書かれている。
ラウルは命令書を見た。
「古い命令書ですね」
「数日前に死んでいた王国兵が持っていた」
「辺境では、命令が誤って伝わることもあります」
「宰相の署名がある」
その言葉に、兵士たちの空気が変わった。
ラウルはしばらく黙っていた。
やがて、再び笑みを浮かべる。
「あなたは、なかなか危険なものを拾われたようだ」
「危険なのは紙か? それとも、そこに書かれた命令か?」
「解釈を誤れば、どちらも危険です」
レインはラウルの腰に下げられた指輪に目を向けた。
銀の指輪。
表面には、復興局の紋章が刻まれている。
だが、その内側に不自然な魔力の流れがある。
「鑑定」
レインは声に出さず、意識だけで発動した。
情報が流れ込む。
王国復興局支給指輪。
表面機能、身分証明。
内蔵術式、監視、位置記録、音声転送。
追加命令、対象少女を確認次第、拘束。
対象鑑定士、可能であれば生捕り。
レインの胸が冷える。
やはり、そうだ。
目的はミラと自分。
そして地下施設。
レインは表情を変えずに、ラウルを見た。
「村の中には入れられない」
「理由は?」
「あなたたちは支援団じゃない」
ラウルは静かに目を細めた。
「証拠は?」
「その指輪」
ラウルの右手が、わずかに動いた。
レインは続ける。
「身分証明用に見せかけて、監視と音声転送の術式が入っている。さらに、対象少女を拘束し、鑑定士を生捕りにする命令が刻まれている」
兵士たちが一斉に武器へ手をかけた。
ガルドが前に出る。
「おいおい。親切な支援団が、随分物騒な顔をするじゃねえか」
セラもミラを自分の背後へ下がらせる。
ラウルは指輪を撫でた。
「なるほど。報告通り、危険な鑑定士だ」
「褒め言葉として受け取っておく」
「あなたは、自分が何に首を突っ込んでいるのかわかっていない」
「それを調べているところだ」
ラウルは小さく息を吐いた。
「本来なら、穏便に済ませたかったのですが」
「拘束具と眠り薬を積んでおいて?」
ラウルの表情が完全に消えた。
荷馬車の奥に隠されているものまで見抜かれたと悟ったのだろう。
しばらく、誰も動かなかった。
井戸の水音だけが聞こえる。
やがてラウルは、片手を上げて兵士たちを制した。
「今日は引きましょう」
「隊長?」
兵士の一人が驚く。
「この村は、想定より準備ができている。無理に踏み込む必要はありません」
ラウルは再び帽子をかぶった。
「レイン・アルカード。あなたの返答は、王国への明確な拒絶として記録します」
「事実を記録するなら、そちらが先に嘘をついたことも書いておけ」
「記録とは、残す者が選ぶものです」
ラウルは馬に乗る。
そして最後に、ミラの方を見た。
「お嬢さん。王国の保護を拒めば、あなたを守れる者はいなくなりますよ」
ミラは震えていた。
だが、レインの袖を握りしめながら、小さく答えた。
「私は、ここにいます」
ラウルの目が冷える。
「そうですか」
復興支援団は、物資を一つも降ろさずに村の入口を離れていった。
白い旗が森の向こうへ消える。
ガルドが舌打ちした。
「引いたように見せただけだな」
セラも頷く。
「次は、もっと強引に来るわ」
レインはラウルたちが去った道を見つめた。
「ああ。今夜か、明日か」
ミラが不安そうに尋ねる。
「どうするの?」
レインは振り返り、村を見た。
井戸。
畑。
崩れた家。
地下への入口。
そして、ここに残ると決めた仲間たち。
「守る準備をする」
王国はもう、善意の仮面を外しかけている。
次に来る時は、支援団ではない。
エルネ村を奪うための敵として来る。




