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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第4章 地下遺跡と、消された王国

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第24話 呪われた宝剣

 黒い宝剣は、布に包んでもなお不気味な気配を放っていた。


 野営地の焚き火から少し離れた岩の上に置かれている。

 誰も近づこうとはしない。

 剣身は鞘に収まっているはずなのに、布の隙間から赤黒い光がにじんでいるように見えた。


 勇者カイルは、その剣を黙って見つめていた。


 洞窟で発見した時、剣は確かに強い力を放っていた。

 ダリオが手にした瞬間、その力は彼の肉体を強化した。

 だが同時に、精神を侵した。


 仲間に剣を向けたダリオの姿が、カイルの脳裏から離れない。


「浄化は終わったのか?」


 カイルが尋ねると、神官エリオットは疲れた顔で首を横に振った。


「応急処置です。ダリオの体から呪いの大部分は抜けましたが、完全ではありません。あの剣に触れた時間は短い。それなのに、侵食が速すぎる」


 エリオットの声には、隠しきれない不安があった。


 焚き火のそばでは、ダリオが毛布を肩にかけて座っている。

 いつもの豪快な笑みはなく、顔色も悪い。両手は震え、時折自分の右手を睨んでいた。


 その手が、仲間を斬ろうとしたからだ。


「俺は……本気で、お前らを斬ろうとしたのか」


 ダリオが低く呟いた。


 誰もすぐには答えなかった。


 魔法使いのリシアが火を見つめたまま言う。


「正気じゃなかったわ」


「それは慰めか?」


「事実よ。あなたの目、赤かった。声も変だった」


「じゃあ、俺じゃなかったって言いたいのか」


「そうは言ってない」


 リシアの声が硬くなる。


 カイルは二人の間に割って入ろうとしたが、言葉が見つからなかった。


 ダリオは頭を抱えた。


「俺は、力が欲しいと思った。あの剣を抜いた瞬間、これなら何でも斬れると思った。魔王だろうが、魔物だろうが、邪魔する奴は全部……」


 そこで言葉が途切れる。


 エリオットが静かに言った。


「呪いは、持ち主の欲望に入り込むものです。あなたの心にないものを作り出したわけではない。けれど、あったものを膨らませる」


「つまり俺が悪いってことか」


「違います。誰にでも欲はある。それを利用するのが呪具です」


 リシアが視線を黒い宝剣へ向けた。


「でも、どうして見抜けなかったの?」


 その言葉に、王宮推薦の攻撃魔法使いマルクが顔を上げた。


「僕を責めているんですか」


「責めてはいないわ。ただ、簡易探知では邪悪な反応はないって言ったでしょう」


「実際、反応はなかった!」


 マルクは声を荒げた。


「爆発罠も毒もなかった。魔力反応は剣本体のものだった。あんなふうに呪いを内側に畳み込んでいるなんて、普通の探知でわかるはずがない」


「普通の探知ならね」


 リシアが言った。


 その一言で、野営地の空気が凍った。


 普通の探知なら。


 つまり、普通ではない鑑定なら。

 レインなら。


 誰も名を出していないのに、全員が同じ人物を思い浮かべた。


 カイルは拳を握る。


「やめろ」


 自分でも驚くほど低い声が出た。


「今ここで、いない人間の話をしても仕方ない」


「いない人間にしたのは、誰?」


 リシアの声は小さかった。


 だが、確かにカイルへ向いていた。


 カイルは彼女を睨む。


「何が言いたい」


「別に」


「言え」


 リシアは唇を噛んだ。


 それでも、目を逸らさなかった。


「レインを外すのは早すぎたんじゃないかって言ってるの」


 焚き火が、ぱちりと音を立てた。


 ダリオも、エリオットも、マルクも黙っている。


 カイルは喉の奥が詰まるのを感じた。


「レインは戦えない」


「知ってるわ」


「魔王領では、戦えない者を守る余裕はない」


「それもわかってる」


「なら」


「でも、レインがいた時、私たちはこういう危険を避けてきた」


 リシアは黒い宝剣を指さした。


「あの子はいつも、触る前に止めた。飲む前に止めた。渡る前に止めた。面倒だったし、うるさいと思ったこともある。でも、今思えば、危険になる前に危険を消してくれていたのよ」


 カイルは反論しようとした。


 だが、言葉が出なかった。


 その通りだったからだ。


 レインの働きは、成果として残りにくい。

 魔物を倒したわけではない。

 派手な魔法を撃ったわけでもない。

 傷を癒したわけでもない。


 ただ、危険が起こる前に止めていた。


 だから誰も気づかなかった。

 気づこうともしなかった。


 ダリオが低く笑った。


 自嘲するような笑いだった。


「俺も散々言ったな。戦えねえ奴は荷物番でもしてろって」


 彼は震える手を見た。


「その荷物番がいなくなった途端、俺は呪いの剣に引っかかったわけだ」


「ダリオ」


「笑えねえな」


 エリオットは目を伏せた。


「私も、庇えませんでした」


 カイルは彼を見る。


「何の話だ」


「レインが追放される時です。私は、彼の働きを知っていました。少なくとも、無意味ではないとわかっていた。でも、強く止めなかった」


 エリオットの声には、悔いがあった。


「カイルの判断に従う方が楽だったからです」


 カイルの胸に、鋭い棘が刺さる。


 仲間たちの視線が、少しずつ自分へ向いているのを感じた。


 勇者である自分が決めた。

 レインは不要だと。

 戦えない者を連れていけないと。


 それは間違いだったのか。


 いや、まだわからない。

 魔王討伐はこれからだ。

 戦闘になれば、必要なのは火力であり、剣であり、回復だ。

 鑑定では魔王を倒せない。


 そう考えようとして、カイルは腰の聖剣に手を置いた。


 刃元には、まだ小さな欠けがある。


 レインはそれを見抜いていた。


 カイルはその手を、ゆっくり離した。


「今は進むしかない」


 カイルは言った。


「レインのことをどう思うにしても、俺たちは魔王討伐の命を受けている。引き返すわけにはいかない」


「それはそうだけど」


 リシアはまだ不満そうだった。


 カイルは黒い宝剣を見た。


「この剣は、王都へ持ち帰る。危険な呪具として封印する」


 エリオットが眉をひそめた。


「持っていくのですか?」


「放置はできない。誰かが拾えば同じことが起きる」


「それはそうですが、近くに置くのも危険です」


「なら、私が封印布を重ねます」


 エリオットは疲れた体を押して立ち上がった。


 マルクが気まずそうに言う。


「僕も、封印魔法なら少しは手伝えます」


 リシアは彼をちらりと見たが、何も言わなかった。


 その沈黙は、以前のパーティーにはなかったものだった。


 互いを信じていないわけではない。

 だが、どこかに小さなひびが入っている。


 カイルには、それがわかった。


 黒い宝剣を封印し直した後、夜の見張りは二人ずつ交代で行うことになった。


 カイルは最初の見張りを買って出た。


 焚き火の炎が弱まり、仲間たちが眠りにつく。

 ダリオは何度かうなされ、エリオットがそのたびに浄化の祈りを重ねた。

 リシアは杖を抱えたまま眠っている。

 マルクは離れた場所で丸くなっていた。


 カイルは一人、黒い宝剣の包みを見張っていた。


 包みは沈黙している。

 だが、そこにあるだけで空気が重い。


 レインなら、今どうしただろう。


 そう考えて、カイルは苛立った。


 またレインだ。

 追放した相手のことを、なぜ何度も考えている。


 だが、思い出は勝手に浮かんでくる。


 古い砦で見つけた指輪に、レインが触れるなと言ったこと。

 食料袋の中から毒草を取り除いていたこと。

 橋を渡る直前に、支柱が腐っていると止めたこと。

 リシアの杖の魔石を何度も磨いていたこと。

 ダリオの剣の刃こぼれを、本人に文句を言われながら直していたこと。


 あいつは、いつも下を向いて作業していた。


 誰かに褒められるのを待つでもなく、ただ黙って。


「俺は……何を見ていたんだ」


 カイルの口から、思わず言葉が漏れた。


 その時、黒い宝剣の包みがかすかに動いた。


 カイルはすぐに聖剣を抜く。


 布の隙間から、赤黒い光が漏れた。


 声がした。


 聞こえた、気がした。


 ――力が欲しいか。


 カイルは息を止めた。


 声は耳ではなく、頭の内側に響いている。


 ――お前は勇者だ。誰よりも強くなければならない。


 カイルは聖剣を構えたまま、後ずさった。


「黙れ」


 ――仲間はお前を疑っている。王国も、お前が成功することを望んでいる。ならば、力を取れ。


「黙れ!」


 声に反応して、仲間たちが目を覚ました。


「カイル!」


 リシアが叫ぶ。


 包みが裂け、黒い宝剣がひとりでに浮き上がった。


 赤い宝石が脈打つ。


 エリオットが祈りを唱える。


「聖なる光よ、邪なる縁を断て!」


 浄化の光が宝剣を包む。

 しかし、剣は激しく震え、闇を撒き散らした。


 ダリオが青ざめる。


「また、あれか……!」


 マルクが火球を作ろうとする。


「燃やします!」


「やめなさい!」


 リシアが叫んだ。


「封印布ごと爆ぜるわ!」


 カイルは聖剣を握りしめた。


 宝剣は彼を見ているようだった。

 剣なのに、目があるように感じた。


 ――勇者よ。お前にふさわしい力を。


「俺に必要なのは、お前の力じゃない」


 カイルは低く言った。


 自分に言い聞かせるように。


 ――では、何が必要だ。


 その問いに、カイルは一瞬言葉を失った。


 力。

 名声。

 王国からの期待。

 魔王を討つ使命。


 ずっと、それだけを見てきた。


 だが今、脳裏に浮かんだのは、荷台の隅で黙って薬草を選り分けていた鑑定士の姿だった。


 必要だったのは、力だけではない。


「見抜く目だ」


 カイルは聖剣を振り上げた。


 刃元が軋む。

 欠けた部分に負担がかかる。

 それでも、カイルは魔力を流しすぎないよう抑えた。レインが言っていた警告を思い出しながら。


 聖剣の光が細く、鋭く伸びる。


 力任せではない。

 ただ一点、宝剣の赤い宝石だけを狙う。


「はああっ!」


 聖剣が振り下ろされた。


 赤い宝石に刃が当たる。


 甲高い音が響き、宝石にひびが入った。


 エリオットの浄化がそこへ流れ込み、リシアの氷が剣身を覆う。

 マルクも今度は火ではなく、魔力遮断の術式を重ねた。


 黒い宝剣は激しく震え、やがて地面に落ちた。


 赤い光は消えていた。


 カイルは膝をついた。


 聖剣の刃元にも、さらに小さな亀裂が走っている。


 リシアが駆け寄る。


「カイル、怪我は?」


「ない」


「剣は?」


 カイルは聖剣を見た。


「……レインの言った通りだ。無理に魔力を流せば、折れていた」


 誰も何も言わなかった。


 ただ、その沈黙は先ほどまでとは違っていた。


 重く、苦い沈黙だった。


 翌朝。


 黒い宝剣は完全に封印された。

 だが、もう持ち帰る余裕はないと判断し、洞窟近くの岩場に埋め、エリオットが封印印を施した。


 ダリオの体調はまだ万全ではない。

 カイルの聖剣にも不安が残る。

 パーティーの空気はぎこちない。


 それでも、彼らは進むしかなかった。


 出発の直前、王国からの伝令鳥が空から舞い降りた。


 カイルは足筒に結ばれた命令書を外す。


 王国の封印。

 宰相ヴァルガスの署名。


 命令書には、短くこう書かれていた。


「魔王城到達後、魔王ゼルグレイスを討伐せよ。あわせて、封印の間を破壊せよ」


 カイルは眉をひそめた。


「封印の間……?」


 魔王を倒すだけではないのか。


 なぜ、封印を破壊する必要がある。


 胸の奥に、小さな違和感が生まれた。


 以前なら、命令だと受け入れていただろう。


 だが今のカイルは、黒い宝剣の赤い光と、レインの警告を思い出していた。


 見えるものだけを信じるな。

 見えていない危険こそ、先に見つけなければならない。


 カイルは命令書を握りしめ、魔王領の空を見上げた。


 勇者パーティーの綻びは、もう小さな亀裂では済まなくなっていた。


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