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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第4章 地下遺跡と、消された王国

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第23話 宰相ヴァルガスの影

 王都アストレアの夜は、辺境とは違う静けさに包まれていた。


 高い城壁の内側には、整えられた石畳の道が走り、街灯には魔石の明かりが灯っている。貴族街の屋敷には音楽が流れ、城の広間では今夜も晩餐会が開かれていた。


 人々は知らない。


 百年前に消された小国のことも。

 辺境の廃村で井戸の水が戻ったことも。

 その地下で、王国が隠した記録が目覚めたことも。


 王城の最上階、政務塔の奥にある執務室で、宰相ヴァルガスは一枚の報告書を読んでいた。


 年は五十を越えている。

 痩せた頬。

 灰色の髪。

 感情の薄い目。

 黒い礼服の胸元には、王国宰相の証である銀の徽章が留められている。


 机の上には、辺境地図が広げられていた。


 その一角。

 地図の端に近い場所に、小さな赤い印がついている。


 エルネ村。


 王国の正式な地図では、すでに廃村として扱われている場所だった。


「ルミナリア反応が再起動した、か」


 ヴァルガスは静かに呟いた。


 机の前には、黒衣の男が跪いている。王国軍ではなく、宰相直属の調査官だった。顔の半分を覆面で隠し、声も低い。


「はい。北方監視点より報告がありました。エルネ村中央部にて、水脈浄化系の魔力反応を確認。地下施設の封印反応も、一時的に上昇しています」


「井戸が戻ったという報告もあるな」


「はい。廃村内に人影を確認しています。人数は四名から五名。うち一名は、白銀色の髪を持つ少女」


 ヴァルガスの指が、報告書の上で止まった。


「少女」


「年齢は十六、あるいは十七前後。首元に青色の魔導具らしき反応あり。遠視記録では、白花三光紋に近い意匠が確認されました」


 部屋の空気が、わずかに冷えた。


 ヴァルガスは顔を上げる。


「白花三光紋。確かか」


「完全照合ではありません。ただし、ルミナリア王家の紋章と酷似しています」


「……百年かけて、ようやく表に出たか」


 その声には喜びも驚きもなかった。

 ただ、予定より遅れていた道具をようやく見つけたような、冷たい納得だけがあった。


 調査官は続ける。


「さらに、廃村内には逃亡傭兵ガルドを確認。王国研究機関から離反した薬師セラと思われる女もおります」


 ヴァルガスの眉が、ほんのわずか動いた。


「セラもそこへ流れたか」


「始末しますか」


「まだよい。あの女は知識を持っているが、決定的な証拠は持っていない。むしろ今は、泳がせた方がいい」


「では、優先対象は少女で?」


「違う」


 ヴァルガスは報告書の別の箇所を指で叩いた。


「この鑑定士だ」


 調査官がわずかに顔を上げる。


「レイン・アルカード。元勇者パーティー所属の鑑定士。先日、勇者カイルの一行より追放された者です」


「そうだ」


「戦闘能力は低く、脅威度は低いと見られますが」


 ヴァルガスは調査官を見た。


 それだけで、男は口を閉じた。


「戦闘能力」


 宰相はその言葉を、まるで価値のない石ころを拾うように繰り返した。


「兵士はすぐにそれを見る。剣を振れるか。魔法を撃てるか。敵を殺せるか。それは兵を動かすには必要な指標だ。だが、国を動かす時には別のものを見る」


「別のもの、ですか」


「何を知る者か。何を暴く者か。何を信じさせる者か」


 ヴァルガスは椅子にもたれた。


「戦場で最も恐ろしいのは、強い剣士ではない。都合の悪い事実を見つけ、それを真実として繋げる者だ」


 調査官は黙って頭を垂れた。


 ヴァルガスは報告書をめくる。


「このレインという男は、エルネ村到着後、井戸の浄化魔導具を再起動させている。旧倉庫から制御魔石を回収し、地下扉を開く前段階まで到達した可能性がある。さらに、派遣した小隊を殺さず無力化した」


「抵抗者として処分しますか」


「早すぎる」


 ヴァルガスは即座に言った。


「殺せば、何を知ったのか確認できない。捕らえる必要がある」


「鑑定士を?」


「正確には、鑑定士の目をだ」


 ヴァルガスは机の引き出しから、小さな黒い箱を取り出した。


 箱を開けると、中には割れた青い石の欠片が入っていた。

 ミラの首飾りに似た色。

 だが、光は濁り、石の奥には黒い筋が走っている。


「百年前、ルミナリアの記録をほとんど焼いた。それでも、完全には消せなかった。物は記憶を持つ。土地は痕跡を残す。だから、私は記録だけでなく、読む者も消してきた」


 調査官は息を呑んだ。


「では、レイン・アルカードは……」


「おそらく、残響を読んでいる」


 ヴァルガスの声は低かった。


「ただの鑑定士ではない。本人が自覚しているかは知らぬが、真実視に近い力を発現している可能性がある」


「真実視は、失われた能力では?」


「失われたことにした能力だ」


 ヴァルガスは箱を閉じた。


「王国にとって、あれほど不都合な力はない。隠蔽は、見つける者がいなければ成立する。だが、残響を読む者がいれば、焼いた文書も、埋めた死体も、消した村も、再び口を開く」


 その言葉の響きに、調査官は背筋を正した。


 ヴァルガスは窓の外へ目を向けた。


 王都の灯りが広がっている。

 多くの人々が、王国の歴史を信じて暮らしている。

 魔王は悪。

 ルミナリアは裏切りの小国。

 勇者は正義。

 王国は世界を守る盾。


 その物語があるから、国はまとまっている。


 真実など、民にとって必要とは限らない。


「明朝、正式調査団を派遣する」


 ヴァルガスは言った。


「名目は辺境復興支援。水脈異常の調査。逃亡傭兵の捕縛。薬師セラの保護。どれでもよい」


「実際の目的は」


「少女の確保。首飾りの回収。地下施設の封鎖。鑑定士レイン・アルカードの拘束」


「抵抗した場合は?」


「村人は反逆者として処理して構わぬ。ただし、少女と鑑定士は殺すな」


 調査官は深く頭を下げた。


「承知しました」


「もう一つ」


 ヴァルガスは机の上に置かれた別の報告書へ目を落とした。


 そこには、勇者パーティーの進路が記されている。


「勇者カイルの一行は?」


「魔王領外縁の洞窟を通過。予定より半日遅れています。途中、呪具による小規模な混乱があったようです」


「鑑定士を失った影響か」


「おそらくは」


 ヴァルガスは薄く笑った。


「若い勇者らしい。自分の剣が何を斬ろうとしているのかも知らず、ただ前へ進む」


「予定に支障は?」


「遅れは問題ではない。むしろ、少し迷わせておけ。迷った者ほど、最後には与えられた命令にすがる」


 ヴァルガスは魔王領の地図に目を落とした。


「勇者には魔王を討たせる。あるいは、少なくとも封印の守護核を傷つけさせる。それで十分だ」


「魔王討伐が成功すれば、封印は弱まると?」


「百年前の資料では、そう記されている」


 調査官の声がわずかに慎重になる。


「しかし、封印内部のものは危険ではありませんか」


 ヴァルガスはゆっくりと振り返った。


「危険だから価値がある」


 それ以上、調査官は何も言わなかった。


 宰相は立ち上がり、壁に掛けられた古い絵へ近づいた。


 絵には、初代アストレア王が魔王を討つ姿が描かれている。

 炎に包まれた黒い怪物。

 剣を掲げる王。

 その背後に跪く民。


 王都の至るところにある、よく知られた英雄画だった。


 ヴァルガスはその絵を見上げる。


「民は物語を求める。複雑な真実ではなく、わかりやすい正義を求める。魔王が悪で、王国が善。それでよい」


 彼は静かに言った。


「百年続いた物語を、辺境の鑑定士一人に壊されては困る」


 調査官は深く頭を下げ、音もなく部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 ヴァルガスは机に戻り、エルネ村の印を指でなぞった。


 その指先に、黒い魔力がほんの一瞬だけ滲んだ。


「ルミナリアの亡霊どもめ」


 彼は低く呟いた。


「今度こそ、完全に沈黙させてやる」


 窓の外では、王都の鐘が鳴っていた。


 それは民にとっては平和な夜を告げる鐘だった。

 だが、辺境の小さな村にとっては、新たな災厄が動き出した合図でもあった。


 翌朝。


 王都の南門から、白い旗を掲げた一団が出発した。


 荷馬車には食料と建材。

 護衛として王国兵。

 そして、復興支援団の印。


 だが馬車の奥には、拘束具と眠り薬、そして地下遺構を封鎖するための黒い魔石が積まれていた。


 その一団は、まっすぐエルネ村へ向かっていた。


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