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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第4章 地下遺跡と、消された王国

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第22話 少女の記憶

 地上へ戻った時、空はすでに夕暮れに染まっていた。


 地下の記録室では、時間の感覚が曖昧だった。

 青白い魔石灯。

 壁に残された記録。

 百年前の映像。

 そして、消された小国ルミナリアの真実。


 それらを見た後では、地上の空気さえ少し違って感じられた。


 井戸の水音。

 風に揺れる草。

 崩れた家の影。

 ガルドが薪を割る音。

 セラが薬草を並べる音。


 どれも昨日までと同じはずなのに、レインにはこの村そのものが何かを語り始めたように思えた。


 ミラは、ほとんど口をきかなかった。


 地下から上がってからも、彼女はずっと首飾りを握っていた。

 青い石はもう強く光っていない。けれど、完全に沈黙したわけでもなく、胸元で淡く脈打つように光を残している。


 レインは何度か声をかけようとして、やめた。


 何を言えばいいのかわからなかった。


 百年前の王女もミラという名だった。

 そして目の前のミラは、その血と記憶を継ぐ者かもしれない。


 それを知ったばかりの少女に、軽々しく「大丈夫だ」と言うことはできなかった。


 その夜、食事は静かだった。


 井戸水で煮た芋のスープ。

 少しだけ残っていた乾燥肉。

 セラが森で摘んだ香草。


 味は悪くないはずだった。

 だが、ミラは器を両手で持ったまま、ほとんど口をつけない。


「食べないと倒れるわよ」


 セラが静かに言った。


 いつもの皮肉っぽさはなかった。


「うん……」


 ミラは小さく頷き、スープを一口飲んだ。


 けれど、その表情は晴れない。


 ガルドもいつもなら何か大雑把な冗談を言うところだが、今日は黙っていた。

 ノルは地下に残っている。記録室の再起動に魔力を回すため、しばらく施設から離れられないらしい。


 焚き火の光が、四人の顔を揺らしていた。


「私ね」


 食事が終わりかけた頃、ミラがぽつりと言った。


 レインは顔を上げる。


「地下で見た女の子のこと、考えてた」


 誰も口を挟まなかった。


「王女ミラ。私と同じ名前の子。あの子、たぶん怖かったよね。城が燃えて、兵士が来て、お母さまと離れて……それなのに、生きてって言われて」


 ミラは自分の胸元を押さえた。


「私、あの子じゃないはずなのに、胸が痛いの。お母さまって呼びたくなる。知らない人なのに、知ってる気がする」


「記憶層が反応しているのかもしれないわ」


 セラが言った。


「でも、それはあなた自身の記憶とは違う。混ざっているだけよ」


「混ざってる……」


 ミラは不安そうに呟いた。


「じゃあ、いつか全部混ざったら、私はどうなるの?」


 その問いに、セラはすぐには答えなかった。


 代わりに、レインが口を開いた。


「全部を一度に思い出す必要はない」


「でも、思い出さなきゃいけないんでしょう? ルミナリアのことも、王国のことも、封印のことも」


「知る必要はある。でも、ミラが壊れてまで知る必要はない」


 ミラがレインを見る。


 レインは続けた。


「ノルも言っていた。順番を間違えれば人を壊すって。だから、今は休む。無理に扉を開けない。記憶も同じだ」


「でも、私が鍵なら……」


「鍵でも、ミラはミラだ」


 レインははっきり言った。


「鍵として必要だからここにいるんじゃない。俺は、井戸のそばで一人だったミラを放っておけなかった。王女の記憶があるからじゃない」


 ミラの瞳が揺れた。


「本当に?」


「ああ」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「少なくとも、俺は王女様だから守ってるわけじゃねえな」


「じゃあ、どうして?」


「飯を一緒に食ったからだ」


 あまりにも単純な答えだった。


 ミラがきょとんとする。


 ガルドは当然のように続けた。


「同じ鍋を囲んだ相手を見捨てたら、飯がまずくなる」


 セラがため息をついた。


「理屈が雑ね」


「わかりやすいだろ」


「否定はしないわ」


 ミラは少しだけ笑った。

 ほんの小さな笑みだったが、レインは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。


 その夜、ミラは早めに横になった。


 疲れていたのだろう。

 目を閉じてすぐに寝息を立て始めた。


 レインは焚き火のそばで、地下の記録を写した手帳を見返していた。

 ルミナリア王国。

 水脈制御。

 治癒魔導。

 古代兵器。

 魔王ゼルグレイス。

 王女ミラ。


 情報は増えた。

 だが、わからないことはもっと増えた。


 王国は今も封印を狙っているのか。

 勇者カイルたちはどこまで進んでいるのか。

 魔王を倒せば、本当に封印が弱まるのか。

 ミラの記憶は、どこまで開くべきなのか。


 考えているうちに、かすかな声が聞こえた。


「いや……」


 レインは顔を上げた。


 ミラが寝床でうなされている。


「お母さま……いや……行かないで……」


 レインはすぐに駆け寄った。


「ミラ」


 彼女の額には汗が浮かんでいる。

 目は閉じたまま、呼吸が浅い。


「扉を閉めて……王国が……火が……」


「ミラ、起きろ」


 レインは肩に触れた。


 その瞬間、視界が揺れた。


 目の前に、白い城の廊下が現れた。


 小さな少女が走っている。

 手を引いているのは、王妃らしき女性だった。

 背後では鐘が鳴り、遠くから怒号と金属音が響く。


「お母さま、どこへ行くの?」


「地下へ。あなたは生きなければなりません」


「お父さまは?」


「お父さまは、国を守っています」


 少女の足がもつれる。

 王妃は膝をつき、少女の首に青い首飾りをかけた。


「ミラ。あなたは忘れていい」


「忘れる?」


「怖いことも、悲しいことも、私たちの顔も。全部忘れていい。けれど、いつか思い出す人が現れたら、その人と一緒に真実を見つけなさい」


「お母さまも一緒に来て」


 王妃は涙をこらえながら微笑んだ。


「私は、ここに残ります」


「いや!」


 少女が叫ぶ。


 その声が、今のミラの声と重なった。


 映像が弾ける。


 レインは現実に戻り、大きく息を吸った。


 ミラが目を開けていた。


 涙で濡れた瞳が、レインを見ている。


「……見た?」


「ああ」


「お母さまがいた」


「うん」


「私、あの人を知ってる。知らないのに、知ってる」


 ミラは震える手で首飾りを握った。


「レイン。私、怖い。王女ミラの記憶が戻ったら、今の私は消えちゃうのかな」


 レインは首を横に振った。


「消えない」


「どうしてわかるの?」


「わからない」


 ミラの顔が不安に曇る。


 レインは正直に続けた。


「でも、消させない。もし記憶が押し寄せてきても、俺が今のミラを呼ぶ。ガルドも、セラもいる。ノルだって、たぶん何か方法を知っている」


「たぶん?」


「たぶんだ。でも、何もしないよりはいい」


 ミラは涙をこぼしながら、少しだけ笑った。


「レインのたぶん、少し安心する」


「それは褒めてるのか?」


「うん」


 レインは困ったように笑った。


 その時、外で木片が鳴る音がした。


 ガルドが仕掛けた簡単な鳴子だ。


 レインはすぐに立ち上がる。

 ガルドもすでに斧を手にしていた。セラは薬鞄を抱え、家の入口へ向かう。


「獣か?」


 ガルドが低く言う。


「わからない」


 レインは短剣を抜き、外へ出た。


 夜の村は静かだった。

 井戸の水面が月を映している。

 風は弱い。


 だが、村の外れにある見張り台の方で、細い煙が上がっていた。


 レインは目を凝らした。


 見張り台の柱に、一本の矢が刺さっている。

 矢には、小さな布が結びつけられていた。


 ガルドが周囲を確認する。


「撃った奴はもういねえ。遠くからだ」


 レインは矢に結ばれた布を外した。


 そこには、王国の紋章が押されていた。


 セラの顔が険しくなる。


「警告ね」


 レインは布を開いた。


 短い文章が書かれている。


「ルミナリア反応を確認。翌朝、正式調査団を派遣する。抵抗する者は反逆者とみなす」


 ミラが家の入口で立ち尽くしていた。


 レインは布を握りしめる。


 少女の記憶に触れた夜。

 その直後に、王国からの警告が届いた。


 百年前の火は、まだ消えていない。


 王国は、再びエルネ村へ来る。


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