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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第4章 地下遺跡と、消された王国

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第21話 消された小国ルミナリア

 記録室の扉が開いた瞬間、乾いた空気が流れ出した。


 古い紙の匂い。

 石に染みついた埃の匂い。

 長い間、誰にも読まれなかった言葉たちの匂い。


 レインは魔石灯を掲げ、慎重に中へ足を踏み入れた。


 そこは、地下にあるとは思えないほど広い部屋だった。


 壁一面に石棚が並び、薄い金属板や石板、巻物のようなものが整然と収められている。中央には円形の台座があり、その上に大きな水晶板が置かれていた。


 水晶板の表面は曇っていたが、ミラが近づくと内側から淡い光が灯った。


「ここが記録室か」


 レインが呟くと、ノルが得意げに光を強めた。


「そうだ。ルミナリア北方守護施設における記録保管室。王国が燃やし、塗り替え、忘れさせようとしたものが、ここには残っておる」


 ガルドが棚を見上げた。


「こんなにあるのかよ」


「歴史とは、都合のいい一枚紙ではない。人の営み、争い、祈り、失敗、後悔。それらすべての積み重ねだ」


「急にまともなことを言うな、石」


「古代魔導具だと言っておろう」


 セラは壁際の金属板を一枚取り出し、表面を見つめた。


「読めないわ。古いルミナリア文字ね」


「王国では、もう教えていない文字だ」


 ノルの声が少しだけ冷たくなる。


「文字を奪えば、記録は沈黙する。記録が沈黙すれば、歴史は勝者の口だけで語れる」


 レインは水晶板に手を置いた。


「鑑定」


 いつものように情報が流れ込む。


 名称、記憶投影盤。

 用途、記録資料の再生、映像化、音声復元。

 状態、休眠解除。

 魔力供給、不安定。

 起動権限、鍵の継承者、および管理人格。


 鍵の継承者。


 レインはミラを見る。

 ミラは水晶板の前に立ち、胸元の首飾りを握っていた。


「私が触ればいいの?」


 ノルが答える。


「無理に深く開く必要はない。今回は、施設側に残った記録を再生するだけだ。おぬしの記憶そのものには触れぬ」


 ミラはレインを見た。


 レインは頷く。


「少しでも苦しくなったらやめよう」


「うん」


 ミラが水晶板に手を置いた。


 首飾りの青い石が光る。

 水晶板の曇りがゆっくり晴れていく。


 やがて、部屋の中央に淡い映像が浮かび上がった。


 最初に映ったのは、美しい町だった。


 白い石造りの家々。

 水路を行き交う小舟。

 丘の上に建つ小さな城。

 広場では子どもたちが走り、職人たちが魔導具を組み立て、井戸端では人々が笑っている。


 王国アストレアのような巨大な都ではない。

 けれど、穏やかで、豊かで、よく手入れされた国だった。


「これが……ルミナリア?」


 ミラが小さく言った。


「そうだ」


 ノルの声が、わずかに誇らしげになる。


「大陸北方に存在した小国。軍事力ではアストレアに劣ったが、水脈制御、治癒魔導、封印術に優れた国だった」


 映像が変わる。


 工房で、技師たちが魔導具を作っている。

 井戸の水を浄化する石柱。

 病人に魔力を負担なく流す治療台。

 畑の土を整える小さな魔導杭。


 レインは思わず見入った。


 エルネ村の井戸を直した時に見た魔力回路。

 その技術は、ここから来ていたのだ。


「ルミナリアは、戦うための魔導より、生きるための魔導を重んじた」


 ノルが言った。


「水を清める。病を和らげる。作物を育てる。災害を防ぐ。人が人として暮らすための技術だ」


「それを、王国は欲しがったのね」


 セラが低く言った。


「そうだ」


 映像は一転した。


 王国アストレアの使節団が、ルミナリアの城を訪れている。

 豪奢な服を着た王国の使者が、技術提供を求めている。

 ルミナリア側は慎重な表情で応対していた。


「当初、アストレアは同盟を求めた。治癒魔導と水脈制御の技術を共有せよ、と」


「断ったのか?」


 ガルドが尋ねる。


「すべてを断ったわけではない。民の生活を助ける技術は、段階的に提供するつもりだった。だが、王国が本当に欲しがったのは別のものだった」


 映像に、黒い扉が映る。


 壁画に描かれていた巨大な扉。

 その奥に、禍々しい光がちらついている。


 レインの胸がざわついた。


「古代兵器か」


 ノルの光が沈む。


「ルミナリアの地下には、古い時代に封じられた魔導兵器が眠っていた。ルミナリアの王家は、それを決して使わぬと誓い、代々封印を守ってきた」


「王国は、それを奪おうとした」


 セラが言った。


「研究機関の資料に、似た記述があったわ。『北方小国に眠る大規模魔導資源』。でも、兵器とは書かれていなかった」


「書けば罪になるからだ」


 ノルの声が硬くなる。


 映像はまた変わった。


 交渉の場が壊れていく。

 王国の使者が怒鳴る。

 ルミナリアの王が首を横に振る。

 その隣には、王妃らしき女性が立っている。腕には幼い少女を抱いていた。


 少女の首元には、ミラと同じ青い首飾りが光っていた。


 ミラが息を呑む。


「今の子……」


 映像の中の少女は、母親の胸に顔を寄せている。

 顔立ちははっきり見えない。

 だが、白銀の髪だけが淡く輝いていた。


 レインはミラの肩に手を添えた。


「無理するな」


「大丈夫。でも、胸が変」


 ミラは水晶板を見つめたまま言う。


「泣きたいのに、私の涙じゃないみたい」


 ノルが静かに言った。


「記憶層が反応しておる。深く触れすぎるな」


 映像はさらに進む。


 夜。

 国境の砦が燃えている。

 王国軍の旗が押し寄せる。

 ルミナリアの兵たちは必死に防ぐが、数が違いすぎた。


 ガルドが歯を食いしばった。


「侵略じゃねえか」


「王国の歴史では、ルミナリアが魔王と結託し、先に反乱を起こしたことになっているわ」


 セラの声には怒りが滲んでいた。


「けれど、これは違う」


「王国は、欲しいものを手に入れるために物語を作ったのだ」


 ノルが言う。


「ルミナリアは危険な国である。魔王と手を組んだ邪悪な小国である。だから討たねばならぬ。そう宣言すれば、侵略は正義になる」


 レインは拳を握った。


 勇者パーティーにいた頃、何度も聞いた言葉がある。


 魔王を討て。

 王国に仇なす悪を滅ぼせ。

 世界の平和のために。


 だが、その「悪」は誰が決めたのか。


 レインは今、初めてそのことを考えた。


 映像の中で、ルミナリアの城が炎に包まれる。


 王は傷だらけで立っていた。

 王妃は幼い少女を抱きしめている。

 兵士たちが地下施設への避難を急がせる。


 そして、黒い翼を持つ存在が現れた。


 魔王ゼルグレイス。


 王国兵たちは恐怖に後ずさる。

 だがルミナリアの人々は、彼に怯えていなかった。


 ルミナリア王が、ゼルグレイスに頭を下げる。


「我らの過ちだ。封印の力を守り切れなかった」


 ゼルグレイスは静かに答えた。


「過ちではない。欲した者が悪い」


「だが、封印は弱まった。王国がこのまま奥へ踏み込めば、兵器が目覚める」


「ならば、私が守ろう」


 王妃が顔を上げる。


「あなたに、すべての罪を背負わせることになります」


 ゼルグレイスは、ほんのわずかに笑ったように見えた。


「私は元より、人に恐れられる存在だ。名が一つ汚れたところで変わらぬ」


 レインは息を呑む。


 王国の絵物語で、魔王は邪悪な笑みを浮かべ、人間の国を焼く怪物として描かれていた。


 だが記録の中のゼルグレイスは、疲れた守護者のようだった。


 映像の最後、王妃が幼い少女の首に手を添える。


「ミラ。あなたは忘れていい。けれど、いつか思い出す人が現れた時、この国が悪ではなかったことを伝えて」


 ミラが、水晶板から手を離した。


 映像が消える。


 部屋には重い沈黙が落ちた。


 ミラは震えていた。


「今……ミラって」


 レインは彼女を支える。


「大丈夫か?」


「わからない。私じゃないのに、私が呼ばれたみたいだった」


 ノルが静かに言う。


「百年前の王女の名も、ミラであった」


 その言葉に、誰もすぐには反応できなかった。


「では、このミラは?」


 セラが慎重に尋ねる。


「本人ではない。百年以上が過ぎている。だが、王家の血と記憶を継ぐ者である可能性が高い」


 ミラは自分の首飾りを握りしめた。


「私が、王女の記憶を……?」


「断片だけだ。完全ではない。だからこそ危うい」


 レインはミラの前に立つようにして、ノルを見た。


「これ以上は今日はやめる」


「賢明だ」


 ノルは珍しく素直に言った。


 ガルドは壁を拳で軽く叩いた。


「胸糞悪い話だな。王国はルミナリアを滅ぼして、悪者にして、記録まで消したってわけか」


「ええ」


 セラの顔も硬かった。


「しかも、今もその兵器を欲しがっている可能性がある」


 レインは消えた映像の名残を見つめた。


 ルミナリアは滅びた。

 王国は歴史を塗り替えた。

 魔王は悪名を背負い、封印を守った。

 そしてミラは、消された王女の名と記憶を受け継いでいる。


 情報が多すぎる。

 だが、一つだけはっきりしたことがある。


 王国がこの村を恐れる理由だ。


 ここには、王国が消したはずの真実が残っている。


「ノル」


 レインは言った。


「この記録は、外へ持ち出せるか?」


「持ち出すだけなら可能だ。だが、今の王国で公表しても握り潰されるであろうな」


「それでも、必要になる時が来る」


「よい判断だ」


 ノルの光がわずかに強くなる。


「おぬしは少しずつ、自分の目を信じ始めておる」


 レインは答えなかった。


 まだ、自信があるわけではない。

 ただ、今見たものを「気のせい」にはしたくなかった。


 その時、記録室の奥で別の水晶板が淡く光った。


 ミラの首飾りが、それに呼応する。


 今度は映像ではなかった。


 石棚の奥に刻まれた文字が、青白く浮かび上がる。


 ノルがその文字を読み、声を低くした。


「北方守護村エルネ、最終避難記録」


 ミラの体がこわばった。


 レインも息を止める。


 最終避難記録。


 それはおそらく、百年前のあの夜、村人たちがどこへ逃げたのかを示す記録だ。


 井戸の声。

 森の旧倉庫。

 地下へ逃がされた子どもたち。


 その先が、ここに記されている。


 ノルは静かに続けた。


「この記録を開けば、エルネ村の最後の夜がわかる」


 ミラは震えながら、レインの袖を掴んだ。


「レイン……」


 レインは彼女の手に自分の手を重ねる。


「今日は開かない」


 ミラの瞳が揺れる。


「でも」


「知るためには、休むことも必要だ。真実に潰されたら意味がない」


 ノルが小さく光を揺らした。


「正しい」


 レインは記録室を見回した。


 消された小国ルミナリア。

 王国が隠した罪。

 魔王の真実。

 そして、ミラへつながる百年前の記憶。


 すべてを知るには、まだ時間が必要だった。


 だが、もう後戻りはできない。


 エルネ村の地下で眠っていた歴史は、確かに目を覚まし始めていた。


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