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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第4章 地下遺跡と、消された王国

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第20話 古代魔導具ノル

 ノルは、壁画の前でふわふわと浮いていた。


 石板のくせに、妙に偉そうだった。

 いや、石板だからこそなのかもしれない。表情がない分、声の調子だけで態度の大きさが伝わってくる。


「さて、壁画は見たな。ならば少しは理解したであろう」


 ノルが言った。


「王国が語る歴史と、ここに残された記録は違う。おぬしたちが常識と思っていたものは、勝者によって整えられた物語にすぎぬ」


 ガルドが斧の柄を肩に乗せた。


「言い方がいちいち腹立つな、この石」


「石ではない。古代魔導具だ」


「見た目は石だろ」


「ならばおぬしは、ただの毛深い丸太か?」


「あ?」


「やめて」


 セラが二人の間に割って入った。


「古代魔導具と喧嘩しても、治療薬は出ないわ」


 ミラは少しだけ笑いかけたが、すぐに壁画へ視線を戻した。

 黒い翼を広げた魔王。

 その隣に立つルミナリアの王。

 巨大な扉を封じる二人の姿。


 彼女の首飾りは、まだ淡く光っている。


「ノル」


 レインは石板を見上げた。


「お前は、ずっとここにいたのか?」


「そうだ」


「百年以上?」


「正確には百二十三年と七か月と十二日。もっとも、途中で休眠状態に入った期間が長い。完全に意識があったわけではない」


「それでも、待っていたんだな」


 ノルの光が一瞬だけ揺れた。


「待つように作られた」


「作られたから待ったのか?」


「それ以外に理由が必要か?」


 レインは少し考えた。


「必要だと思う」


 ノルは沈黙した。


 ガルドが意外そうにレインを見る。

 セラも口を挟まずに見守っていた。


 レインは続けた。


「道具なら、命令された通りに動けばいい。でも、お前は話している。怒るし、皮肉も言う。ミラを見て言葉を選び直した。なら、ただの道具じゃない」


「……妙な鑑定士だ」


 ノルの声が少しだけ低くなった。


「大半の者は、わしを便利な記録装置か、面倒な鍵番としか見ぬ」


「俺も、勇者パーティーでは便利な鑑定係か、役立たずの荷物番だった」


「それで追い出されたわけか」


「知ってるのか?」


「おぬしの表面に残っている感情くらいは読める。怒り、悔しさ、諦め。ついでに、己の価値を疑う悪癖」


「悪癖か」


「悪癖だ。自分を低く見積もる者は、真実を読む時に判断を誤る」


 レインは眉をひそめた。


「どういう意味だ」


「真実を見るには、目だけでは足りぬ。見たものを受け止める芯が要る。自分など大したことはないと思い込む者は、重大なものを見ても『自分の見間違いだ』と片づける」


 その言葉は、思いのほか鋭くレインに刺さった。


 聖剣の亀裂。

 薬草に混じった眠り苔。

 馬車の車輪。

 どれも確かに見えていたのに、強く言い切れなかった。


 自分の鑑定より、他人の自信のある声を信じてしまった。


「おぬしの鑑定は、物の価値を見るだけのものではない」


 ノルは言った。


「残響を読む。記憶を拾う。場所に刻まれた痛みや願いに触れる。それは、ルミナリアでは『真実視』と呼ばれた力に近い」


「真実視……」


 セラが小さく反応した。


「研究機関の古い資料で見たことがあるわ。実在しない伝説扱いだったけれど」


「王国の資料など、穴だらけであろう」


 ノルは鼻で笑うように言った。


「真実視は、王国にとって最も都合の悪い力だ。隠したものを暴かれる。消した歴史を掘り起こされる。だから記録から消した」


 レインは自分の手を見た。


 鑑定。

 ずっと、そういうスキルだと思ってきた。


 物の状態を見るだけ。

 価値を調べるだけ。

 戦闘では役に立たない補助の力。


 だが、この村に来てから見えているものは、明らかにそれだけではない。


「なら、俺は何を見ればいい?」


「急くな」


 ノルの声が厳しくなった。


「真実は、ただ見ればよいものではない。順番を間違えれば、人は壊れる」


 その言葉に、ミラが小さく身を震わせた。


 レインは彼女の方を見た。


 ミラは首飾りを握りしめている。

 この地下に入ってから、彼女の顔色はずっと悪い。


「ミラの記憶のことか」


「それもある」


 ノルは壁画へ向いた。


「鍵の継承者は、血だけでなく記憶の断片も継ぐ。だが、この娘の記憶層は不安定だ。無理に開けば、現在の人格を押し流す恐れがある」


 ミラの顔が青ざめた。


「私が、私じゃなくなるってこと?」


「可能性の話だ」


「ノル」


 レインは低く呼んだ。


「怖がらせる言い方をするな」


「事実を隠して安心させる方がよいか?」


「違う。言い方の問題だ」


 ノルはまた沈黙した。


 そして、少しだけ声を落とした。


「……すまぬ。百年眠っておったので、人との話し方の加減を忘れておる」


 ガルドが目を丸くした。


「石が謝ったぞ」


「古代魔導具だ」


 ノルは即座に返したが、その声には先ほどほどの棘はなかった。


 ミラは小さく首を横に振った。


「大丈夫。怖いけど、知れてよかった。無理に思い出したら危ないんだね」


「そうだ」


「じゃあ、少しずつにする。レインもそう言ってたから」


 ミラがレインを見る。


 レインは頷いた。


「少しずつだ」


 ノルの光が、二人の間を行き来する。


「よかろう。ならば、今のおぬしたちに必要な情報だけを与える」


「必要な情報?」


「この施設の役割だ」


 ノルが壁画の反対側へ移動すると、床の一部が淡く光った。

 そこに、地図のような魔法図が浮かび上がる。


 エルネ村。

 井戸。

 北の旧倉庫。

 地下通路。

 そして、さらに奥にある巨大な円形の区画。


「ここは、ルミナリア王国北方守護施設。表向きは避難施設。実際には、封印の補助施設であった」


「封印って、壁画に描かれていた扉か?」


「そうだ。主封印は別にある。この地下は、その一部を支えるための施設にすぎぬ」


 セラの顔が険しくなる。


「一部でこれほど大きいの?」


「主封印は、これより遥かに巨大だ」


 ガルドが舌打ちする。


「何を封じてるんだよ」


 ノルはすぐには答えなかった。


「それを知るのは、まだ早い。だが一つだけ言える」


 石板の光が、壁画の中の魔王を照らした。


「魔王ゼルグレイスを倒せば、封印は弱まる」


 レインの背筋に冷たいものが走った。


「今、勇者パーティーは魔王討伐に向かっている」


「知っておる」


「王国は、それを狙っているのか?」


 ノルの声が低くなった。


「おそらくな。王国が百年越しに封印を欲しているなら、魔王討伐は口実にすぎぬ。守護者を排除し、封印を破るためのな」


 セラが唇を噛む。


「研究機関で見た資料にも、封印解除の仮説があったわ。守護核を破壊すれば、主封印の抵抗が弱まると」


「守護核?」


「魔王ゼルグレイスのことかもしれない」


 空気が重くなった。


 勇者カイル。

 レインを追放した男。

 今も魔王を倒すために進んでいるはずの勇者。


 彼が魔王を倒せば、世界が救われる。

 王国では誰もがそう信じている。


 だが、その前提が嘘だったなら。


 魔王が封印を守っている存在なら。


 勇者の剣は、世界を救うどころか、世界を壊す引き金になるかもしれない。


「止めなきゃ」


 ミラが呟いた。


 レインは彼女を見た。


「勇者を?」


「うん。だって、知らないまま魔王を倒したら、大変なことになるんでしょう?」


「そうかもしれない」


 ガルドが斧を担ぎ直す。


「魔王を助けに行くってか。人生、何があるかわからねえな」


「まだ助けると決まったわけじゃない」


 セラが冷静に言う。


「情報が足りない。ノル、主封印の位置は?」


「今の状態では開示できぬ。施設の記録室を再起動する必要がある」


「どうすればいい?」


「井戸の浄化魔導具は動いたな。ならば、次は記録室の魔力回路を復旧させる。必要な部品は、この施設内にある」


 レインは魔法図を見つめた。


 やるべきことが、また増えた。


 村を守る。

 井戸を維持する。

 王国の監視に備える。

 ミラの記憶を無理に開かない。

 そして、勇者パーティーが魔王を倒す前に、封印の真実を確かめる。


 重すぎる。


 だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。


 レインはノルを見た。


「俺にできることは?」


「まず、自分の目を信じろ」


 ノルは静かに言った。


「おぬしは役立たずではない。真実を読む者だ」


 その言葉に、レインは息を止めた。


 役立たず。

 そう言われて追放された。


 けれど今、この百年眠っていた古代魔導具は、自分を別の名で呼んだ。


 真実を読む者。


 レインは拳を握った。


「わかった。記録室を見せてくれ」


 ノルは満足げに光を強めた。


「よかろう。未熟な鑑定士よ、少しは使えるところを見せてみよ」


「やっぱり一言多いな」


「仕様だ」


 ガルドが吹き出し、ミラも少し笑った。

 セラは呆れたように肩をすくめる。


 壁画の部屋の奥で、新たな扉が静かに開いた。


 そこから流れてきた空気には、古い紙と眠った記録の匂いが混じっていた。


 ルミナリアが消された理由。

 魔王が背負った悪名。

 王国が隠しているもの。


 その手がかりが、扉の向こうで待っていた。


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