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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第3章 鑑定士、村を立て直す

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第17話 勇者パーティーの綻び

 勇者カイルは、苛立っていた。


 魔王領へ続く山道は、王都で聞いていたよりもずっと険しかった。

 道は細く、岩は崩れやすく、木々の影には常に魔物の気配がある。空は重く曇り、湿った風が鎧の隙間から入り込んできた。


 それでも、カイルは先頭を歩いていた。


 勇者なのだから当然だ。

 自分が迷えば、仲間たちが不安になる。

 自分が立ち止まれば、魔王討伐の旅そのものが止まる。


 だからカイルは、苛立ちを顔に出さないよう努めていた。


「カイル、少し休まない?」


 魔法使いのリシアが、疲れた声で言った。


「さっきから魔力の流れが悪いわ。この辺り、空気が重い」


「魔王領が近いんだ。当然だろう」


 カイルは振り返らずに答えた。


「だが、まだ進める。日が暮れる前に洞窟を抜けるぞ」


 剣士ダリオが大剣を肩に担いで笑う。


「そうこなくちゃな。魔物が出る前に、さっさと進もうぜ」


 神官エリオットは額の汗を拭いながらも、穏やかに頷いた。


「無理は禁物ですが、予定より遅れているのも事実です」


 予定より遅れている。


 その言葉に、カイルの眉がぴくりと動いた。


 原因はわかっている。


 出発初日の戦闘で、聖剣の刃元が欠けた。

 致命的な損傷ではない。戦えないほどではない。

 だが、魔力を込めるたびに刃が小さく震える。


 レインが出発前に言っていた。

 刃元に亀裂がある。魔力を込めすぎると危ない、と。


 カイルは奥歯を噛んだ。


 あれは偶然だ。

 たまたま当たっただけだ。


 そう思おうとしても、剣を振るたびに小さな違和感が手首へ返ってくる。


「カイル?」


 リシアが怪訝そうに見た。


「なんでもない」


 カイルは短く答えた。


 レインのことなど考える必要はない。

 あいつはもうパーティーにはいない。

 鑑定士一人が抜けたくらいで、勇者パーティーが揺らぐはずがない。


 新たに加わった攻撃魔法使い、マルクが前に出てきた。


「この先に洞窟があります。地図では、魔王領へ抜ける最短路です」


 マルクは王宮推薦の魔法使いだった。

 火属性の攻撃魔法を得意とし、確かに火力は高い。

 だが、まだパーティーの空気には馴染んでいない。


 レインがいた場所に、別の人間が立っている。

 カイルはそのことにも、言葉にできない違和感を覚えていた。


 洞窟の入口は、黒い口を開けていた。


 中から冷たい風が流れてくる。

 湿った岩の匂いと、古い土の匂い。

 壁には発光苔が生え、青白い光が奥へ続いている。


「魔物の気配は?」


 カイルが尋ねると、マルクは胸を張った。


「奥に何体かいます。ですが、僕の火球なら一掃できます」


「頼もしいじゃねえか」


 ダリオが笑う。


 リシアは少し眉をひそめた。


「火球? 洞窟内で?」


「広さは十分あります。問題ありません」


 マルクは自信満々に言った。


 以前なら、この場面でレインが何かを言っただろう。

 発光苔の種類。

 洞窟内の酸素。

 岩壁の脆さ。

 火魔法を使う危険性。


 カイルは、その面倒な声が聞こえないことに安堵するはずだった。


 だが、不思議なことに、今は静かすぎた。


「行くぞ」


 カイルはその違和感を振り払うように歩き出した。


 洞窟内は、思ったより広かった。

 天井は高く、足元は乾いている。

 魔物の気配もあるが、強敵ではなさそうだ。


 しばらく進むと、岩壁のくぼみに古びた宝箱が置かれていた。


 ダリオが目を輝かせる。


「お、宝箱じゃねえか」


 リシアが警戒した。


「こんなところに? 怪しくない?」


「罠なら、マルクが見ればいいだろ」


 ダリオが振り返る。


 マルクは少し慌てたように宝箱の前へ出た。


「簡易探知をします」


 彼は杖を掲げ、小さな魔法陣を展開した。

 青い光が宝箱を包む。


 しばらくして、マルクは頷いた。


「爆発系の罠はありません。毒も反応なし。魔力反応はありますが、中身の武器かと」


「よし、開けようぜ」


 ダリオが手を伸ばす。


 カイルは一瞬、ためらった。


 レインなら、宝箱の金具に触れ、材質の劣化や封印の残り方まで調べただろう。

 時間がかかる。

 面倒だ。

 だが、その面倒さで何度も危険を避けてきた。


 カイルは首を振った。


 考えすぎだ。

 今は前へ進むべきだ。


「開けろ」


 ダリオが宝箱を開いた。


 中には、一本の剣が収められていた。


 黒い鞘。

 赤い宝石を埋め込んだ柄。

 刃を少し抜くと、暗い銀色の光が洞窟内に走った。


「おお……」


 ダリオが感嘆の声を漏らす。


「こいつはいい。かなりの業物だ」


 リシアも目を細めた。


「魔力が強いわね」


 マルクは得意げに言う。


「魔剣の類でしょう。ですが、邪悪な反応はありません」


 カイルは剣を見つめた。


 確かに強い力を感じる。

 この剣があれば、ダリオの戦力はさらに上がるだろう。


「ダリオ、使えるか?」


「もちろんだ」


 ダリオは剣を鞘から抜いた。


 その瞬間、刃が低く唸った。


 カイルの手元の聖剣が、かすかに震える。


「……待て」


 カイルが言いかけた時には、もう遅かった。


 ダリオの目が、一瞬だけ赤く光った。


「ダリオ?」


 リシアが声をかける。


 ダリオは剣を見下ろしたまま、口元を歪めた。


「すげえ……力が流れ込んでくる」


「すぐに鞘へ戻してください」


 エリオットが一歩前へ出た。


「その剣、何かおかしい」


「おかしい?」


 ダリオがゆっくり顔を上げる。


「何がだよ。俺は今、最高に調子がいいぜ」


 その声は、いつものダリオより低かった。


 カイルは聖剣を抜いた。


「ダリオ、剣を置け」


「命令すんなよ、カイル」


 洞窟内の空気が冷えた。


 リシアが杖を構える。

 マルクも魔法陣を展開しようとする。

 エリオットは祈りの言葉を唱え始めた。


 だが、ダリオの動きは速かった。


 黒い魔剣が横薙ぎに振られる。


 カイルは聖剣で受けた。


 金属音が洞窟内に響く。


 衝撃は重かった。

 普段のダリオより、明らかに力が増している。


「正気に戻れ!」


「俺は正気だ!」


 ダリオが笑う。


「今まで力を抑えてたのが馬鹿みてえだ。これなら魔王だって斬れる!」


「その剣は危険だ!」


 カイルが叫ぶ。


 その瞬間、自分の声に別の記憶が重なった。


 ――その剣は危ない。魔力を込めすぎると、使用者を侵す。


 レインなら、そう言っただろう。


 カイルの胸に、嫌なものが走った。


 リシアが氷の魔法でダリオの足元を凍らせる。

 エリオットが浄化の光を放つ。

 マルクが火球を構える。


「火は使うな!」


 カイルは反射的に叫んだ。


 マルクが驚く。


「ですが!」


「洞窟が崩れる!」


 なぜそう思ったのか、カイル自身にもわからなかった。

 だが、以前レインが言っていた。狭い洞窟で高威力の火魔法を使えば、熱膨張で岩が割れることがある、と。


 マルクは悔しそうに魔法を消した。


 ダリオは氷を砕き、再び踏み込んでくる。


 カイルは聖剣で受け流し、柄でダリオの腹を打った。

 エリオットの浄化が黒い剣に当たり、刃の赤い宝石が鈍く光る。


「今だ、リシア!」


「わかってる!」


 リシアが拘束魔法を放つ。

 青白い鎖がダリオの腕に絡みついた。


 ダリオは暴れたが、カイルが剣を弾き飛ばす。

 黒い魔剣が地面を滑り、壁際に当たった。


 赤い光が消える。


 ダリオの目からも、光が失われた。


「……俺は、何を」


 彼は膝をついた。


 エリオットがすぐに駆け寄り、浄化を重ねる。


「呪いです。完全に侵される前でよかった」


 リシアが息を荒げながら、マルクを睨んだ。


「邪悪な反応はないって言ったわよね?」


「簡易探知では反応しなかったんです!」


 マルクは顔を青くして叫んだ。


「あんな巧妙に隠された呪い、普通の探知では――」


「レインなら見抜いた」


 誰かが言った。


 リシアだった。


 洞窟内が静まり返る。


 カイルは彼女を見た。


 リシアは気まずそうに唇を噛んだが、言葉を撤回しなかった。


「……ごめん。でも、そう思ったの」


 ダリオは座り込んだまま、黒い魔剣を睨んでいる。


「くそ。俺は、あんな剣に……」


 エリオットは深く息を吐いた。


「レインがいた頃は、こういう道具には必ず触れていましたね。面倒なくらい慎重に」


 面倒なくらい慎重。


 カイルはその言葉を胸の内で繰り返した。


 確かに面倒だった。

 何度も足を止められた。

 宝箱一つ開けるにも時間がかかった。

 剣を拾うにも、薬を飲むにも、橋を渡るにも、レインはいつも「待て」と言った。


 その慎重さが、今はなかった。


 その結果、仲間が仲間を斬りかけた。


 カイルは黒い魔剣に近づき、布で包んだ。

 直接触れる気にはなれなかった。


「この剣は封印する。持ち帰って王宮で調べさせる」


 そう言いながら、カイルは自分の声が少し震えていることに気づいた。


 リシアも、エリオットも、ダリオも黙っていた。

 マルクは悔しそうに俯いている。


 誰も責めきれない。

 だが、誰も安心していない。


 パーティーの空気に、小さな亀裂が入ったのがわかった。


 まるで、カイルの聖剣の刃元に入った亀裂のように。


 洞窟を抜けたのは、予定より三時間も遅れた後だった。


 外はすでに夕暮れだった。


 野営の準備をしながら、カイルは何度も腰の聖剣を見た。

 欠けた刃元。

 微かな震え。

 そして、出発前にそれを指摘した鑑定士の顔。


「レインがいなくなったくらいで……」


 カイルは小さく呟いた。


 それなのに、胸の奥では別の声がしていた。


 本当に、いなくなったくらいなのか。


 焚き火の向こうで、リシアとエリオットが小声で話している。

 ダリオはまだ顔色が悪い。

 マルクは一人で杖を握りしめていた。


 勇者パーティーは、まだ崩れてはいない。


 だが、確かに綻び始めていた。


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