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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第3章 鑑定士、村を立て直す

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第16話 畑と食卓

 翌朝、エルネ村には少しだけ人の気配が増えていた。


 といっても、住人と呼べるのはまだ四人だけだ。


 鑑定士のレイン。

 記憶を失った少女ミラ。

 元傭兵のガルド。

 逃亡薬師のセラ。


 たったそれだけ。


 それでも、昨日までの廃村とは違った。


 井戸の水は澄み、焚き火の煙が上がり、崩れた家の前には洗った包帯が干されている。ガルドは不満そうな顔で腕を吊っていたが、セラに「動かしたら縫うわよ」と言われてからは大人しくしていた。


「薬師ってのは、どいつも脅し文句が物騒なのか?」


「患者が言うことを聞かない時だけよ」


「俺は患者じゃねえ」


「傷口を化膿させかけた大男は、立派な患者よ」


 セラは淡々と言いながら、薬草を刻んでいる。

 ガルドは何か言い返そうとして、ミラにじっと見られていることに気づき、口を閉じた。


「ガルド、ちゃんと休んだ方がいいよ」


「……嬢ちゃんまでそっち側か」


「ミラでいい」


「じゃあ、ミラ。俺はこれでも十分休んでる」


「さっき斧を振ろうとしてた」


「素振りだ」


「だめ」


 ミラがきっぱり言うと、ガルドは大きな体を縮めるようにして黙った。


 レインはそのやり取りを見て、思わず笑いそうになった。


 昨日までは、王国兵の命令書、地下への階段、研究機関、ルミナリアの血と、不穏な話ばかりだった。

 だが、今朝の空気には不思議と生活の匂いがあった。


「レイン」


 セラが声をかけてきた。


「この井戸水、少し分けてもらえる?」


「薬に使うのか?」


「ええ。魔力濃度が安定しているから、薄めた回復薬の基礎水に使える。普通の水より馴染みがいいわ。きちんと処理すれば、魔力酔いにも効くかもしれない」


 レインは井戸を見た。


 昨日まで泣いていた井戸。

 今は村の中心で、静かに水をたたえている。


「わかった。ただし、使いすぎないようにしてくれ。まだ水脈が安定しているか完全にはわからない」


「慎重ね」


「心配性とも言われる」


「それで生き残れるなら、悪い性格じゃないわ」


 セラはそう言って、木桶に水を汲んだ。


 レインは少しだけ驚いた。


 心配性。

 勇者パーティーにいた頃、それはいつも馬鹿にされる言葉だった。

 だがセラは、それを欠点として扱わなかった。


 レインは工具袋を持ち、村の外れへ向かった。


 今日の目的は、畑を見ることだった。


 エルネ村には、いくつかの畑跡がある。

 今は雑草に覆われているが、畝の形は残っていた。

 土の状態がよければ、少しずつ食料を作れるかもしれない。


 ミラが後ろからついてくる。


「この辺り、昔は芋があったよ」


「覚えてるのか?」


「ううん。覚えてるっていうか……掘ったら、たまに出てくる」


「なるほど。経験か」


 レインはしゃがみ、土を手に取った。


 乾いている。

 表面は固い。

 だが、完全に死んだ土ではない。


「鑑定」


 土の情報が流れ込む。


 酸性、やや強め。

 魔力汚染、微弱。

 栄養不足。

 地下水脈の回復により、改善可能。

 適合作物、根菜類、薬草類、一部穀物。


「畑としては、まだ使える」


 レインが言うと、ミラの顔が明るくなった。


「本当に?」


「ああ。すぐに大量の作物は無理だけど、芋や薬草なら育つ可能性がある。井戸水を薄めて使えば、土の魔力汚染も少しずつ抜ける」


「じゃあ、ここも戻せる?」


「時間はかかる。でも、戻せる」


 ミラは畑を見つめた。


 雑草だらけの、荒れた土地。

 それでも彼女の目には、もう少し先の景色が見えているようだった。


「ここに、芋を植えたい」


「食料になるからいいな」


「あと、セラの薬草も」


「それも必要だ」


「ガルドには?」


「ガルドには……柵を直してもらうか」


「腕、痛いのに?」


「治ってからだ」


 ミラは小さく笑った。


 二人で草を抜き、石をどけ、土をほぐした。

 作業は地味で、すぐに手が土で汚れた。だが、レインは不思議と嫌ではなかった。


 勇者パーティーでは、いつも出発前の点検や道具の修理に追われていた。

 誰かに感謝されることもなく、失敗すれば責められ、成功しても気づかれない。


 今やっていることも、派手ではない。

 土を調べ、草を抜き、石をどけるだけだ。


 けれど、隣ではミラが楽しそうに働いている。


「レイン、これ食べられる?」


 ミラが地面から小さな芋を掘り出した。


 レインは受け取って鑑定する。


「食べられる。ただし、芽の部分は取った方がいい」


「やった」


 ミラは嬉しそうに芋を籠に入れた。


 昼過ぎには、籠に小さな芋がいくつか集まった。

 セラは井戸水を使って薬草を洗い、ガルドは座ったまま壊れた木材を削っていた。休めと言われても、じっとしていられないらしい。


「斧を振るよりはましだろ」


 ガルドはそう言いながら、薪を作っている。


 セラは呆れたようにため息をついた。


「本当に、動かないという選択肢がないのね」


「傭兵は動いてないと死ぬ」


「薬師から言わせれば、動きすぎても死ぬわ」


「どっちにしても死ぬなら、動く方が性に合ってる」


「面倒な人」


「よく言われる」


 夕方、ミラが掘った芋と、レインの保存食の残り、森で採った野草を使ってスープを作ることになった。


 鍋は古いものだったが、穴は開いていなかった。

 レインが鑑定して安全を確認し、セラが薬草と毒草を選り分け、ミラが芋を切る。ガルドは薪をくべようとして、セラに「座っていて」と睨まれた。


 やがて、鍋から湯気が立ち上る。


 芋と野草だけの質素なスープ。

 乾燥肉を少し入れたので、かろうじて塩気と旨味がある。


 四人は井戸のそばに集まって、器を手にした。


 最初に飲んだのはガルドだった。


「薄いな」


「文句を言うなら、飲まなくていいわ」


 セラが即座に返す。


「薄いが、うまいと言おうとしたんだ」


「なら最初からそう言いなさい」


 ミラがくすくす笑った。


「私はおいしいと思う」


「俺もだ」


 レインもスープを口に運ぶ。


 熱い。

 少し土の匂いがする。

 芋は小さく、野草には苦みがある。

 王都の食事に比べれば、決して上等ではない。


 それでも、妙に胸に染みた。


 誰かと同じ鍋を囲んでいる。

 誰かのために水を汲み、火を起こし、食べ物を分ける。


 ただそれだけのことが、今のレインにはひどく眩しかった。


「どうしたの?」


 ミラが尋ねた。


「いや」


 レインは器の中のスープを見つめた。


「こういう食事は、久しぶりだと思って」


「勇者パーティーでは食べなかったの?」


「食べてはいた。でも、こういう感じじゃなかった」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「飯はな、落ち着いて食えねえ場所にいる時点で負けだ」


「傭兵らしからぬ言葉ね」


 セラが言うと、ガルドは肩をすくめた。


「戦場で覚えたんだよ。温かい飯を囲める場所は、守る価値がある」


 その言葉に、少しだけ沈黙が落ちた。


 レインは井戸を見た。

 澄んだ水。

 湯気の立つ鍋。

 崩れた家々。

 まだ荒れた畑。


 ここは安全ではない。

 王国に狙われている。

 地下には、正体不明の遺構が眠っている。


 それでも、守る価値がある場所になり始めている。


 そう思った時だった。


 広場の端に置いていた王国兵の地図が、風にめくれた。


 レインは立ち上がり、地図を拾う。

 エルネ村の赤い印。

 その周囲に、いくつかの小さな黒点が書き込まれている。


 最初はただの測量印だと思っていた。


 だが、食事の火明かりに透かすと、黒点が村を囲むように配置されていることに気づいた。


「これは……」


 セラが隣に来て、地図を覗き込んだ。


 彼女の表情が険しくなる。


「監視点ね」


「わかるのか?」


「研究機関で使っていた地図記号に似ている。村を直接襲う前に、周囲の反応を見るための観測場所」


 ガルドが斧の柄に手を伸ばす。


「つまり?」


 セラは低く言った。


「王国は、もうこの村を見張っている可能性があるわ」


 温かかった食卓の空気が、一瞬で冷えた。


 レインは地図を握りしめる。


 水は戻った。

 畑も戻せるかもしれない。

 食卓もできた。


 だが、エルネ村に平穏が訪れるには、まだ早すぎた。


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