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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第3章 鑑定士、村を立て直す

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第14話 戦えない鑑定士の防衛戦

 王国兵の足音は、森の奥から近づいていた。


 金属鎧が擦れる音。

 枝を踏み折る音。

 馬の鼻息。

 そして、低く苛立った男たちの声。


 数は多くない。

 だが、ただの旅人でも盗賊でもないことは明らかだった。


 レインは崩れた門の陰から外を見た。


 王国兵は五人。

 そのうち二人は槍。二人は剣。最後の一人は弩を持っている。

 全員が革鎧の上に軽い胸当てをつけていた。辺境調査隊というより、追跡や捕縛に慣れた兵たちだ。


 ガルドが斧を握り、低く唸る。


「五人か。面倒だな」


「勝てるのか?」


「俺一人なら、正面からやって二人は潰せる。三人目からは運だ」


「頼もしいようで頼もしくないな」


「現実的と言え」


 ガルドはにやりと笑った。


 ミラは井戸のそばで不安そうにこちらを見ている。


 レインは彼女に向かって声を抑えて言った。


「ミラ、家の中へ」


「でも」


「今回は井戸の近くにいちゃだめだ。弩を持ってる兵がいる」


 ミラの顔が強張った。


 それでも、彼女は頷いて小さな家の陰に移動した。


 レインはすぐに村の入口を見回す。


 崩れた門。

 倒れかけた柵。

 ぬかるんだ道。

 井戸へ続く広場。

 壊れた見張り台。

 古い農具。

 石材の山。


 戦場として見れば、ひどい場所だ。

 だが、防ぐ場所としてなら使えるものがある。


「ガルド、正面で受けるな」


「あ?」


「門の内側まで引き込む。あそこは地面が緩い。重い鎧の奴は足を取られる」


 レインは地面を指さした。


 昨日、井戸の修理で水を流した影響で、門の内側の土は一部ぬかるんでいる。見た目にはわかりにくいが、鑑定すれば地盤の弱い場所がはっきり見えた。


「なるほどな。足場を殺すのか」


「それと、右の柵は触るな。見た目より脆い。押したら倒れる」


「敵に押させるんだな?」


「ああ」


 ガルドが笑う。


「戦えねえ鑑定士ってのは、ずいぶん悪知恵が働く」


「褒め言葉として受け取る」


 レインは工具袋から細い針金と古い金具を取り出した。

 壊れた柵の一部に結び、近くの木片へつなぐ。


 即席の鳴子。

 敵の足が引っかかれば、古い金属片が落ちて音を立てる。

 たいした罠ではないが、一瞬注意を逸らせれば十分だった。


 王国兵たちは、すでに村の入口近くまで来ている。


「ガルド!」


 先頭の兵が叫んだ。


「そこにいるのはわかっている! 王国軍への契約違反および逃亡の罪で拘束する!」


 ガルドは斧を肩に担ぎ、門の前へ出た。


「契約違反? 笑わせるな。子どもを斬れって命令を断っただけだ」


「黙れ。貴様は任務を放棄した。おとなしく投降すれば、命だけは助かる」


「その台詞を信じる馬鹿に見えるか?」


 兵たちの視線が、ガルドの奥へ向いた。


 レイン。

 そして家の陰に隠れたミラ。


「他にもいるな」


 弩を持つ兵が目を細める。


「そこの男、出てこい。村にいる者は全員調査対象だ」


 レインは門の内側に立った。


「ここは廃村じゃなかったのか?」


「質問する立場ではない」


「なら、こちらからも一つ。あなたたちはガルドを追ってきただけか? それとも、この村を調べに来たのか?」


 兵たちの表情がわずかに変わった。


 ほんの一瞬。

 だが、レインは見逃さなかった。


 やはり、彼らはエルネ村にも関心がある。


「ガルドだけが目的なら、村の中を見る必要はないはずだ」


「黙れ」


 弩兵が矢をつがえた。


 レインは冷静にその弩を鑑定する。


 支給品。

 弦、劣化。

 右留め具、緩み。

 発射時、軌道右へずれる。


 狙いは正確ではない。


 だが、ミラの方へ撃たれれば危険だ。


「ガルド、弩兵から視線を切ってくれ」


「注文が多いな!」


 ガルドが地面を蹴った。


 王国兵たちが一斉に構える。


 だが、ガルドは正面から突っ込まなかった。

 レインの言った通り、門の内側へ下がる。


「逃がすな!」


 兵二人が追ってくる。


 その一歩目で、先頭の槍兵の足がぬかるみに沈んだ。


「なっ――」


 体勢が崩れる。


 そこへガルドの斧の柄が横から叩き込まれた。刃ではない。柄だ。

 それでも、兵は胸当てごと吹き飛び、地面に転がった。


 二人目の剣兵が踏み込む。


「右!」


 レインが叫んだ。


 ガルドは迷わず体をずらす。


 剣兵の足が、レインの仕掛けた針金に引っかかった。

 古い金具が落ち、甲高い音を立てる。


 剣兵は一瞬、そちらへ目を向けた。


 その隙に、ガルドの拳が顔面にめり込んだ。


「悪くねえ!」


 ガルドが吠える。


 だが、残る三人はすぐに陣形を整えた。

 さすがに王国兵だ。二人倒された程度では崩れない。


 弩兵がレインを狙う。


「動くな、鑑定士!」


 その言葉に、レインは一瞬だけ目を細めた。


 鑑定士。


 なぜ知っている。


 ただの村人ではなく、レインを鑑定士と呼んだ。

 王国兵たちは、レインの存在をすでに把握している。


 弩が放たれた。


 レインは横へ飛ぶ。

 矢は狙いより右へ逸れ、背後の柵に突き刺さった。


 鑑定通りだ。


 だが、次はない。

 弩兵は留め具の異常に気づいたのか、角度を修正している。


「ミラ、石を!」


 レインが叫ぶと、家の陰からミラが顔を出した。


「石?」


「井戸の横の小さいやつ! 弩兵の足元へ投げて!」


 ミラは迷いながらも、石を拾った。


 弩兵は彼女に気づき、狙いを変えようとした。


「そこの娘――」


 ミラの投げた石は、兵に当たらなかった。

 だが、足元のぬかるみに落ち、泥を跳ね上げた。


「っ、邪魔を!」


 弩兵が一瞬目を細める。


 その一瞬で、レインは近くにあった壊れた桶を蹴り飛ばした。

 桶は転がり、弩兵の足元にぶつかる。


 矢が放たれた。


 今度は大きく逸れ、倒れかけた柵に当たった。


 柵が傾く。


 レインは声を張った。


「ガルド、右の柵!」


「おう!」


 ガルドが斧の背で柵を叩いた。


 限界だった柵は、音を立てて倒れる。

 崩れた木材が、剣兵と弩兵の間に落ちた。視界が切れる。


 ガルドはその隙に剣兵へ踏み込み、斧の柄で腹を打った。

 兵が膝をつく。


 残るは弩兵と、指揮役らしい男だけ。


 指揮役の兵は、レインを睨んでいた。


「貴様、ただの鑑定士ではないな」


「ただの鑑定士だ」


「なら、なぜ我々の動きが読める」


「見ているからだ」


 レインは短剣を握り直した。


「装備の傷、足場の弱さ、視線、呼吸。見えるものを見ているだけだ」


「減らず口を」


 指揮役が剣を抜き、レインへ向かってくる。


 速い。

 ガルドは別の兵を押さえていて間に合わない。


 レインは下がった。


 勝てない。

 剣で打ち合えば、一合も持たない。


 だから、打ち合わない。


 レインは井戸のそばへ走る。


「逃げるか!」


 指揮役が追ってくる。


 レインは井戸の修理で外しておいた古い滑車の金具を拾い、地面に置いた。

 錆びているが、表面は丸く滑る。


 指揮役は気づかず踏み込んだ。


 足が滑る。


 体勢が崩れた瞬間、レインは短剣の柄で相手の手首を打った。


 剣が落ちる。


 それでも指揮役はレインの胸倉を掴んだ。


「小細工を!」


 力が強い。

 レインの足が浮きかける。


 その時、横から巨大な影が迫った。


 ガルドの斧の柄が、指揮役の背中に叩き込まれる。


 男は声もなく地面に沈んだ。


 ガルドは肩で息をしながら、レインを見下ろした。


「だから俺の後ろにいろって言ったろ」


「後ろにいたら、弩兵を止められなかった」


「言い返す元気はあるんだな」


 ガルドは笑った。


 残っていた弩兵は、倒れた仲間たちを見て後ずさる。

 逃げようとしたところを、ミラがまた石を投げた。


 今度は兜に当たった。


「痛っ!」


 弩兵が情けない声を上げる。


 その隙にガルドが迫り、斧の刃ではなく柄で弩を叩き落とした。

 弩兵は両手を上げて降参した。


 戦いは終わった。


 五人の王国兵は、全員命を奪わずに無力化できた。

 レインは膝に手をつき、荒い息を吐く。


 怖かった。

 手が震えている。

 足も笑っている。


 けれど、守れた。


 井戸も、村も、ミラも。


「レイン!」


 ミラが駆け寄ってくる。


「怪我してない?」


「少し胸倉を掴まれただけだ」


「それ、怪我じゃないの?」


「たぶん違う」


「たぶんは信用できない」


 ミラが真剣に怒るので、レインは思わず苦笑した。


 ガルドは倒れた兵たちを縛りながら言う。


「たいしたもんだ」


「何が?」


「あんたのことだよ、鑑定士」


 ガルドは村の入口を顎で示した。


「俺一人なら、二人倒して終わりだった。あんたが足場と道具と相手の装備を読んだから、五人とも生きたまま転がせた」


「運がよかっただけだ」


「違うな」


 ガルドはきっぱり言った。


「戦えねえ奴が、戦場を作ったんだ」


 レインは返事に困った。


 その言葉は、カイルたちに言われたどんな評価とも違っていた。


 戦えない。

 それは事実だ。


 だが、戦えないから何もできないわけではない。


 レインは初めて、そのことを少しだけ信じられた気がした。


 縛られた指揮役の兵が、地面に倒れたまま呻いた。


「くそ……宰相閣下に報告を……」


 レインの表情が変わる。


「宰相?」


 兵は口を閉じた。


 だが、もう遅い。


 レインは指揮役の懐を探り、折り畳まれた地図を見つけた。

 地図にはエルネ村が赤い印で囲まれている。


 その横には、短い文字が書かれていた。


「ルミナリア反応、再確認」


 レインは地図を握りしめた。


 ガルドを追ってきただけではない。


 王国は、もうこの村の異変に気づいている。


 水が戻ったばかりのエルネ村は、静かに、しかし確実に王国の目に留まり始めていた。


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