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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第3章 鑑定士、村を立て直す

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第13話 元傭兵ガルド

 男は、崩れた門の前に立っていた。


 背は高く、肩幅も広い。傷だらけの革鎧は砂と血で汚れており、右頬には古い切り傷が走っている。無精ひげに覆われた顔は、どう見ても善良な旅人には見えなかった。


 何より目を引くのは、肩に担いだ巨大な斧だった。


 刃は大きく、柄も太い。普通の人間なら持ち上げるだけで精一杯だろう。

 だが男は、それをまるで薪割り用の道具のように軽々と担いでいる。


 レインは短剣を構えたまま、ミラを背に庇った。


「王国兵に追われていると言ったな」


「ああ」


 男は息を吐き、村の中を見回した。


「こっちは三日まともに寝てねえ。水も切れた。あんたらに危害を加える気はない。水を一杯くれりゃ、それで出ていく」


「その言葉を信じろと?」


「信じなくてもいい。だが、俺が本気で奪うつもりなら、最初からそうしてる」


 男は斧を軽く揺らした。


 脅しではない。事実として言っているだけの声だった。


 ミラがレインの背中に隠れながら、小さく言う。


「レイン……」


「下がっていて」


 レインは男から目を離さなかった。


「名前は?」


「ガルド」


「職業は?」


「元傭兵だ」


「元?」


「今は逃亡者だな」


 ガルドは皮肉げに笑った。


「王国軍の仕事を請けた。辺境の魔物退治だと聞いてな。だが現地に着いたら、魔物じゃなくて人間を追えと言われた」


「人間?」


「ああ。王国に逆らった流民だの、禁制区域に入り込んだ盗賊だの、そういう説明だった。だが実際は、武器も持たない連中だった」


 レインの手に力が入る。


「それで?」


「俺は降りた。金はいらんと言ってな。そしたら今度は、俺が口封じの対象になった」


 ガルドは肩をすくめる。


「笑えるだろ。昨日まで雇ってた傭兵を、今日は反逆者扱いだ」


 軽い口調だった。

 だが、その目は笑っていない。


 レインは、彼の言葉をすぐには信じなかった。

 この村には、すでに王国の命令書がある。生存者を処分せよという、冷たい命令。王国が人を人として扱わないことはわかっている。


 それでも、この男が本当のことを言っている保証はない。


「水は渡す。だが、斧は置いてもらう」


 レインが言うと、ガルドは片眉を上げた。


「こいつを?」


「そのまま近づかれたら、こちらが危険だ」


「正直でいいな」


 ガルドは斧を地面に置いた。


 どすん、と重い音が響く。

 土がわずかに沈んだ。


 レインは井戸へ向かい、木の器に水を汲んだ。昨日まで濁っていた井戸の水は、今は澄んでいる。念のため煮沸した水を冷ましておいたものを差し出す。


 ガルドは器を受け取ると、一気に飲み干した。


「……うまい」


 その一言は、飾り気がなかった。


 ミラの顔が少しだけ緩む。

 井戸の水を褒められたのが嬉しかったのかもしれない。


「もう一杯いるか?」


 ミラが思わず尋ねると、ガルドは意外そうに彼女を見た。


「いいのか?」


「うん。井戸、レインが直したから」


「へえ」


 ガルドの視線がレインに移る。


「あんた、修理屋か?」


「鑑定士だ」


「鑑定士が井戸を直すのか」


「成り行きで」


「妙な鑑定士だな」


「よく言われる」


 レインは水をもう一杯渡した。


 ガルドは今度はゆっくり飲み、息をつく。

 その姿からは、確かに疲労がにじんでいた。肩の動きが重い。左腕には包帯が巻かれているが、血が滲んでいる。


「腕を見せてくれ」


 レインが言うと、ガルドは警戒した。


「あ?」


「傷が開いている。このままだと悪化する」


「医者でもあるのか?」


「違う。状態を見るだけだ」


「便利だな、鑑定士ってのは」


「戦場では役に立たないらしいけどな」


 レインが何気なく言うと、ガルドは少しだけ目を細めた。


「誰がそんなこと言った?」


「昔の仲間だ」


「見る目のねえ連中だな」


 その言葉は、レインの胸に妙に引っかかった。


 レインは包帯の上から傷を鑑定した。

 刃物による浅い裂傷。毒はない。だが汚れが入り、熱を持ち始めている。


「洗って巻き直した方がいい。薬草も少しある」


「そこまで世話になる義理はねえ」


「放っておけば熱が出る。王国兵から逃げているなら、動けなくなる方が危険だ」


 ガルドはしばらくレインを睨んでいたが、やがて諦めたように座り込んだ。


「好きにしろ」


 ミラが布と水を持ってくる。

 レインは傷口を洗い、薬草を当て、包帯を巻き直した。


 その間、ガルドは何も言わなかった。

 だが、時折ミラの首飾りを見ていることにレインは気づいた。


「それを知っているのか?」


 レインが尋ねると、ガルドは視線を逸らした。


「いや。ただ、似た紋章を見たことがある気がした」


「どこで?」


「覚えてねえ。昔の戦場か、古い砦か……いや」


 ガルドは自分の斧を見た。


「こいつだったかもしれん」


 レインは地面に置かれた斧へ目を向けた。


 巨大な斧。

 傷だらけで、刃こぼれも多い。だが、ただの古い武器にしては、妙に存在感がある。


「鑑定してもいいか?」


「人の得物を勝手に見る趣味があるのか?」


「聞いてから見てる」


「ならいい。壊すなよ」


 レインは斧の柄に触れた。


「鑑定」


 次の瞬間、いつもの武器情報が流れ込んできた。


 材質、黒鋼。

 重量、過大。

 刃部損傷、中。

 魔力伝導、低下。

 製造、ルミナリア王国守護騎士団工房。


 レインは息を止めた。


 ルミナリア。


 さらに奥へ意識が引き込まれる。


 視界に、古い戦場が浮かんだ。


 炎の夜ではない。

 青い旗が風に揺れている。白い花を囲む三本の光の紋章。

 鎧をまとった大柄な騎士が、同じ斧を握りしめている。


 騎士は傷だらけだった。

 背後には、逃げ惑う村人たちがいる。


「ここから先へは行かせん」


 騎士が叫ぶ。


「この村は、我らが守る!」


 映像はそこで途切れた。


 レインは斧から手を離した。


 心臓が早鐘を打っている。

 この斧にも、記憶が残っていた。


「どうした?」


 ガルドが低く尋ねる。


「この斧は、ルミナリア王国の守護騎士団が作ったものだ」


 ガルドの表情が変わった。


「ルミナリア……」


「知ってるのか?」


「知らん。だが、その名前を聞くと妙に胸がざわつく」


 ミラも同じように胸元を押さえていた。


 レインは続けた。


「この斧の前の持ち主は、エルネ村を守ろうとしていた。王国兵を相手に、村人を逃がすために戦っていた」


 ガルドは黙った。


 荒々しかった目つきが、少しだけ揺れる。


「守れたのか?」


 レインは答えに詰まった。


 映像は途中で途切れた。

 結末までは見えなかった。


「わからない」


「そうか」


 ガルドは斧を見下ろした。


 その大きな手が、ゆっくりと柄に触れる。

 まるで初めてその重さを知ったような手つきだった。


「俺はこいつを、北の古戦場で拾った。ずいぶん昔だ。誰のものかも知らずに使ってきた」


「その斧は、ただの武器じゃない」


「ああ。今、そう思った」


 ガルドは顔を上げた。


「この村は、王国に狙われてるんだな?」


 レインは一瞬迷い、頷いた。


「おそらく」


「そこの嬢ちゃんもか」


 ミラがびくりとする。


 レインは彼女の前に立った。


「そうだ」


 ガルドは舌打ちした。


「嫌な話だ。王国ってやつは、どこまで腐ってやがる」


「ここを出ていくなら、今のうちだ。王国兵が来るかもしれない」


 レインが言うと、ガルドは低く笑った。


「追われてる俺に、逃げ場があると思うか?」


 彼は斧を担ぎ直した。


「それに、水と手当ての借りがある。俺は借りを踏み倒すのが嫌いでね」


「まさか、残るつもりか?」


「しばらくだ」


 ガルドは村の入口を見た。


「王国兵が来るなら、見張りくらいはしてやる」


 ミラが小さく呟いた。


「本当に?」


「俺は子どもを斬る仕事を断って追われてる。今さら、狙われてる子どもを見捨てたら笑い話にもならねえ」


「子どもじゃない」


 ミラがむっとして言うと、ガルドは初めて少し笑った。


「そうかい。じゃあ、小さい嬢ちゃん」


「それも違う」


「注文が多いな」


 ほんの少しだけ、空気が緩んだ。


 だが、その直後だった。


 村の外、森の方から鳥が一斉に飛び立つ音がした。


 ガルドの表情が一瞬で変わる。

 斧を握る手に力が入った。


「来やがった」


「王国兵か?」


「たぶんな。俺を追ってきた連中だ」


 レインは村の入口へ目を向けた。


 遠くから、複数の足音が近づいてくる。

 金属鎧が擦れる音。

 馬の鼻息。

 低い怒声。


 水の戻ったばかりの村に、また王国の影が差し込もうとしていた。


 ガルドは斧を肩から下ろし、にやりと笑う。


「鑑定士。あんた、戦えねえんだったな」


「残念ながら」


「なら、俺の後ろにいろ」


 レインは短剣を握り直した。


「いや。俺は俺のやり方で戦う」


 ガルドは一瞬だけ目を丸くし、それから愉快そうに笑った。


「いいねえ。そういう奴は嫌いじゃない」


 王国兵の足音が、崩れた門へ近づいていた。


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