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追放された鑑定士、辺境の廃村で“役立たずスキル”だけを育てたら、滅びた王国の真実まで見えてしまった  作者: swingout777
第2章 廃村の少女と、記憶を持つ井戸

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第11話 水の戻った村

 村の中央にある石柱は、苔と泥に覆われていた。


 レインは膝をつき、工具袋を広げる。

 森の奥の旧倉庫で見つけた制御魔石、錆びた金具、細い魔導線。そのどれもが古く、完全な状態ではない。


 だが、使える。


 鑑定で一つずつ状態を確かめながら、レインは石柱の欠けた部分を修復していった。


「ミラ、その細い金具を取ってくれ」


「これ?」


「ああ。曲がってるけど、まだ魔力を通せる」


 ミラは両手で大事そうに金具を渡した。


 石柱の中には、細かな魔力回路が張り巡らされていた。

 普通の人間が見れば、ただの古い石の塊だろう。けれどレインの目には、途切れた線、焦げた回路、詰まった魔力の流れが見えている。


 まるで、病んだ血管をつなぎ直しているようだった。


「これ、昔の人が作ったんだよね」


 ミラが石柱を見つめながら言った。


「ああ。ルミナリア王国北方工房って鑑定に出た」


「ルミナリア……」


 その名を口にしても、今度のミラは倒れなかった。

 ただ、胸元の首飾りに触れ、少しだけ不安そうに目を伏せる。


「怖いか?」


「怖い。でも、知らないままの方がもっと怖い気がする」


「なら、少しずつだ」


「うん」


 レインは最後に、青緑色の制御魔石を石柱の窪みにはめ込んだ。


 魔石は一瞬沈黙した。

 それから、淡い光を灯す。


 石柱の表面に刻まれていた紋様が、下から上へ順番に輝き始めた。細い光の筋は地面へ流れ、井戸へ向かって伸びていく。


 レインは息を止めた。


 うまくいくかどうかは、賭けだった。

 部品は古い。回路も完全ではない。少しでも魔力の流れを読み違えれば、石柱は沈黙したままだ。


 井戸の底から、低い音が響いた。


 ごぼり、と水が動く。


 ミラがレインの袖を掴んだ。


「レイン……」


「大丈夫。たぶん、動いてる」


「たぶん?」


「こういう時は、たぶんが一番正直だ」


 井戸の中で濁った水が渦を巻いた。

 茶色く濁っていた水面に、淡い光が広がっていく。まるで誰かが底から月明かりを溶かしているようだった。


 しばらくすると、渦は静まった。


 レインは井戸の縁に近づき、慎重に鑑定する。


「水質、改善。魔力汚染、許容範囲内。飲用……可能」


 最後の言葉を口にした瞬間、ミラの顔がぱっと明るくなった。


「飲めるの?」


「ああ。念のため最初は煮沸した方がいいけど、もう雨水だけに頼らなくていい」


 ミラは井戸を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 そして、ぽろりと涙をこぼした。


「ミラ?」


「ごめん。変だよね。水が飲めるだけなのに」


「変じゃない」


 レインは静かに言った。


「水が飲めるって、大事なことだ」


 ミラは何度も頷いた。


 壊れた桶の代わりに、レインは持っていた革袋に水を汲んだ。

 小さな鍋に移し、火にかける。湯気が立つまで待ってから、少し冷まして木の器に注いだ。


 ミラは両手で器を受け取る。


 まるで宝物を持つように。


 そして一口飲んだ。


「……甘い」


「水だぞ」


「でも、甘い」


 ミラは笑った。

 今まで見た中で、一番自然な笑顔だった。


 その笑顔を見て、レインの胸の奥に、言葉にしづらい温かさが広がった。


 勇者パーティーにいた頃、彼の鑑定はいつも「戦うための準備」だった。危険を避けるため。失敗を防ぐため。誰かに文句を言われながら、それでも必要だと思って続けてきた。


 だが今、目の前にあるのは戦いではない。


 一杯の水。

 それを飲んで笑う少女。


 自分の力は、こういうもののためにも使えるのだ。


 その後、二人は井戸の周りを片づけた。

 雑草を抜き、崩れた石をどけ、壊れた桶を修理する。

 日が傾く頃には、村の中央だけが少し明るくなったように見えた。


「村が、息をしたみたい」


 ミラがぽつりと言った。


「息?」


「うん。ずっと止まってたのが、少し戻ったみたい」


 レインは井戸を見た。


 確かに、昨日までの井戸とは違う。

 泣いているような気配はまだ完全には消えていない。けれど、濁った沈黙の奥に、かすかな流れが戻っていた。


 水が戻った。

 なら、次は食料。住む場所。安全。

 やるべきことはいくらでもある。


 その前に、確認しなければならないことがあった。


 レインは村の広場の端に立つ古い石碑へ向かった。


 昨日、井戸を調べた時には見落としていた。

 石碑は腰ほどの高さで、半分土に埋もれている。表面には苔がびっしりつき、文字は読めない。


 ミラも隣に来る。


「それ、何?」


「村の名前か、何かの記録かもしれない」


 レインは苔を払い、石碑に手を置いた。


「鑑定」


 石の情報が流れ込む。


 材質。

 年代。

 破損。

 そして、刻まれていた文字の意味。


 レインは声に出して読んだ。


「ルミナリア王国北方守護村、エルネ」


 ミラが息を呑んだ。


「北方守護村……」


「ここは、ただの村じゃなかったみたいだ」


 石碑の下に、さらに魔力反応があった。


 レインは眉をひそめる。


 石碑は目印にすぎない。

 本体は、その下にある。


「ミラ、少し離れて」


「え?」


「この下に何かある」


 レインは石碑の周囲の土を工具で掘った。

 硬い土を削ると、やがて平たい石板が現れる。


 石板には、ミラの首飾りと同じ紋章が刻まれていた。


 白い花を囲む、三本の光の線。


 ミラの首飾りが淡く光る。


 同時に、石板の紋章も光った。


 地面の下で、重い何かが動く音がする。


 ごとん、と村全体に響くような低い音。


 レインとミラの前で、石碑の背後の地面に細い亀裂が走った。

 土が左右にずれ、隠されていた石段が姿を現す。


 地下へ続く階段だった。


 冷たい空気が、下から吹き上がってくる。


 ミラは真っ青な顔で、レインの袖を掴んだ。


「ここ……」


「知ってるのか?」


「わからない。でも、夢で見たことがある」


 ミラの声が震える。


「ここに行っちゃだめって、誰かが言ってた」


 レインは地下への階段を見下ろした。


 井戸の水は戻った。

 だが、村が本当に隠していたものは、まだ地面の下に眠っている。


 ルミナリア王国北方守護村、エルネ。


 その名が示す意味を知るには、いつかこの階段を下りなければならない。


 階段の奥から、かすかな風が吹いた。


 その風に混じって、レインにはまた声が聞こえた気がした。


 ――まだ、開けてはいけない。


 それが警告なのか、願いなのか。


 今のレインには、まだわからなかった。


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